006. antagonism
斬撃音と銃声。その残響が
「嫌に無防備だとは思いましたが、不可視の盾があるとは」
テオドールの刃は煉を貫くこと
「流石俺だろ? けど、おいおい冗談じゃねーっつの。んな低く踏み込めるかよ普通」
煉の銃はテオドールを仕留めること能わず。
初手、互いの
「しかし、一体いつの間に実行したんです? 何の
テオドールは一旦バックステップで距離を取りつつ、煉に尋ねる。
相手の攻撃手段の絡繰りを問うということは、即ち、己の力量不足を自ら申告することに
加えて、
しかし。しかし、である。
そもそも――。
そもそも、この赤目の東洋人はいつの間に開錠詠唱を行ったというのか?
原初たる疑問にして、最大の違和感。
名状しがたい得体の知れなさに、怖気が身を駆け上がる。胃は鉛を流し込んだが如く重くなり、視界は揺らめき明滅する。
テオドールの白磁を冷や汗が一筋流れたことに気付いているのかいないのか、対敵する黒髪の男は溜息を吐いた。それから、
「ンな敵に手の内晒す馬鹿がいると思うのか君は? ただ、俺は慈悲深く心がひっろーいから答えてやんよ。しかと聞き
と。魔の如く悪逆に、鋭い犬歯
「君の剣を防いだ
先刻の愉快そうな雰囲気はどこへやら。今まで何度もその台詞を喋ってきたかのように、煉は気怠げに告げた。
その言葉に、テオドールは唖然とする。無茶苦茶だ、と言いかけたのをどうにか堪えたが、西洋美を体現した
運用などできず使用できず、最早“架空”とも呼ぶべき
己の眼前に居る黒髪の侵入者は、それを実際に動かしている。
加えて、なんと言ったか――「発語入力なしで
そんなものは、全ての中立子を
有り得ない、と呟きかけたテオドールの言葉の先を読み取ったかのように、煉が言う。
「漫画の台詞だったか何だったかは忘れたけどよ、『有り得ないなんてことは有り得ない』のさ」
人を喰った微笑に、テオドールは背筋が薄ら寒くなったのを感じた。自身も微笑みを返しつつ「成る程」と独り言のような相槌を打ったが、その背後に隠した
尚も天魔のように笑うこの侵入者、恐らく
複雑極まる
そう思うと同時、やることは決まっていた。
「4.《
そして、今実行したこの
***
入力の直後、テオドールの右前方にまばゆい粒子が収束し、新たなモニタが起動した。
優形の外見に似合わず、どうやら相手は根っからの構築屋気質らしい。物質名と
煉は、少し考えるようにしながら眼鏡の位置を正した。
アルファベットや数字で命名を行うメリットは、入力時間短縮だけではない。“相手に名から手の内を推測させない”。実戦に
初動で対処し損ねたり、テオドールに畳み掛けられたりすれば、一気に不利となるだろう。だが、床を蹴り駆け出した相対者見据え、尚も煉は不敵に口の端を歪めた。
この最強の盾は決して崩せぬ、と。
瞬間、耳を
先程と同じく、煉が誇る
剣と腕をはじめ、テオドールの体は慣性の侭
着弾。
と、思われたその時。
再び、甲高い金属音が鳴り響く。
「……ああ?」
と煉が
こちらの驚嘆を知ってか知らずか、剣客は再び間隔を取りつつ、
「仕留められませんねえ……」
などと、
そして、
「出力、二パーセント上昇」
4なる
寸毫置かず、刀剣と
引き金を絞り打ち出せども打ち出せども悉く弾かれる。加えて、太刀筋が見えず、白光の閃きだけがそこに刃があったことを物語るのみ。
「冗談じゃねェぞオイ」
カートリッジを
その時。
ふ――、とテオドールの長剣を握る右手が大きく後方に引かれる。溜めにより剣先が見え、生じる隙。間髪置かず発砲したが、果たせる
遅れること一拍、引きによる膨大な溜めを解き放つテオドール。それを押しの力へと変換。バネの如し反発力を乗せて突き出された
「……ん?」
「ちょ!?」
突きの攻撃線を外し、寸でのところで
それを気に留める暇も余裕もなく、煉は後ろ足へと重心を移動させ、身を
しかし、思惑を読み取ったかのようにテオドールは一歩踏み込み距離を詰め、煉の脇腹を掻ききる為に短剣を繰り出す。
その気配を感知するや否や、上体を僅かに捻って回避姿勢を取りつつ、左手五指間にスローイングナイフ
再び間合いが取られ、
間髪置かず、場違いも甚だしく煉の右前方――
『本日は当防御
舌打ち混じりに音声中断。
「盾はどうなされました?」
「ちょっと家出だってよ」
適当な説明に対し、「そうですか」と剣客は返答。そして、刀身に付いた露(或いは血)を振り払うような仕草をした。刀身に引っかかっていた眼鏡が、床に叩きつけられるように落ちる。続いて、ぱき、という音が響いた。
「うああああ!? 俺の眼鏡ーッ!」
眼鏡
眼鏡は犠牲になったのだ、己の身代わりとして。
と、自分を
眼鏡に指をやった侭、目を細め、煉は覚悟を決めるかの如く息を吐く。
――壁なしでヤんの苦手なんだがなー。最悪、動きやすい方に変えっかよ?
やれやれ、といった風に薄笑いながら煉は思う。
秘密裏にそれを
時を同じくして、テオドールが伏せ気味にしていた長い睫毛を
瞬間、赤と青の視線が交錯。それが合図であったかのように、停戦解除。
先程まではその場から動かなかった煉だが、今度は彼も動いた。双方接近し、その距離は
――だったら。
突如、テオドールの背後でスパークのような音が鳴った。聴覚細胞の興奮を切っ掛けに、テオドールの注意は自然と其方に向けられる。紺碧の眼が其方に向ききる前に、異なる位置に
その
追撃を見切る為、視線は常にテオドールの方に向けていたのだが、こちらが回避動作に入りかけた瞬間、碧眼は既に回避予定方向に向けられ、脚・腕の筋肉を有り得ない速度で以て駆動し、手首の角度を変え袈裟斬りの体勢に入っていた。
通常、相手に回避行動を取られたとき、生物学的な意味での反射故どうしてもラグが生じ、ミリ秒以上反応が遅れてしまう。しかしこの剣客はそれがない、同時に反応しているのだ。加えて、銃が打ち出したものを、見てから避けている。
異様な程の集中力と、優形の
ぞっとしねえなオイ、などと内心呟きながら。再び彼我の距離を詰めんと駆け出したテオドールの所作を認めつつ、咄嗟に拳銃を投げ捨てグルカナイフを
それを長剣の表面に滑らせ、軌道を変え防御。続いて迫り来た短剣、それを叩き落とす為に手首に下からの蹴りを叩き込む――が、矢張りそれは無茶な筋肉の駆動により避けられる。
蹴りの勢いその侭に、側宙の如き動きで横移動。零コンマ数秒の時間差で、先程まで心臓があった場所を
白い首筋目掛けて
「その
重々しく空気を切り裂く刃。テオドールはそれを腰から上を軽く逸らして軽やかに
「ご明察です」
そう告げた唇の吊り上がりは、狐の如く不気味であった。
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