第31話 荒御魂

 ♪〜♪♬♪〜♪〜♪♬♪〜――

 ンーハイッ!ンーハイッ!――


 ミオンの電子の歌声と、それに合わせた観客のアイドルコールが鳴り響く。

 テントの外は大音響に包まれていた。

 そして僕達の目に、闇夜に輝く無数の緑閃光グリーンフラッシュのような波光が目に飛び込む。

 観客が振るペンライトの灯りだ。

 まるでそれだけが生きてるかのように、揃ってリズミカルに動いている。

 すっかり暗くなった野外会場は、そこだけが幻想的空間に成っていた。


「ピエロだ……」


 そんな幻想的な光景をバックに、別世界から来たようなピエロが立っていた。

 さっきパフォーマンスステージで僕にウインクをしたピエロだ。

 衣装は地味なスーツに変わっていたが、派手なメイクはそのままだった。

 ピエロの左腕は、秘書さんの首を後ろか絞めあげて動かないよう抑えている。

 そして右手にはサイレンサー付きの銀色の拳銃を持ち、秘書さんのコメカミに銃口を向けていた。


「コノ中ニ殺人音マダーサウンド入ッテマスカ?」


 おそらく秘書さんから奪ったと思われるレコーダーをピエロは左手の中に握っていた。きっと再生ボタンを押す前に取り上げたんだ。


「何者よアンタ?!」


 秘書さんのスカーフが取れていた。抵抗した時に外れたのだろう。首には無数の傷跡がある。今しがた出来た傷ではない。

 あの傷の付き方は……。


「オトナシクシナイト撃ツヨ」


 絞める太い腕を秘書さんは両手で外そうとしているがビクともしないみたいだ。

 ピエロは背も高いが、力もかなり強いのだろう。


「ヤア!ハンサムボーイ!マタ有ッタネ!君ハ彼ラニ仕返シシタイダロ?ケド君ノ国ジャ仕返シ出来ナイ。ボクニ任セテ」


 ピエロはカタコトの日本語で僕に語りかけてきた。僕達の事を調べあげているのか?

 秘書さんを捕まえているからカミゼンさんの手下では無さそうだ。何者だ?味方か?


「物騒な物を持ってるな。そのピストルはどうやら本物っぽいな。何処かの国のスパイか?それともテロ組織の刺客か?」


 テントから源田先生が出てきた。

 スパイ?テロ組織?まさかそんな人達も絡んでいるの?


「その【音】を軍事目的に使う気ならやめとけ。外国人の手に負える代物じゃない」


「大丈夫。ボクハ祓魔師エクソシストダ。コノ銃ニモ鬼退治用ノ純銀弾丸シルバーブレット入ッテル。モチロン人間モ殺セル。ソコノ男ミタイニネ」


「そこの男?」


 僕はテント前に倒れているガードマンさんに目をやった。さっき先生が気絶させたので倒れてたんだろうと思ってしっかり見てなかったが、よく見たら……。


「先生!ガ、ガ、ガードマンさんの額から……!」


 白目を剥いてるガードマンさんの額には、小さな穴が開いていた。そこから大量の血が流れているし、息も止まっている……。


「ツナ、チャリオ……下がってろ。コイツに御守りは意味がない」


「人ヲ呼ビニ行ッタラ撃ツヨ。テントノ中ノ男カラカタナヲ奪ッタラ帰ルカラ、ソレマデ大人シク待ッテテネ。アト接吻キスシテアゲルカラ、約束シテネ」


「撃たれた方がマシやん」


 どうする?

 この大音響だ。叫んでも声は届かない。

 もし近くに偶然人が通りかかっても、殺されるだけかも知れない。

 ピエロに見られないように近くの阿部先輩にメールを入れてみるか……でも、もし見つかったら……。


「やれやれお客さんが多いな。高校生でさえちゃんとアポを取るのに、大人が社会常識を無視するのは困りもんだな……」


 テントからカミゼンさんも出てきた。

 この状況を見ても何時もの落ち着いた毒舌は変わらない。


「アナタハ殺害予告シマシタカ?暗殺ニ予告イリマセン」


「暗殺?ああ、返り討ちに来られた方か。だったら地獄に一席設けないとな」


「地獄ニハ、アナタダケデ行ッテネ。ボクニ呪術インカテーションキカナイヨ。ボクハ最上級ノ祓魔師エクソシストダ。スゴイネ」


「…………ん?それだけかね?」


「ホワット?」


「『過去にサタンを封じた』とか『ベルゼブブを倒した』とか、もっと盛大にラッパを吹いてくれないと、かませ犬としては役不足だ。まあ、ピエロと同性愛者は強キャラと相場が決まってるから、それで許すか……」


「オッホッホッー!流石アニメの国。アナタオタク将軍ジェネラルだ。ボクモカワイイ大好ダイスキ!オッホッホー!」


「人を蔑むのは構わないが、それは全て己に返るぞ。日本にはこういうルールが有るんだ。『馬鹿』と言う奴が馬鹿であって、『死ね』と言う奴が死ぬんだよ。わかったかね?」


「オー!アンダースタンド!オタク将軍ゴメンナサイ。ワカッタカラ将軍の今マデ作ッタ呪文スペルカタナチョウダイヨ。ソシタラ彼女助ケルヨ。将軍ハ殺スケドネ」


「欲しいのはコレか?」


 カミゼンさんはテントのケープ上に置かれていた細長い筒状のクラフトパックを降ろした。よくポスターや賞状入れに使われるダンボールだが、中には……ま、まさか?!


「はあ?嘘だろ?そんな所に隠してたのかよ!不用心だぞ!」


 先生は呆れながら怒鳴った。

 同感だ。大量殺人の元凶で証拠品なのに、イベントテントの屋根の上に無造作に置くなんて……ありえない。


「大事な物は厳重に保管されていると人は勝手に推察する。まさか刀がこんな所に置いて有るとは、誰も想像出来まい」


 カミゼンさんはクラフトパックから古い日本刀を取り出した。

 鞘は少し剥げているが漆塗りされており、鍔や柄は金の装飾がされている。

 素人目に見ても由緒有る立派な刀に見えた。


「名を雨吠丸あまぼえまると言う」


 アマボエマル?膝丸、もしくは薄緑では?


「我が雲上家では、源義経が兄の源頼朝にこの刀が渡らないように持ってたとか、義経はこの刀に宿る怨霊のお陰で平家に勝てたとか伝えられている。どうでもいい話だが」


「カミゼンさん!やっぱりそれは膝丸なんですね?」


「富士の裾野で『瞋恚執心しんにしゅうしん』と歌ったと伝わっているから、恐らく曾我兄弟に一時渡った薄緑と同一だと思われる。君達の推察通り、音霊の正体はこの刀に憑依していた怨霊だ」


 やっぱり!コヨリさんの読み通り土蜘蛛の怨霊が宿った膝丸だったんだ!

 音霊おとだまの正体は曾我兄弟ではなくて土蜘蛛だったんだ!


「だが中に憑依していた怨霊が間違っている」


「えっ?!土蜘蛛じゃないんですか?土蜘蛛は膝丸に斬られ、その怨霊が――」


「この刀は薄緑とは思われる。だが、その前の名前は定かじゃない。なぜなら……」


 カミゼンさんはそう言いながら鞘に手をやり、静かに動かす……少しづつ刀身が見えだす。


「危ない!!抜刀音が――」


「心配しなくていい。刀を鞘から抜いても金属音は鳴らない。時代劇でよく聞く抜刀音は作られた効果音だ。あの【音】は金属を擦り合わせなければ通常は出ない。そしてこの刀に憑依していた怨霊も今は居ない。もぬけの殻だ」


 そう言ってカミゼンさんは刀を完全に抜いてみせた。

 刀身に会場のペンライトの光が映り込み、不気味な薄緑色に輝く。それを見た僕の背中には戦慄が走る。


「仁田忠常が人穴でこの刀を抜いた時、雷音が鳴り響き、家来が4人亡くなったという。そして洞窟の中に川が出来た」


「えっ?!川?」


「そうだ……水の無い場所に水を降らせ、更に水を地下から呼び寄せたのだ」


 ど、どういう事だ?

 川は流石に創作話だと思っていた。

 洞窟内に水を降らせ、そして地下水を湧き上がらせて川を作った?


「刀の中から出てきた怨霊は、光に包まれていたと言う。そして名乗ったんだ。その強烈な怨念の【音】と共に……」


「そ、その刀に封印されていた怨霊は、怨霊の名前は?!」


「義経が平家との戦いの時、この怨霊は屋島では嵐を呼び、壇之浦では潮の流れを変えて義経に勝利を齎した。曾我兄弟の敵討ちの時には雷雨を呼び起こして成功させる。この刀に封印されていた怨霊は日本最高神、天照大神アマテラスオオカミ荒御魂あらみたまの力を持っている。つまり嵐や水を自在に操る力を持っていたのだ」


「アラミタマ?」


「そうだ。怨霊の正体は怨霊おにに成る為に水の神より水の試練を命じられた者……平安時代、京の街を恐怖におとしいれた最強の呪いの鬼。その名を【ハシヒメ】と言う!」


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