第35話 振動

 ♪〜♪〜♪〜――


 サイレンを鳴らしながら数台のパトカーが僕達を取り囲むように停まる。

 いつの間にか辺りには人影も走行する車も見当たらなく成っていた。


「瀬尾!!探したぞ!!」


 息を切らしながら源田先生が僕達の方へ駆けつける。後ろに石英さん率いる密教僧の人達。そして近くに装甲車が停まり、中から警察……いや、機動隊の人達が降りてきた。

 機動隊は盾を持って整列しだす


「今、取り調べ中の比企野ひきのあやが自供した――」


 源田先生の話によると比企野ひきのあやさんはカミゼンさんを失ったショックで傷心しながら全てを語ったらしい。


 

 八月の中頃、奏和ちゃんが刀を抜いた時に中に封じられていた怨霊ハシヒメは、奏和ちゃんに憑依した。

 奏和ちゃんはその時に謎の力を得たのだ。その力でイジメた人間に復讐すると言い、それまで黙っていたイジメの経由をカミゼンさんに話した。

 カミゼンさんはそれを聞き、「だったら復讐は自分がする」と、言った。

 カミゼンさんにも親としての愛情が有ったのだと思うし、責任も感じたのだろう。

 そしてカミゼンさんは奏和ちゃんの謎の力をヒントに超音波呪文を作り、【音】の犯行を思いつく。

 こうしてまずはシゲキ君が殺害される。

 奏和ちゃんは次のターゲットに自分が不幸に成った元凶の彩さんを指名した。

 流石にカミゼンさんも自分の恋人は殺害出来ない。

 カミゼンさんはここで奏和ちゃんに提案する。

「代わりに世界中のイジメを増長させる人間達を消していこう。パパも業界に許せない奴等が沢山いる。彩と協力して暗殺を行うので、彩は許して欲しい」

 この提案を奏和ちゃんは受けいれる。

 ただし出会った時に憎しみの衝動が抑えられず、彩さんの首に傷は付けたみたいだ。

 こうして次のターゲットは比企野さんに変更される。

 奏和ちゃんは比企野さんだけは自分で殺さないと気が済まなかったらしく、少しづつ仕返ししたくて毎日毎日謎の力で顔に数センチづつの傷を付けていった。

 比企野さんはシゲキ君が死んだのも有るが、毎日起こる原因不明の傷創に精神を病んだらしい。

 彩さんはそんな姪の姿と、徐々に凶暴性が増す奏和ちゃんに恐怖を感じた。

「結局いつか自分も殺される。先に手を打つべきだ」そう感じた彩さんは、ハシヒメを再び封じる方法を調べ、カミゼンさんと色々と試したが、結果は全て失敗に終わった。

「もうアイツを殺すしかない」……彩さんは独断で奏和ちゃんの殺害を計画する。

 彩さんは奏和ちゃんと同じ部活のタクが姪と交際した事を知り、タクの曲に超音波呪文を忍ばせ、奏和ちゃんに確実に呪文を聞かせてから【音】で殺害するという方法を思いつく。

 まず自分との関係を悟らせない為にタクには音源を預かった事は内緒にするように言い、呪文を仕込んでから返した音源は姫川先輩を通じて奏和ちゃんに渡るように仕組んだのだ。

 そして姫川先輩にデモ音源が渡った事を確認した彩さんは、タクを用無しと考え、自分の事が漏れないようにと口封じの為に殺害する。

 この後、彩さんは比企野さんに「シゲキ君とタク君は奏和ちゃんに殺された」と、嘘をつく。「タク君と奏和に男女関係が有ったからよ」とか言ったみたいだ。

 そして奏和ちゃんを殺すようにと、彩さんは【音】の入ったレコーダーを渡した。

 比企野さんと奏和ちゃんが共倒れに成るように比企野さんには精神崩壊の呪文を聞かせたのちにである。

 だが計画は失敗に終わった。

 僕達が超音波呪文に気付き、コヨリさんの御守りを奏和ちゃんに渡したためだ。

 奏和ちゃん殺害計画は自分の犯行だと悟られた為、奏和ちゃんに殺されると思った彩さんは、今度はカミゼンさんに歌餓鬼中に奏和ちゃんを殺す計画を提案する。

 カミゼンさんは奏和ちゃんからハシヒメを離す事は不可能と判断し、奏和ちゃんを殺す決意をした。

 歌餓鬼に来たゲスト諸共に……。


 これが彩さんが語ったこの事件の全貌だ



「デタラメ!それはデタラメだわ!」


 パトカーから降りて来た刑事らしき人達に向かって奏和ちゃんは叫んだ。


「パパにシゲキの殺害は任せたわ。比企野もあの日、そろそろ殺そうと思って校舎裏に誘い込んだのも確か。結局アイツは勝手に死んだけどね。けど海野達までは殺す気は無かったし、他の殺害は勝手に2人がした事よ!奏和が本当に知らないとこでパパ達が殺してたのよ!」


「奏和ちゃん!それが本当ならちゃんと警察に行って説明するんだ!そしてお祓いを――」


「……やっぱりどっちでもイイわ。だってこれから沢山の人を殺すんだもん。捕まるぐらいなら人間達を全員殺すわ。そうよ!復讐。これは復讐だわ」


「奏和ちゃん!」


「とりあえず話をお聞きしたい。ご同行お願いします」


 そう言って奏和ちゃんに1人の刑事さんが近づく。同時に奏和ちゃんは口を動かした。何も言葉を発してないように見えたが……。


「駄目だ!近づくんじゃない!」


 先生が叫んだ瞬間、刑事さんの頬から血が弾け飛んだ。刑事さんは顔を抑えながら蹲る。

 他の刑事さんに介抱されながら怪我を負った刑事さんは後ろに下がった。


「超音波……しかも体内が揺れた……」


 コヨリさんがそう言った時、「グワッ!」「ウワッ!」と言う叫び声が四方から上がった。見ると警察の人達が次々と倒れている。


「お前ら!!何俺の教え子に拳銃向けてんだよ!!」


「し、しかし……あの少女は――グワッ!」 


 先生の近くに居た拳銃を構えた刑事さんの指が弾け飛んだ。どうやら隠れて銃を構えた警察の人の指が全員切られたようだ。


「警官隊は負傷者を連れて全員下がれ!!そしてこの辺りの住人の避難誘導にあたるんだ!!霊能力が無い者は絶対瀬尾に近づくな!!」


 警官隊の指を切ったのは奏和ちゃんだ。

 けど拳銃を構える人だけを的確に狙って指を切った。奏和ちゃんの死角に居た人まで。

 何故そんな事が出来た?


「エコーロケーションや……」


 チャリオが呟いたその言葉【エコーロケーション】は、確かコウモリとかが使う能力だ……。


「自分が発した超音波の反響音で、目を使わんでも遠くの物の位置や形、動きまでも読み取る力や。奏和はそれが出来るから姫川先輩の時は近くにらんでも切れたし、カミゼン達も迂闊に近寄れんかったんや」


「奏和ちゃんが超音波を発してるとしても、何で人間の体を切れるんだよ?」


 ∵∵∵∴∴∵∴∵∵∴∵∴∵∴∵∵∵


「うっ!!」


 突然頭の中に『キーン』というモスキート音が響く。

 同時に吐き気がするくらいの頭痛が起こった。


「な、なんだよ。これ……」


 周りをみるとチャリオや先生も頭を抑え、動けなく成っていた。


「畏み〜畏み〜――」


 コヨリさんが片手で御幣を振って祝詞を唱える。おかげで少し楽に成ったが……。


「な、何?今のは?」


「クソー……音の振動で頭の中を揺らしてるんや。奏和が脳内の水分を揺らしたんやろ」


「振動で揺らす?まさか体内の水分を揺らす事が出来るの?」


 石英さん達がお経を唱えだした。

 だが、お坊さん達も次々と切られていく。

 後から盾を持った機動隊が前進してきた。

 だが……。


「ウワッー!!」


 突然、地中から大量の水が吹き出し、前進してきた機動隊を弾き飛ばした。


「ま、まさか……す、水道管を破裂させたのか?奏和ちゃんが?」


「奏和の奴……完全に水を操れるぞ。体内の水を揺らすだけや無いんや。振動させながら動かしてる。コヨリや姫川先輩は血液を動かされ、血管内に圧をかけられたんや。血液を水鉄砲のように一気に押し出して、身体の内から切り裂くんや!今の水道管も中の水に圧をかけてぶち破ったんや!超音波ウォーターカッターや!!」


「どうやって水だけ操るの?原理は?」


「知るかッ!!引力を操れるとしか考えられへんわ!コヨリに聞け!!」


 横を見るとコヨリさんは少し青褪めていた。

 怪我が完治してないのも有るが、それだけでは無さそうだ……。


「ここまで凄い怨霊が取り憑いてたのに……何でうちや源田は近くに居て気付かんかったんや?」


「コヨリさん……」


「まだや……この怨霊はカナちゃん自身の潜在能力も引き出そうとしている。カミゼンの子やで。もっと凄い能力を秘めてるわ」


 奏和ちゃん自身も呪術者……。

 そうだ。あの魅力的なミオンのイラストは、彼女の呪術者としての潜在能力が絵に何かを吹き込んでいたのかも知れない。


「大変です!!近くの田畑から水が溢れ出し、旧巨椋池の周辺が浸水していってるそうです」


 パトカー近くにいる警察官の無線のやり取が聞こえた。


「近隣の道路に液状化現象が起きてるみたいです!避難が困難に成ってます!」


 下を見るといつの間にかアスファルトは水浸しに成っており、所々ひび割れて脆く成っていた。

 そして……そして地中から地鳴りが聞こえる。地面が振動しているのだ。

 地下水を動かしてる!!


「巨椋池を復活させてあげるわ。いえ、市内の地下に眠る水も全て地上に上げる。京都は水の中に消えるのよ。千年間お疲れ様。水没。これは水没だわ」


 奏和ちゃんはリュックから赤い絵の具を取り出し、昔の呪術者のように顔中を真っ赤に塗りたくっていった。

 そしてケラケラと笑う。

 150万人の殺害宣言をしながら……。


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