第3話 メイド的説明回
ふぅ、開門の儀も無事終了し人心地ついた。
驚いたことにこのトイレ、シャワー機能に加え擬音機能までついていたのだ。
だが一つ困ったことができた。
爽やかな鳥のさえずりとともに開門され、閉門後シャワー機能でもって門の洗浄は行われた。
そこまできてはたと気がついたんだ。紙がないことに……。
スーツに着替えていたらハンカチとティッシュは持っていたんだが、あいにく着替える前のジャージ姿で召喚されてしまった。
仕方ない、最後の手段だ。
「おーい、イリスー」
…………返事がない、ただの屍の……、って違うか。そういや耳を塞いでくれって頼んでたわ。さてどうしたものか。
ふと周りを見回すといいものが目に入った。さっそくスイッチを押してみると、程なくして反応があった。
「何かご用ですか? マスター」
心なしか冷たいイリスの声が聞こえてくる。だが成功だ。
さすが介護用、トイレにもインターホンがついていた。ただ、どこにつながっているかわからないからちょっと不安だったけれども、イリスが答えてくれたっていうことは、脱衣所にもつながっていたんだろう。
「……反応がないようなので切りますね」
「ちょっ、待って待って。緊急事態だからちょっと待って」
やばい、思った以上にイリスが塩対応だ。
「わかりました。それでは手短にお願いします」
よし、第一関門突破だ。
「えとですね。紙がないので、そちらに予備があるならとってもらえないかなぁと」
「……は?」
む、言い方がまずかったか? いや、紙で通じなかったのか?
「えっと、トイレットペーパーがなくて――」
「――は?」
おっと、今度はくい気味で言われたぞ。もしやお怒りかな? ……いやお怒りはもっともだな。俺も召喚されてそうそうこの流れだったら怒るわ。
でも仕方ないんだ。うん、ごめん。
「もしや、トイレットペーパーがないのが緊急事態だとでも?」
「……俺の尊厳的な緊急事態かなぁと」
「はっ。まだそんなものが残っているとでも?」イリスは一拍おいて続けた「とは言え私はマスターの忠実な僕ですので一つ提案をして差し上げます」
お、おう。若干とげはあるが提案があるならおとなしく聞こう。
「手で拭かれては?」
「俺はみっちゃんじゃねーーよ!」
小さいころ、あだ名的にその歌でからかわれたんだよ。ある意味トラウマなんだよ。
「……みっちゃんが何かは知りませんが、介護用トイレなのですから付属のシャワーを使って手で洗われてはいかがかと……。何なら浴室を使ってもよろしいのではないでしょうか」
「……なるほど」
確かにシャワーが備え付けてある。それならそうとわかりやすく言って欲しかったものだ。
「ちなみに明治年代には歌われていたらしいですよ、その歌」
知ってるんじゃねーか。終いにゃ泣くぞ。
気を取り直してズボンを脱ぎ、シャワーを手にしたところではたと気がついた。シャワーで洗った後、今度は濡れた身体を拭く物がないと……。
まぁ脱衣所があるんだから、バスタオルの一つくらい置いてありそうなものだけど、一応聞いてみるか。
「ごめん、そっちに何か拭く物ある?」
「ちっ」
「ちょっ、今舌打ちした! 舌打ちしたよ、ねえ」
「……そんなことはありませんよ。それよりも目聡いマスターに一つ提案があるのですが、いかがですか?」
「何? その間。明らかにごまかしてるでしょ」
「そんな事実はありませんよ。ですがこれ以上ガタガタ言うなら、なぜか提案すらなくなりますが、よろしいですか? あぁもちろんこの二つの出来事に因果関係はありませんよ」
いや、あきらかにあるじゃねーか。だが、そうだがしかし、会話の主導権は向こうが持っている。ここで反抗するのはまずい。
「ガタガタ言わず、おとなしく聞くのでお願いします」
「よろしい。それではトイレットペーパーやバスタオルなどの雑貨品を手に入れる方法をお教えしましょう。それはもちろんガチャです。ただしチュートリアルを始めないと引けないガチャなので、あまりお薦めはできませんね。どちらかというと――」
なんだ、それならチュートリアルを始めればいいじゃないか。何も問題は無い。
さっそくタブレットを手に取りチュートリアルを開始する。
――とたんに目の前に現れる魔方陣。
「えっ?」
「えっ?」
図らずもインターホン越しのイリスと同じ言葉を出してしまった。
そして魔方陣は展開され、…………現れるのは冷たい目をしたイリス。
彼女は呆然と立ち尽くす俺を見て言った。
「とりあえずその粗末なモノを隠されてはいかがでしょうか?」
「そそそ、粗末じゃねーし」
◆
さて、俺のご立派なマーラ様を隠した――便座に座って股間にはジャージのズボンを乗せた――ところで話は再開だ。
「その前に、ちょっと失礼」
イリスが懐からスプレー缶を取り出し噴霧し始めた。スプレー缶には超強力脱臭スプレーと書いてある。
「し、失礼じゃないかな」
「お言葉を返すようですが、用を足してる最中に呼び出したり、下半身丸出しで呼び出したりする方が失礼ではないかと……」
「お、おっしゃるとおりでございます」
イリスの冷たい声に思わず目を伏せる。でもなんだろう、そんな趣味はないはずにイリスの言葉一つ一つにゾクゾクしてしまう。これが……、恋?――
「――馬鹿じゃないですか?」
「人の心を読まないでいただきたい!」
マジで、ホント。その目は何かに目覚めちゃうからやめて。
「マスターは読まれやすい顔をしてるから仕方ないですね。ですが、今から始めるチュートリアルに関しては、真面目に私の話を聞いてください、5分だけでもいいですので」
「……ふっ」
いや、真面目な話をしようとしているのはわかるんだが、つい背中でにらみ合う竜と虎を幻視してふいてしまった。
とたん向けられる冷たい視線。
「真面目に聞けと言ってるんですが、理解できませんでしたか?」
「あ、はい。ごめんなさい」
「よろしい。それではチュートリアルを始めます。最後まで話を聞いてくださいね、2分だけでもいいですので」
「――知ってんじゃねーか! 狙ってんじゃねーかよ!!」
イリスが上から目線のどや顔でこちらを見つめる。腹立たしいわー。
「まったく……。マスターに付き合ってると話が進みませんね」
「いや脱線は俺のせいじゃ……。いえ、はい。ごめんなさい」
いやもうほんと、目を細めるのやめていただけませんかね。
「さて、このままだとマスターが風邪を引いてしまうかもしれませんし、私もそのお世話はしたくないので話を進めますね。まずはチュートリアル、その中でもトイレットペーパーが手に入る可能性のあるガチャを引いていただきましょう。タブレットをご覧ください」
……もはや何も言うまい。イリスの言葉に従いタブレットを見ると、一日一回限定ノーマル十連ガチャの文字がクローズアップされている。
ほっほう、これはこれは。さっそくタップ――
――スパーーン
頭をはたかれた。痛い……。
「Listen to me! ……please」
突然の英語! しかもとってつけたかのようなプリーズ。
「OK?」
「お、おーけー」
「よろしい。さてそのノーマルガチャですが中身が2種類あります。現代日本の品が手に入るワンコインガチャと、こちらの世界の品が手に入る大銅貨ガチャです。今回は特別にワンコインガチャを回せるようにしましたので、タップしてみてください」
「いいの?」
「いいからやれ」
今度こそガチャ画面をタップする。するとピロンという軽い音とともに10個の品が一気に排出された。
ボクサーパンツ(黒)
爆弾おにぎり(鮭)
幕の内弁当
ハンドタオル
トイレットペーパー(シングル8ロール)
ビニール傘
おいしい水(2L)
ミニ洗濯機
菜箸(スプーンフォーク付き)
カップラーメン
よっしゃ、トイレットペーパーきたこれ! なにげにボクサーパンツがきたのもありがたい。汚れてはいないだろうけど予備があると安心感が違う。
「無事トイレットペーパーが排出されたようですね。なお必ず食品三つに飲料が一つは排出されるようになってますので、最低限生きてはいけます」
「ふむ……、それって引きこもりが可能なのでは? いやまぁ、面白くなさそうだからやらんけど」
「それがよろしいかと。何より一日一回ガチャを引くことだけで、10年間死ぬまで過ごすのはなかなかに辛いかと思いますよ。そもそもダンジョンを開通させないと次回以降の無料ガチャの権利は得られませんし」
「確かにそりゃそうだ」
そういや寿命が10年とか言う設定もあったな。トイレ騒動ですっかり忘れてたわ。
「それに引きこもってばかりだと、寿命を延ばすチャンスすら手に入れることはできませんから」
「え!? 伸ばせるの?」
それは初耳だ。驚く俺の顔を見つめてイリスは鷹揚に頷く。
「もちろんです。そうじゃないと競争になりませんから」
「そういや他の代理人との順位付けみたいなのがあったな。……あれでもそれって禁則事項じゃなかったか?」
「あっ……。…………さて次の説明です」
「ちょっと待て! 次の説明です、じゃねーよ!! いま「あっ」って言っただろ。何さらっとごまかそうとしてるんだ! そこら辺聞いたら消去されるとかいわれたんだぞ! やばいんじゃねーのか」
「……う、う~~ん。所詮私の知ってることですし大丈夫なんじゃないですか? そのうち段階的に開示されることですよ、きっと……。間違ってインストールされたとかは無いと思いますよ、たぶん」
……あやしい。どうにもこうにもチャラ神の見た目の軽薄さからして、やらかしてしまった感はいなめない。
だいたいイリスだってさっきまでと違って歯切れが悪い。口調もぶれている。彼女自身も怪しんでるんじゃないのか?
とは言え深く突っ込めることでも無し、次に行くか。
「わかった。それじゃあそのことは置いておいて説明を続けてくれ」
「えーと、そうですね。こほん」軽く咳払いをするイリス「まずこのガチャの品は、いったんすべて倉庫に送られます。タブレット上の倉庫ボタンをタップしてみてください」
言われるがままにタップすると、さっきのガチャの排出品がずらりとリスト化される。
「その状態で取り出したい品を選び、マテリアライズを選択することで現実に取り出すことができます。まずはトイレットペーパーを選びましょうか。なお、取り出す場所もある程度指定できますので、今後重い物や食料品を取り出すときは注意してください」
ふむ。とりあえずトイレットペーパーをマテリアライズっと。場所は膝の上でいいか。
ぽむっ
おおお、軽い音とともに現れたのは夢にまで見たトイレットペーパー……。さっそくビニールを破りペーパーホルダーに一個セットする。
「なお一度マテリアライズした物を、再度タブレット内に戻すことはできませんのでご注意ください。ただし、デリートはできますので、ゴミの処理などにご活用ください」
説明を続けるイリスの瞳と、トイレットペーパーをセットし終わった俺の瞳が交錯する。
「そんな熱い視線で見つめられても、私のマスターに対する好感度はピクリとも動きませんよ。むしろマイナスに天元突破しているので不快に思う可能性すらあります」
「いやイリス、そうではなくって――」
「――イリスさん、ですね。私はとてもフレンドリーなので、好感度0以上で呼び捨て可なのですが、現在のマスターへの好感度は、あいにくとマイナスなので……」
「……わかったよ、イリスさん。端的に言うと今からケツを紙でふくので、もう一回外に行ってもらえませんかね」
「ふむ……」思案顔のイリスが手をポンとたたいた「なるほど、ですが私の好感度はこれ以上下がりようがないですから大丈夫ですよ。気にしないでください。何よりマスターの粗末なモノを見てもなんとも思いませんし」
「俺が気にするんだよ!! あと俺のは粗末じゃねーし、ご立派なマーラ様だし」
「……ハッ」
鼻で笑われた。
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