第34話 宇治橋
川からそよいで来る風が、水苔の匂いを運ぶ。
橋の中程から望むと、朱色に染めた朝霧橋が上流に見えた。
今、僕は日本三古橋の一つ、宇治橋を渡っている。
そのまま進み、橋の袂に有る紫式部像の前に辿り着く。
待ち合わせの彼女は像の前の腰掛けに座っていた。
髪はいつものお団子ツインテールをしている。いや、正確に言うと彼女は
彼女は何時ものようにお絵かきをしていた。
今日はスケッチブックでは無く、タブレットに電子お絵かきをしている。
お絵かきに夢中で、僕がすぐ背後まで来たのに気づいちゃいない。
タブレットの中を覗くと、
相変わらずタブレットの中からミオンが飛び出して来そうなぐらいにイラストが生きている。
「ボカロが好きなの?」
『ハッ!』としたかのように頭を上げ、彼女はこちらを振り向いた。
「一つ覚え。それは一つ覚えだわ」
僕の顔を見ながら彼女は笑顔で答えた。
「昨日はごめんね。約束守れなくて。一人で帰らしちゃったね」
「ううん。いいの。ツナキチがまさか事件に巻き込まれてたなんて……不運。これは不運だわ。それで怪我は無かったの?」
「うん。コヨリさんの御守りが有ったから軽傷で済んだよ。心配かけちゃったね」
「そうよ!今度から何か有ったら奏和にすぐ連絡して!コヨリソじゃなくて奏和を頼って!絶対。これは絶対だわ」
「……わかった」
「あっ!そうだ!ツナキチに昨日渡しそびれた物を……」
そう言って奏和ちゃんは鞄を開けようとした。
中のプレゼントを渡す気だ。
その前に僕はけじめを付けないといけない。
「ねえ、奏和ちゃん」
「何?」
「これから何処行くの?」
「あっ、うん……」
「亡くなったお父さんの実家?」
「えっ?」
「カミゼンさんは君のお父さんだったんだね。歌餓鬼の開催地が京都に成ったのは、君が頼んだからなんだろ?」
「……うん。そうよ。ツナキチ達が喜ぶと思って頼んだの」
「君のお母さんから聞いた。昔、君のお母さんとカミゼンさんは恋愛関係に有った。けど新しい愛人、
「…………」
「その事を知ってる
「そうよ……比企野さんのせいで友達も出来ない。先生も親戚も誰も助けてくれない。最後の味方だったママも『産むんじゃ無かった』と愚痴を溢してたわ。パパにもママにも見捨てられた奏和はこの世にいらない子だったのよ。真剣に自殺を考えたわ……けど、けどね!そんな奏和に友達が出来たのよ。神様のお友達!」
『神様のお友達?』
「ミオンちゃんよ!ミオンちゃんは奏和を助けてくれた神様よ。ミオンちゃんはね、奏和が落ち込んでる時に励ます歌を歌ってくれたの!奏和が泣いてる時は笑顔をくれる歌を歌ってくれたわ。毎日毎日、新しい歌を歌ってくれるのよ!楽しい歌、切ない歌、怖い歌、面白い歌、時には踊り、時にはファッションショーをしたり、時にはお絵かきで遊んでくれた。学校で辛い事が有ってもミオンちゃんが慰めてくれたの!ミオンちゃんは私を救ってくれた神様!それは神様だったわ!」
「……そうだったんだ」
「ミオンちゃんは奏和が高校に入ったら、今度は運命の出会いを
「だけど?」
「ツナキチ……お願いが有るの!」
「何?」
「奏和と一緒に逃げて!」
「逃げる?」
「静岡で一緒に暮らそ。奏和はミオンちゃんとツナキチさえ居れば他に何もいらないの。逃避行。これは逃避行だわ」
「それは無理だよ奏和ちゃん……」
「どうして?それは、どうして?」
「今、カミゼンさんの実家は警察が家宅捜索している」
「……警察が?」
「警察の話だと庭から二体の遺体が発見されたそうだ。君のお祖父さんとお祖母さんの
「……事故だったのよ。奏和もまさか刀を抜くだけでお祖父ちゃん達が死ぬとは思わなかったの……」
「どうして刀を抜いたの?」
「今度こそ確実に死ぬ気だった……」
「…………」
「奏和、中学の時に比企野と彼氏のシゲキ、それに海野と吉賀の4人に無理矢理裸にされて恥ずかし写真を撮られたの。その写真をアイツ等まだ持ってて、それを電音部の皆にSNSで送るって言ってきたのよ。奏和が楽しそうにしてるのがムカつくとか、そんな理不尽な理由で……誰にも相談出来ないし、誰も今までマトモに聞いてくれなかったし、どうする事も……もし、そんな事をされたら奏和は電音部に居れない。電音部は折角ミオンちゃんが与えてくれた生きる希望だったのに……」
……ごめん奏和ちゃん。ずっと苦しんでたんだね。気付いてあげられなくて、本当にごめん……。
「だから夏休みの合宿やミオンちゃんのコンサートをキャンセルしたの。そして自殺するためにパパの実家に行ったわ。パパの実家で自殺すればパパに対する嫌がらせが出来ると思ったの。責任も取ってくれずに捨てたパパに対して復讐がしたかったのよ。表向きは『パパやお祖父ちゃん達と仲良しに成りたい』と、言って静岡に行った……」
「カミゼンさんはその時近くに居たの?」
「うん。パパが来てる時に実行しようと思って……自殺出来る刃物を探してたら倉庫に古い刀を見つけたの。持ち出して庭で死のうとしたら、それに気付いたお祖父ちゃん達が止めに入ろうとしたんだけど、そのまま刀を抜いたら雷みたいな音が成って、地中から水が噴き出てきて……」
「そしてお祖父ちゃん達は突然死した……」
奏和ちゃんは頷いた。
「奏和は警察に知らせるようパパに言ったわ。本当。これは本当だわ。けどパパは庭に――」
「君は知らせようとした。けど君の中の
「ッ!!……」
「
「…………」
「昨日のカミゼンさんの足。比企野さんの顔。そしてコヨリさんや姫川先輩を切ったのはカミゼンさん達じゃない。君だ。どうやったか分からないが、君は刀の【音】を使わなくても人を内から切る事が出来る。そうだね?」
「……そこまでバレてたのね。それで?ツナキチはどうする気なの?」
「自首するんだ。そしてお祓いして貰おう」
「嫌ッ!それは嫌だわ!」
「奏和ちゃんッ!!」
「ツナキチ!一緒に逃げて!奏和の事を――」
「無理や!既に周りは警察に囲まれている」
「チャリオ……」
紫式部像の影からチャリオが現れた。
「お祓いにはうちも協力する。カナちゃんに取り憑いてるのは超一級の怨霊や。うち一人ではどうしようも無いぐらいのな」
「コヨリソも!」
続いてコヨリさんも出て来た。
止めたが病院から無断で抜け出し、僕達と一緒に来たのだ。
「……誰にも言わない。2人だけの秘密って言ったのに……騙したのね。ツナキチ!」
「ごめん……けど――」
「裏切り。これは裏切りだわ!!」
奏和ちゃんは血相を変え、何かを地面に叩きつけた。
それは蓋にミオンが描かれたカルトナージュの箱だった。
叩きつけた衝撃で、中のショコラと『ツナキチへ』と書かれたカードが飛び散る。
「ツナキチだけは……ツナキチだけは信じてたのに……」
「奏和ちゃん!!聞いて欲しい!僕は君の中の
「うるさいッ!!結局人間は一緒だわ!!」
奏和ちゃんはカルトナージュの箱をショコラごと踏みつけて叫んだ。
「そうよ!!奏和の中にはハシヒメが居るッ!いいえ、奏和こそが呪いと復讐の鬼、ハシヒメよッ!!」
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