第2話 川の流れ

 京の街は、有名な三本の大きな川に囲まれている。

 一つは市内の東方に流れる鴨川。

 一つは西の嵐山でも有名な桂川。

 そして市内からは少し離れるが、南の琵琶湖から流れてくる宇治川。

 三本の川はやがて合流し、これに更に南からの木津川とも合間って淀川と成り、大阪湾の方へと向かう。

 京都市内に在住する人は必ずこの鴨川、桂川、宇治川の三本の川のどれかのほとりで、憩いの時間を過ごした経験が有るはずだ。

 僕達も今、冷めたカップコーヒーを片手に渡月橋とげつきょうが見える場所で桂川を眺めている。



「あーしんどー!疲れた!こんなんやったらコヨリのとこに初詣行くんやなかったわ。まさか仕事を手伝わされるとは思わんかった」


「……そうだね」


「だいたい縁結びの神社やのに何でカップル多いねん。カップルならもう結ばれてんのちゃうんか?何でわざわざ縁結びの神様のとこに来るんや。おかしいやろ。俺らに対する当て付けか!」


「……そうだね」


「あー、もう!素っ気ないなー。神社に居る時もずっと上の空やったし、そろそろ元気だせや!」


「うん……」


 辺りには破魔矢や福袋を持った人達で溢れている。中には晴着姿の女性も見られた。

 足元をうろつく鳩も、今日は人が多すぎて誰に餌を強請ねだりに行けばいいのか迷っているようだ。


 本日は1月1日元日である

 本当は今日、3人でコヨリさんの神社に初詣しに行く予定だった。

 だが結局コヨリさんの神社にはチャリオと2人で行った。

 一緒に行く予定だったもう1人のメンバーは――


「どうする?そんな元気ないなら歌餓鬼うたがき行くの中止にするか?」


「いや!それは駄目だよ!カミゼンさんが京都でイベントするのは滅多にない事だし、タクも楽しみにしていた。タクの為にも絶対行く!」


「せやな。それに中止なんか奏和が絶対許さんわ」


「そ、そうだね……」


 タクは本当に亡くなった。

 この世から居なく成ったのだ。

 ついこの間まで巫山戯たラブラブメールを僕に送りつけてたのに……。

 タクは死因がはっきりしない突然死だった為、検視に時間がかかって遺体が警察から戻ってくるのが遅く成ったらしい。だから葬儀は年末ぎりぎりの30日に行われた。つい一昨日の事だ。


「姫川先輩……可哀想だったね。ずっと泣いてた……」


「ホンマにな。俺が横でずっと慰めていたかったわ」


「浮気したら蒿雀アオジミオンに怒られるんだろ?」


「しかし後輩の葬式やのに部長は何でいひんかってんやろな。帰郷組は分かるけど部長は地元やろ?奏和もやけど」


「年末だったし皆予定が入ってたんだと思うよ。仕方ないよ。比企野さんが来なかったのは意外だったけど……」


 そうだ……クリスマスにタクと一緒だった比企野さんは葬式に来なかった。

 ショックで動けなかったのだろうか?

 なんか心配だ。


「そういえば源田は来たけど、すぐ帰ったな。タクの両親に何か色々聞いてたみたいやけど。まあ、アイツは顧問やけど俺らの担任やないし、別にかまへんけどな」


「源田先生も知り合いだった黒文字Pさんが死んでから部室に全然来なくなったね。部活掛け持ちで忙しいのかも知れないけど……」


「だいたい担任クラスもまだ持てへん新米教師が、何で部活の顧問を掛け持ちすんねん。アイツ、アホやろ」


 人力車が僕達の横を通り過ぎる。

 いつもなら修学旅行生や海外旅行客ばかりで埋まる嵐山だが、今日は流石に地元の家族連れの方が多い。小さな子供達は人力車を興味津々の眼差しで凝視していた。

 向こうでは手漕ぎボードで遊ぶ人や、凧をあげて遊ぶ人、団子を口いっぱい頬張る人や風景写真を撮っている人……それぞれのスタイルで川辺りを楽しんでいる。

 平和でのどかな京の一風景だ。

 本当なら今頃はココでタクと一緒にボカロ話で盛り上がっていただろう。いや、バレンタインライブの話かな……。


「そろそろ帰らんでええんか?カミゼンの元旦ライブ配信を見るんやろ?」


「あっ!そうだ!歌餓鬼で流れる曲が分かるかも知れないし、帰ってチェックしなきゃ。チャリオも帰るんだろ?」


「いや。俺は松尾橋の所で親父と落ち合う約束してんねん。このまま四条に下るわ。親父は振る舞い酒飲まんと1年が初まらんらしいからな」


「一日に何度も神社に行くと、神様どうしが喧嘩するって言うよ」


「アホ。そんなん迷信や。あっこの神様は優しい水神様や。喧嘩するわけない」


「そうかな?京都を悪霊から守る西の猛霊もうれいって、コヨリさんが言ってたから、きっと怖い神様だよ」


「お前、怖い怖い言いながらコヨリにそんな話ばっかり聞いてんな」


「いや、やっぱりなんだかんだで怖い話が好きだから。そうだ!今度怖いボカロソングにチャレンジしようよ!タクに新しい曲を頼んで……違う……何言ってんだ、僕は……」


「……曲作れるメンバー探さなアカンな」


「ごめん……」


 僕達は駐輪場まで一緒に歩く事にした。

 日本家屋の土産屋が建ち並ぶ表通りを抜け、人通りの少ない裏道に入る。

 小路を横断しよとしたら一台の車が近づて来たので、通り過ぎるまで一旦その場に止まって待つ事にした。

 そしてその車がゆっくり僕達の前を通り過ぎる。


「あれ?」


「どうした?」


「今の車……比企野さんが運転してた……」 


「何で俺らと同い年の比企野が運転出来んねん。ここ、アメリカか?」


「そ、そうだよね。けど、あの赤いマフラー……クリスマスの日に、タクからのメールで見せてもらったお揃いの手作りマフラーだったよ。それを運転席の人が首に巻いてたんだ」


「何で車の中でマフラーしてんねん。エアコン故障しとんのか?」


「……ごめん。僕の見間違いだよね」


 その後もチャリオにからかわれながら僕は駐輪場へと向かった。

 たぶんタクの死がショックで僕は幻覚を見たんだろう。


 しっかりしなきゃ。

 タクに笑われる……。



 __________




 この時も僕の知らない所で、それぞれの人のそれぞれの事情が川のように流れていた。


 やがてその流れは合流する事になる。


 沢山の不幸を乗せて……。

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