第37話 サラスヴァティ

 ♪〜♪〜♪〜♪〜♬〜♬〜♪〜♪〜


「ミオンちゃん!!これはミオンちゃんだわ!!ついに応えてくれたんだわ!!」


 宇治川の水は既に溢れ、堤防を越えている。

 水位は宇治橋の欄干の下まで水かさが増しているのだ。

 気付けば僕達も足首まで、どっぷり水に浸かっていた。


「マズイ!チャリオ!一旦パトカーに乗ろう!!」


「アホか!パトカーごと川に流されわ!!それより何やアレ?上空で何が起こってんのや?」


「分からない……何か機械の音にも思えるし……」


 ♪〜♪〜*¨*•.¸¸♪.•*¨*•.¸¸♬ *¨*•.¸¸♪〜


「……チャリオ。何かあの音……声にも聞こえないか?」


「はあ?声?」


「音がまるで、笑ってるかのような歌声に聞こえるんだ……」


 ¨*•.¸¸♬♪.¸¸♬フフッ♪.¸¸♬フフッ♪.¸¸♬フフッ♪.¸¸♪フフ♪.¸¸♪フフ――


「ミオンさんの声やんけーーーッ!!」


 ミオンだ……紛れもなく蒿雀アオジミオンの鼻にかかった電子の声が、天上の灰色の雨雲から聞こえてくる。

 空耳じゃない。

 地上に有るスピーカー等では無く、明らかに音は空から流れてくる。

 まるで映画でよく見る、天国に住む天使がハミングしているかのようだ。


「ハハ、そうか!ミオンさんが天使に成って天国に連れてってくれるんや。それならしゃーないな。本望やで」


 僕達は幻聴が聞こえているのか?

 いや、これも奏和ちゃんの能力なのかも知れない。

 どちらにしても、もうこれまでか……。

 いや!駄目だ!

 まだだ!まだ諦めるな!

 何としても奏和ちゃんに近づき、最後の説得を――


「アハハハ!!あなた達はもう終わりだわ。奏和とミオンちゃんが組めば世界を滅ぼせる。世界を水に沈める事が出来るのよ。人間以外の動物だけ救ってあげるわ。創世記。これは創世記だわ」


 そんな事は絶対させない。

 僕と君はこの世界で――


「サ、サ、サラスヴァティ!!」


「えっ?な、な、何ですか?」


 突然叫んだ石英さんの方を見ると、目を見開き、大口を開けた驚きの表情で上空を凝視していた。


「ツ、ツナ!何やアレ?あ、雨が!!」


 チャリオも上空を指して驚いていたので、僕も空を見上げた。


「あっ!!」


 降り注ぐ大量の雨が急に止んだ。

 いや、正確には雨が上空で止まっているのだ。

 まるでストップモーションのように。


 ♪.¸¸♬フフッ♪.¸¸♬フフッ♪.¸¸♬フフッ♪.¸¸♪フフ♪.¸¸♪フフ――


「奏和の中の鬼の力か?クソッ!!本真ホンマけったくそ悪い鬼やなッ!!今度は何をする気やッ?!ボケが!!」


「ちょ、ちょ、ちょっと待って、チャリオ!何アレ?!雨が……雨が戻ってる……」


「はあ?」


 戻ってる……。

 止まるどころか、逆再生のようにゆっくり雨が雲に戻っていく。

 重力に逆らって雨水は雲に吸い上がって行くのだ。

 こ、これはいったい……。


「ミ、ミオンちゃん!!何してるの!?何で止めるの?理解出来ない!これは理解出来ないわ!」


 ♪.¸¸♬フフッ♪.¸¸♬フフッ♪.¸¸♬フフッ♪.¸¸♪フフ♪.¸¸♪フフ――


 ミオンが止めた?

 どういう事だ?

 この上空のミオンの声は、奏和ちゃんの能力じゃないのか?

 な、何がどうなってるんだ?


「サラスヴァティや……」


「えっ?どういう事なの?コヨリさん?サラスヴァティて?」


「七福神の弁天さんや。天照大神の子で、水の神様の市杵島姫イチキシマヒメと同一神とも言われる。あーーー、そうや!分かったわッ!カナちゃんにハシヒメが憑依してたのに、うちが全然気付かんかった理由が!弁天さんが宿ってたからなんや!」


「えっ?奏和ちゃんには弁天様も憑依してたの?」


「違う!蒿雀ミオンにや!弁天さんが蒿雀ミオンに憑依してたんや!同じ水の神様の弁天さんがカナちゃんの中のハシヒメを宥め、抑えてたから今までカナちゃんは鬼に成らずにいれたんや!」


「ミオンに弁天様が憑依してた?奏和ちゃんの力で?」


「それも有るかも知れん。けど神様が自分から憑依する場合は、自分に似た物に憑依する。音楽と芸術の神様でも有る弁天さんは、皆に音楽や芸術の夢を与える蒿雀ミオンに自分と似たものを感じ、望んで憑依したんやと思う」


 蒿雀ミオンには神様が憑依してた……。

 ミオンは本当に生きてたんだ。

 そして奏和ちゃんを陰で救ってたのか……。


「うおおおおぉぉぉ!!ミオンさん、マジ女神!!ほれ見ろッ!!ミオンさんは女神やろッ!!これが女神の力や!!ミオンさんが人類の危機を救ってくれるって、俺は最初から信じてたわッ!!」


 チャリオ……さっきお前、けたくそ悪い鬼の力って言ってたよね……。


「雨が止んだ!突撃するなら今だ!」


 警官隊が叫んだ。見ると奏和ちゃんは上空を見上げたまま棒立ちに成っている。

 ミオンに雨を止められた事がショックだったのだろう。


「オイッ!!警察は下がれ!!お前達じゃ無理だ!近づいたら又犠牲者が増えるだけだ!コイツに任せろ!」


 先生が警官隊の前に立ち塞がり、僕の方を指した。


「子供に任せる気かッ!?」


「そうだよ!俺達大人が頼りないからな!」


「先生……」


「行って来い、ツナ!おそらく瀬尾は、お前が命懸けで来るか試してるんだ!お前が行くしかないッ!」


「ハイ!分かりました!!」


 有難う、先生。

 そうだ、僕が……いや、僕とミオンで行くしかない!


「石英さん!お願いします!僕に説得に行かせて下さい!僕とミオンで必ず説得してみせます。僕とミオンは彼女に信頼されていて、僕は彼女をこの世で一番愛してます。説得した後も僕が彼女の責任を持ちます。だから、だから……」


「……有無相生うむそうせいが解らぬ若年の恋愛感情ほど、不確かな物はない。後で後悔するかも知れぬぞ」


「このまま自分の気持ちを伝えないまま終わる方が後悔します」


 僕がそう言うと石英さんは口を一文字に結びながら深く頷く。

 そして後を向き、他の密教僧の人達に叫んだ。


「全員弁財天真言を唱えよ!!上空のサラスヴァティと少年を援護するんだッ!!」


「「「オン、ソラソバタエイ、ソワカ」」」


「石英さん!!」


「この奇跡を信じよう。行きなさい」


「有難うございます!!」


 地下水の湧き上がりも収まってきたが、それでも土砂が川の方から流れて来てたので足を取られる。

 思うように進めない。

 前方を見ると、先生の忠告を無視した機動隊が僕よりも先に宇治橋に向かっていた。


「ま、待って下さい!!」


 マズイ!奏和ちゃんに斬られるか、水に流されるぞ!

 彼女はミオンに裏切られたと思ってるから、ヤケに成ってるかも知れないのに。


「結び、括りたまへ〜!」


 コヨリさんが御幣を振りながら叫ぶ。

 すると機動隊の動きが急に止まった。


「アンタらの足は地面に括りつけた。そこから一歩も進めへん!!」


 機動隊の人達はジタバタしながら動こうとするが、足の裏にトリモチが着いてるかのように次の一歩が踏み出せなく成っている。


「有難うコヨリさん!!」


「ツナ!地球上で最強の呪文を知ってるか?」


「最強の呪文?」


「そうや。最強の呪文は、呪いの呪文でも破滅の呪文でも無い。最強の呪文は愛を唱える事や!愛言霊ラブソングや!!これを好きな人に唄われたら、どんな人間でも暗示にかかる。この世で最強の呪文や!古今東西、今も昔も、そして未来永劫、これは変わらへんのや。例え歌い手がデジタルに変わってもな」


「コヨリさん……」


「カナちゃんにアンタの心からの愛を唄ってあげ。ミオンと共に無償の愛を伝えてあげるんや」


「分かった!!」


 僕は奏和ちゃんの元に急ぐ。


 そして必ず彼女を救う。

 彼女の全てを……全てを受け止めて救う!

 ミオンと共に必ずこの気持ちを、彼女の心に響かせてやる!!


 ♪.¸¸♬ラン♪.¸¸♬ラン♪.¸¸♬ラン♪.¸¸♪ララ♪.¸¸♪ララ――


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