第33話 憑依

「うちら巫女は自ら望んで依代と成り、神様や霊を呼び寄せて憑依してもらう。これとは逆に神様や霊の方から望んで憑依する場合があるんや。この場合は大木や石が多いんやけど、自然物でなければ自分に近い人や物を選んで憑依する。例えば自分に境遇がよく似た人間とか、姿形がそっくりな人形とか……」


「自分に近いもの……」


 病室には僕とコヨリさんの二人だけである。

 現在チャリオはデイルームで電話中だ。



 昨日の歌餓鬼は、あれから雷雨が更に強まり、告白タイムイベントは中止を余儀なくされた。

 本当はカミゼンさんの挨拶で歌餓鬼は終了予定だったのだが、急遽他のスタッフさんの簡単な挨拶で終わったみたいだ。

 カミゼンさんの死はその時には報告されなかったみたいで、さぞかし来場者は翌日の発表を聞いてビックリしただろう。

 僕とチャリオと源田先生は事情聴取の為、駆けつけた警察の人とそのまま同行した。

 奏和ちゃんとは合流出来ず、警察に行く事だけをメールで知らせたが返事は無かった。既読歴は有るので了解はしてくれたとは思う。

 だが、深夜に警察から開放された時と今朝方にも連絡を入れたが変わらず返事はない。

 既読は付いてるから読んではいるはずだ。

 僕は心配に成り、登校する前に奏和ちゃんの自宅に電話を入れた。

 お母さんの話だと昨日、帰ってから様子が変だったらしく、今朝気付いたら大量の荷物と一緒に居なく成っていたらしい。ちょうど警察に連絡しようか悩んでいた所だったそうだ。

 僕はそのまま学校に行き、奏和ちゃんの教室を覗いたが、やはり学校には来てなかった。

 その後も奏和ちゃんの携帯に電話やメールを入れたが一向に返事は無い。

 僕とチャリオは居ても立っても居れず、一時間目終了後に学校を抜け出し、コヨリさんの病室に相談に来たのだ。



「コヨリさん……天照大神の荒御魂って何?」


「天照大神は太陽神や。荒御魂あらみたまとは神様の優しい部分の和御魂にぎみたまとは反対の側面、つまり荒ぶった魂の状態や。太陽神の荒ぶった状態とは雨雲で太陽を隠し、雨を降らし嵐を起こす事。天照大神の荒御魂は、雨雲を呼び起こせる水の神様なんや。人間の罪を川に乗せて次の神様へ運ぶ役割の神様でもあるんやで」


 雨雲を呼び寄せる……そうだ、コヨリさんや姫川先輩が切られた時も、タクが死んだ日も雨が降っていた。偶然じゃなかったんだ。


「平安時代の鬼、橋姫はその神様の力を持ってたの?」


「橋姫と天照大神の荒御魂を同一神とする考えは昔からある。元々橋姫とは川に架かる橋の守り神で、古くから水の神様として日本中に祀られていた。橋は現世と常世を結ぶ物でも有り、そこには神様が居られるとされたんや。橋姫という名前は橋を守る水神様の総称やと思うで。ただ、宇治の橋姫が実在してたのやとしたら……」


 平安時代……好きな人に裏切られ、憎い恋敵を殺す為に呪いの儀式を行なった宇治の橋姫。

 橋姫はその儀式を行う前、髪を5つに括り、顔や体に塗料を塗って全身真っ赤にし、そして火のついた松明たいまつを口にくわえて京の街を走った。それを見た人は突然死したという。

 突然死……これがもし、怖い姿を見た時のショック死ではなく、橋姫が発した【音】に斬られて死んだのだとしたら……。


「カミゼンさんが言ったハシヒメが宇治の橋姫なら、その怨霊おにを一条戻り橋で斬った刀は髭切の方だよね。なぜ橋姫は髭切ではなく、膝丸の方に宿ったのかな?」


「うーん……元々膝丸と髭切は同じ刀やった。もしくは源義経が兄の頼朝に怨霊の宿った方の刀を持たせたくなくて、膝丸と髭切をすり替えた。その時に薄緑と名前を変名したのかも……考えられるとしたらそんな所やわ……」


 宇治の橋姫は水の神様から水を操る力と、殺人音を発する力を得たのなら、怨霊おにと成ってもその力を宿したまま刀に憑依したのか。そして……。


「刀に宿りながら待ってたのかも知れんわ。千年もの間、自分に近い人間を……誰かを殺したいほど憎しみを溜めた女性が現れるのを……」


「…………」


「ツナ……カナちゃんはうちの手が切れた時、何処に居た?」


「……チャリオと一緒に僕達の方を見てた。回復して近くまで来てたよ」


「橋姫は嫉妬の神様や。うちがツナの上に跨っているのを見て……」


「いやっ!!コヨリさんは奏和ちゃんの命の恩人だよ!まさか、そんな事――」


「アンタは女心を理解してへん!カナちゃんは夏休み中何処に居たんや?姫ちゃんに聞いたら合宿も、大好きなボカロコンサートも断わったそうやん。ボカロコンサートよりも大事な用事が有ったんか?」


「じ、実家に居たって言ってた。奏和ちゃんの実家は京都だよ!だから――」


「コヨリちゃーん!おはありー!アレ?ツナ君!何でココに居るの?あなたも学校サボったの?」


「姫川先輩!!」


 病室にジャージ姿の姫川先輩が入って来た。

 そしてその後ろから――


「姫さーん!言っとくけど、俺は源田に言われて仕方なく来たんだからね」


「阿部先輩も……どうしてココに?」


「源田が姫さんの様子見て来いって!教師が生徒に学校サボるよう命令するって、有り得ないしょ」


 源田先生は姫川先輩とコヨリさんが心配で、阿部先輩を見張りによこしたのか?

 源田先生も探しているのか?

 奏和ちゃんを……。


「ちょうど良かった!姫ちゃん!アンタが切られた日、カナちゃんと会わへんかった?」


「えっ?うん。帰る直前に廊下ですれ違ったわよ。『ツナ君に誘われたから私も歌餓鬼行くからねー』って奏和に言ったー。あっ!ツナ君!奏和どうだった?お父さん死んで落ち込んでなかった?」


「お父さんが死んだ?奏和ちゃんは、お母さんと2人暮らしで、お父さんは居ませんよ」


「姫さん!シッー!」


「えっ?!内緒だったの?ツナ君達知らなかったんだ?!」


「どういう事ですか?!阿部先輩ッ!!」


「いや、俺も死んだ比企野ちゃんから聞いたのよ。有名人の隠し子の話なんてヤバいしょ。広がったらマスコミが騒ぎそうだし、黙ってたんだんだよ。でも実は昨日、こっそり瀬尾にパパを紹介してもらうつもりだったんだけどな。まさか死ぬなんて……あれ、まさか死んだのは俺が消した音と何か関係あんの?」


「関係アリアリやで、部長」


 病室に更にチャリオが戻ってきた。

 その顔には何時もと違って暗さが見れる。


「今、奏和のおふくろさんに電話して聞いた。奏和は夏休み中、親父おやじの方の実家に居たそうや。認知してくれなかった親父おやじの実家にな……」


「認知してくれなかった……父親の実家……」


(ブルゥゥ〜ブルゥゥ〜)


 その時、僕の携帯が揺れた。

 蒿雀ミオンのアイコン……奏和ちゃんからだ。



{ツナキチ今何してるにょ?◉‿◉]


 僕はすぐに返事を送る。


[学校だよ}

[奏和ちゃんは今何処に居るの?}


{本当に学校?ಠ︵ಠ]


[そうだよ。授業サボったけどね}

[奏和ちゃん探してるとこ}

[学校に来てないの?}


{ツナキチがエスケープ?]

{[授業]ε=ε=ε=ヘ( ・_[カナワ]]

{学校よりカナワを選んだんだ( ꈍᴗꈍ)♡]


[当然だよ}

[今すぐ会いたい}

[何処に居るの?}


{お昼に宇治橋に来て]

{渡したい物が有るの(。・▽・。)つ□]

{必ず1人で来てね♡]

{カナワと会う事は他の人には内緒だお]

{秘密。これは秘密だわ(/^-^(^ ^*)/]


[わかった。2人だけの秘密だね}

[必ず行く。待ってて}



 スマホを持つ手が震えていた。

 真っ白な床に透明の雫が落ちる。

 雨ではない。僕の涙だ。


 チャリオが僕の肩を優しく叩いた。

 親友は僕が何も言わずとも、察してくれたようだ……。


「チャ、……チャリオ……」


 僕はしゃくりあげながら、決意を込めて声を絞り出した。

 胸が……胸が痛む……。


「源田先生と警察に連絡を……」



 __________



 本当は僕は夏休み明けから気付いていた。


 彼女が変わった事を……。


 初めて出会った時の彼女は、もっと口数が少なくて穏やかな性格だった。

 2学期から急に僕達に明るく接し始めたのだ。

 彼女の中の何かが急に変化したのは分かっていた。それは周りも気付いている。

 たがそれだけでなく、僕は別の何かを感じていた。

 時々空気が変わるぐらいの怒気や、不安めいた何かを彼女の内から感じていたのだ。

 それは僕にしか気づけなかったと思う。

 四六時中彼女の事を考えている僕だからこそ、その変化に気付けていたのだ。

 だが僕はその事を問い質したり、他の人に相談するような事はしなかった。

 彼女に嫌われたくなかったからだ。

 そう……彼女がどんな風に変わろと、全て受け入れたかった。

 なぜなら僕は……。

 僕は、彼女を愛しているから……。



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