005. algorithm

 幾ら練習を重ねて技術を研鑽けんさんしたところで、そこにあるのは或る程度予測することのできる相手の攻撃と、或る程度予測されてしまう自分の反撃。そして、“全力”とは決して言えぬ攻防。

 故に、実戦を――換言するならば、“実戦での練習”を積まねば或る意味での“技術”は鈍る。


 実際の戦。

 決められた型も、攻防も、予定調和もそこには存在しない。様々な体格、様々な戦闘スタイル、様々な熟練度を持つ人間を――敵を相手取る。それこそが実戦というものの醍醐味なのである。


 とはいえども。

 階段を下り始めた黒髪茜眼の男は、その実戦とやらにい加減辟易へきえきしていた。


何処どっからそんなにポコポコ出てくるんだよ、まったく」


 君らはゴキかネズミか何かかオイ、とうんざりした面で内心呟きつつ。階段を駆け上ってきた男が自分へと照準を合わさんとした前に、その眉間にプレゼントをくれてやる。スライドを引いて撃鉄ハンマーを起こしながら吐き出した溜息は、煉自身が驚く程重かった。

 半分ストレス解消や調の為に暴れている節があるので、実戦は嫌いではない。現に、例の部屋を点検した直後までは、体を慣らし、を掴み、楽しんでやっていた。


 ただし、問題はその後から。


 ――うーん。起伏がない、っつーのかね?


 良くも悪くも相手の技量が粒揃い過ぎて、どうも面白みがないのだ。いつもの仕事ならば、こちらをおびやかすような戦闘技量を持つ者もちらほら居る筈なのだが、今回は皆無。その癖、ぞろぞろと次々湧いて出てくる。


 レベルを上げる為、ちまちまと敵モンスターを狩ることも大事ではある。しかし、そればかりでは飽きてしまうのが男子ひとさが

 手強い最後のボスと戦うなり、囚われの姫君を助け出すなり、早急にクリアすること――それこそがゲームに対する欲求であり、矜持であり、本分。それに、道中であまり時間を掛けるのも宜しくない。


 で、あれば。


 ――その為には、特殊アイテム使用も辞さねえよ。


 最後の一段を下り終え、かつりと靴底が地下二階の床を鳴らす。


 前方に控える多勢の敵と、彼らが構える鉄塊の穴々を見据えて。防御壁ウォールが弾く鉛の雨を尻目に、煉は笑った。


「っつーわけで――Sind Sie bereit?諸 君、準 備 は い い か ね


 彼が伸ばした左腕をゆっくりと真上に上げると同時、彼我の間に黒い電光が爆ぜ、同色の粒子を纏った物体が出現。

 が何であるのかはっきりと見えた瞬間、その場に居る人間全員がまなじりを決す。只一人、んだ煉を除いて。


 無骨で重々しくも禍々まがまがしいくろがねが、三脚の上に鎮座していた。六つの銃身が環状に並んだそれは、機関銃ミニガンと呼ばれる代物。

 この場所で、この人数に対して用いるには、明らかに威力過剰な武器。


 気圧された彼らを、犬歯をいて獲物をいたぶる黒豹の如く、攻撃的な茜色の視線でく。彼は、指揮者の如く、或いは戦を指揮する将軍の如く、かかげたその腕を――。


「――えッ――!」


 号令と共に、振り下ろした。


 直後、乱れ鳴る銃声と絶叫がこだまする。

 耳をつんざかんばかりの轟音も何処吹く風。彼は、


 ――長篠ンときの信長って、こんな気分だったのかもな。


 と。尚も右の口角を上げるのだった。




   ***




 硝子やら鉄やら鉛やらの破片やらを踏み砕きながら、煉は先へと進む。


 十二歩、十三歩、十四歩――と進んだところで、足を止め右を見た。


 茜色の双眸を遣った先、何の変哲もない扉があったが、構築式プログラムによって作り上げた図面上で点滅するマーカーが、そこに重なるようにして彼の瞳には映っていた。

 目線をそのままに、パンタレイもとい生体検知のための構築式プログラム(本来の使用用途は生体検知ではないのだが)を実行ランにより構築式プログラム使用のための所有領域メモリが制限されている現在、スキャン可能な範囲は本来よりは大幅に狭まっているが、部屋ひとつ程度なら充分にスキャンできる。


 走査完了。パンタレイらしき反応は引っかからなかった為、この部屋ははずれらしい。


 だが、別の意味ではどうやら当たりのようだ。

 大量の電子機器反応があったことに一層確信を深めつつ、ドアノブに手を掛け勢いよく扉を開け放った。


 突如乱れた室内の空気と闖入者ちんにゅうしゃに驚いた人々が、一斉にこちらを見る。部屋中所狭しとひしめくマシン類を先程まであやしていたらしい彼らは、恐らくこの組織子飼いのエンジニアやプログラマなのだろう。こちらを見たまま固まる者や、口を金魚の如く開閉する者など、唖然とする様はそれぞれではあるが、その態度は彼らが“非戦闘員”かつ“戦闘力皆無”であることを雄弁に物語っていた。


 ――全員が全員、顔をこっちに向けてくれて助かるぜ。


 煉は呆れた風に微笑みつつ右腕を構え、同時に数挺の銃を受信ダウンロード。右手に握ったものはおのが視線と指先で以て、自分の左右に滞空させたものは構築式プログラムで以て、引き金を素早く正確にしぼった。


 放たれたそれを眉間へと打ち込まれ、彼らは次々に倒れて行く。


 した彼らと、つたの如く床をう配線とを器用にひょいひょい避けつつ、煉はるマシンの下へと向かう。それには、角砂糖と見紛うような大きさ・形状の記憶媒体が接続されていた。これこそが、くだんの“機密情報”である。


 流失及び被解析状態を確認せねば、とキーボードに手を添え画面に目を向ける。


「ッは」


 画面を見、思わず失笑してしまった。機密情報に施されたプロテクトが「三日やそこらで解除できるものではない」という依頼者の言葉に嘘はなかったらしい。画面からは、今は床に伏せた彼らがどうにかプロテクトをこじ開けようと試行錯誤、所々迷走していた痕跡がありありと見て取れた。

 それが何だか面白く感ぜられて、煉は肩の震えを殺しきれぬ侭、記憶媒体を手に取りスーツの内ポケットに仕舞う。笑みを隠すようにして眼鏡のブリッジを押し上げながら、部屋の出口へと向かった。


 部屋から廊下へと出、後ろ手に扉を閉める。進行方向へ足を向け、落とし気味にしていた視線を上げた、その瞬間。

 廊下の先――彼の十メートル程前方で青い電光が爆ぜたのを認めた。


 続いて生じた青白い円環アニュラスを見、この場所へと何者かが転移テレポートを実行したと知る。


「もう外部の侵食者ハッカーが来やがったかよ」


 焦るなァ、などと呟きつつも、暗赤色あんせきしょく双眸そうぼうに焦燥は全く浮かんでいない。確信の色を乗せた瞳で煉は「や、外部じゃねえ」と訂正の言葉を吐いた。


「内部に居た侵食者ハッカーか」


 円環アニュラス分離に一拍遅れて、その狭間に人影が滑り出る。やが円環アニュラスが消失し、侵食者ハッカーは柔らかに床へと舞い降りた。低い位置で結わえられた乳白色の後ろ髪が、さらりと揺れる。


 金よりも淡い髪と濃い碧眼の色彩、そして長身でありながら優美な見目形みめかたち相俟あいまって、シンプルな白シャツを合わせたダークスーツ姿がこれ以上なく粋であった。シンジケートなぞに居るよりは、ハイソサエティな人々が集まる社交場にでも居そうな風体。或いは、何処ぞの青年参謀とでも言った方がしっくり来る出で立ち。華々しさと強かさ、まるで相反する二つが同居した様な男である。だが、何処からか滲み出ているのは狡猾な雰囲気――それは前髪がやや掛かる左眼の物憂げさが見せている幻想では決してあるまい。


「どうやら建物内部のポートは可能、か」


 そう呟いて。左手を腰に当てながら、碧眼の人物ハッカーは軽く息を吐く。内包する雰囲気といやになる程の落ち着きからして、或る意味粒揃いな他の構成員とは一線を画しているだろうことは想像に難くない。打倒せずに突破することは恐らく不可能である。


 推測する煉へと、優形の男は紺碧の瞳を向けた。


「一体何人で入ってきたのかと思えば……よもやお一人だとは」


 感心したように好意的な、れど獲物を値踏みする狐の残忍さを閃かせて、男は微笑する。


 底知れぬその表情を見、煉は仄暗く笑わずにはいられなかった。


「カフェであれ何であれ、お一人様ってのは初めは緊張すんねぇやっぱ。慣れるとこれ以上に気楽で退屈なモンはねーけどよ」


 優形の男が喋っている言語に合わせ、煉は返答。敢えて的を外したそれに、優男が微笑の侭やや首を傾げるようにする。構わず、煉は続けた。


「今日のお一人様にも飽きたし? 君見てると思い出してちょっとイラァッと来るしさァ? もう俺ァちゃっちゃとおうちに帰りたいわけよ。そこ退いてくれたら大助かりなんだけどなー」


 乳白色の前髪が、横にゆるり振られる首の動きに合わせて揺れる。優男は口火を切ったが、その声は煉に向けられたものではなかった。


「Hegemony. 《Einloggenログイン》.」


 転移テレポートを行えば自動的に施錠ログアウトされてしまう。その為、優形の男は、開錠詠唱ログインを開始したのである。


 そして、静かでありながらも高らかな声の後ろに、無感情な天啓メッセージの音声が続く。炭酸水のように泡立つ乳白色の光輝と共に、各メーターが描かれたモニタ――基本情報ステータスモニタがテオドールの右側に出現するや否や、


「《Downloadダウンロード》. A.」


 更に続けて、


「《Downloadダウンロード》. B.」


 AとBなる何かを受信ダウンロードする為に、発語にて命令コマンド入力。黒革の手袋を嵌めた両手に各々乳白色光を収束させながら、やっとテオドールは煉の適当な懇願に返答した。


「お断りします」


 にこりと、そして、ぎらりと笑ってテオドールは言う。受信ダウンロードしたA――細身の長剣を右手、B――短剣を左手に握り、構えながら。


「お帰りいただけるのは、床の染みになられた後かと」


 地を蹴り、彼我の距離を詰めんと迫る男を見て。颯の如きその疾駆を見て。

 拳銃を構えつつ、煉は――、


「いいねえ、そういうの」


 楽しいぜ、と。獰猛にして得体の知れぬ笑みを浮かべ、右口角を上げるのだった。


 鋭いしろがねの閃き二つに、無骨なくろがねの鈍光一つ。


 異なる金属光瞬く刹那の後、斬撃音と銃声が鳴り響く。

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