第32話 雷音

「ハシヒメ……」


 宇治の橋姫の事か?

 けど橋姫を斬ったのは髭切の方だろ?

 どういう事だ?


「ブラボー!日本ノ御伽のデビルスゴイネ。流石アニメの国。ボクジャ無カッタラ逃ゲ出シチャウネ」


「カミゼン!それを俺に寄越せ!ハシヒメが憑依してなくても【音】の効果は有るんだろ?」


「ああ。この刀身を他の金属に擦り合わせれば、あの【音】を発することが出来る。私が作った呪文の補助は必要だが、この刀で発したあの【音】を聞けば、人はDNAに刻まれた殺し合いの【音】を思い出し、勝手に内臓が切れるのだ。刃物で殺し合った歴史は世界共通。死の【音】だ」


「剣ヨリ銃ノ方ガ沢山殺シテルケドネ。呪文スペルチョウダイ。呪文スペルハ何種有ルノ?」


「さあな。少なくとも君は【切り裂きの呪文】をさっき聞いている。もう助かりはしない」


「フーン。ダッタラ殺人音マダーサウンド聞カセテヨ。助カッタラ呪文スペルヨコシテネ。将軍ハ僕ノ本当ノ凄サ理解シテナイ。ビックリスルヨ」


 ピエロはカミゼンさんに拳銃を向けながらほくそ笑む。

 銃と刀……明らかにカミゼンさんの方が不利だ。周りに擦り合わせる金属もない。なのにカミゼンさんの方も余裕綽々なのはブラフか?


「ピエロにも渡すな!それを俺に――」


「どちらにも渡す気はない。リクエストだ。聞かせてあげよう!生音霊なまおとだまを――」


「危ないッ!!皆、耳を塞げッ!!」


 チャリオが耳を塞ぎながら叫んだ。

 先生とピエロはチャリオの忠告を聞き入れなかったが、僕は反射的に耳を塞ぐ。

 次の瞬間カミゼンさんがテントのループを捲った。そこには――


「アルミパイプ!!」


 テントの骨組みのアルミパイプが向き出た。

 そこにカミゼンさんは上段の構えから一気に振り下ろし、刀身をアルミパイプに素早く擦り合わせる。


 ♪♪〰♪!!


『シュリーン』という音と共に、僕の口の中に鉄の味が広がる。

 クッソッー……コヨリさんの御守りでも防ぎきれなかったか……。

 僕は力を奪われ片膝を着いた。

 周りを見ると、先生は四つん這いに倒れ、チャリオは両膝を着いている。

 ピエロは完全に白目を剥きながら仰向きに倒れていた。口から吹き出る血の量から恐らくもう息はしてないだろう。

 秘書さんもうつ伏せに倒れて口から血を流しているが、まだ息をしている。どうやら耳栓をしていたようだ。その耳栓を耳から取り外している。


「すまない。彩……」


「 大丈夫です。それより早くアイツを……」


「ああ……」


【音】を放ったカミゼンさんも口から少し血が出ていたが、しっかり大地に立っていた。

 そのまま鞘を捨て、音響室の方へ歩いて行く。


「ま、待て……」


 僕はよろめきながらカミゼンさんの後を追う。

 現状この場で動けるのは、僕とカミゼンさんの2人だけだ。

 僕が何とか止めないと……。


 ♫♪〜♪♬♪♪♫〜♪♬♪♪♫――


 ミオンの歌声が頭の芯に響く。

 前方の緑光の波が霞む。

 足がおぼつかない。

 口内から吹き出てくる血も止まらない。

 それでも……それでも止めなきゃ……。

 止めないとあの子が……。


 僕は必死で歩き、カミゼンさんに追いつく。

 そして倒れながらカミゼンさんの足にしがみついた。


「い、行かせるもんか!行かせるわけに行かない!」


 カミゼンさんが蹴り上げて僕を振り払う。

 けど直ぐに足にしがみつき、再び動きを止める。


「フッ!しつこいな。何をそんなに守りたい?」


「あの会場には僕の愛する人が居る」


「……そうか。私もあの会場に愛する者が居る。だがアイツは殺さなければならない……必ず……」


 カミゼンさんが殺したいアイツは会場に居るのか?アイツって誰なんだ?……。


「今、行かなくては……油断している今しかチャンスはない。悪いがツナ君。邪魔をするなら死んでくれ」


 カミゼンさんは刀を振りかざした。

【音】では無く、光り輝く刀身で殺す気だ。

 これ以上抵抗する力は出ない。

 ここまでか……ごめん、奏和ちゃん。

 必ず戻る約束は果たせなかった……。


 刀身が僕の頭上に迫る。

 死ぬ覚悟を決めたその時だった――


「えっ?!」


 急にカミゼンさんが仰向きに倒れた。

 僕がしがみつく両足を残して……。

 そうだ……足はそのままだ。

 膝から下が切断されて仰向きに倒れたのだ。

 な、何が有った?


「気付かれたか……」


 カミゼンさんが呟く。


 上空からは雫が落ちてきた。

 雨が降り出したのだ。

 雨はカミゼンさんの足から流れる鮮血を薄めながら芝生の上にゆっくりと広げていく。


「カ、カミゼンさん……あ、足……」


 僕は掴んでいた足をカミゼンさんの方に差し出したが、カミゼンさんは首を横に振った。


「なあ……ツナ君……」


 刀を杖にして上半身を上げたカミゼンさんが僕に尋ねてきた。


「君はちゃんと人を愛せなくて後悔した事は有るかい?」


「……僕は恋愛自体、経験が無いですから」


「フッ……そうか。私は後悔してばかりだ。本当に情けない……」


 そう言いながらカミゼンさんは刀を逆手に持った。何をする気だ?


「出来ればアイツを殺してくれ。君に殺されるならアイツも本望だろう」


「えっ?!」


「私にはアイツを殺せなかっただろう。絶対に躊躇した。いや、このライブを楽しむ観客も、私には殺せなかっただろう……私を愛してくれた人達を殺せるわけがない……」


「カミゼンさん……」


「タク君にはすまない事をした。これで許してくれ」


 カミゼンさんはそう言って刀を自分の腹に突き刺した。

 まるでカミゼンさんが嫌う侍の切腹のように。

 大量の血が辺りに飛び散る。


「いやあああああぁぁぁあああ!!」


 後方から秘書さんの悲痛な叫び声が届いた。


「カミゼンさんッ!!」


「呪いが私に返っただけだ。当然の……結末……」


 そう言ってカミゼンさんは倒れた。


 天才プランナーと言われ、その気になれば超音波呪文と【音】で世界征服を成し得たかも知れない男は、僕の目の前で壮絶な最期を遂げた。

 タクの敵討ちは、カミゼンさんの自害という形で幕を下ろす……だが……。


 ♬♬〜♪!!!!!!!!!!!!


 ライブ会場に大歓声と拍手が上がる。

 蒿雀ミオンのステージが終了したのだ。

 まるでカミゼンさんの命の終了と合わせたかのようだった……。


「ツナ……大丈夫か?」


「先生……」


 よろめきながら源田先生が近寄って来た。チャリオも後から続く。

 良かった。2人共無事だ。


「君達!怪我はないか?」


 いつの間にかスキンヘッドの人達が周りに沢山居た。

 昼間にすれ違ったスキンヘッドグループの人達だ。

 ある人は死んだカミゼンさんやピエロの前でお経を唱え、ある人は秘書さんを抱えあげて介抱していた。

 この人達がコヨリさんの言ってた味方で、コヨリさんのお婆ちゃんが言ってた、その道のプロの人達だろう。


「拙僧は石英せきえいと申す。陰陽道の源田さんだね。今しがた凄まじい念を感じた。あの念の持ち主は何処だ?放っておくととんでもない事になるぞ!」


 スキンヘッドグループのリーダーらしき人が源田先生に質問していた。かなり慌てている。


「今は念を感じないが近くに居るのか?源田さん、ソイツはどんな姿をしてるんだ?」


「わからない。姿は見てないが、このイベント会場内にはまだ居るはずだ」


「先生……カミゼンさんの言ってたアイツって、誰なんですか?カミゼンさんはそのアイツに足を斬られたのですか?」


「…………」


 先生は答えてくれなかった。


 雨はどんどん強く成り、雷鳴が聞こえて来た。ライブ会場の緑の灯りは一つ、又一つと消えていく。会場の人達は屋根の有る所まで順々に避難しているようだ。


 ♪♪♪♪♪♪〜♪!!


 近くで『ガシャーン』という凄まじい爆音が鳴った。雷が落ちたのだろう。

 あちらこちらで女性の悲鳴が上がる。

 そんな中、僕は棒立ちしていた。


「誰なんだ……アイツって……そのアイツにアレが……」



  __________




 本当は僕はこの時、アイツの正体に気付いていた。


 いや、実はもっと前から気付いていたはずだ。


 けど理由を付けて否定していた。

 気付いても無理矢理否定してたんだ。


 そうだ……庇っていた。

 なぜなら僕は…………。


 


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