第30話 絶対音感

「……殺したのか?」


「原因不明の突然死です」


 僕は流石に背中に寒気が走った。

 確かに音を一瞬聞かせるだけだ。

 何の手間もないし、大量の血を見る事もない。

 ボタンを押すだけで人の命を奪えるのだ。

 証拠を残す事もなく、ゲーム感覚で。

 秘書さんは命の価値の感覚がおかしく成っているとしか思えない。

 カミゼンさんもこの台詞に眉一つ動かさなかった。

 今までの殺人もそうやって無慈悲に行なってきたのか?

 弱者の敵討ちだって?

 だったら……だったら――


「カミゼンさん……」


「なんだね?」


「さっき『真面目で発言力のない弱者だけが殺されていく』って、言われましたよね?」


「ああ、言ったが」


「『今だにボカロなどのサブカルチャーに偏見を持つ人が居る。私からしたら新しい文化を理解できない哀れな人達だ。そんな人が文化人ぶってはいけない。今やアニメなどの方がメインカルチャーだ』……動画での貴方の台詞です。タクがその言葉に対し言ってました。『このカミゼンさんの台詞の裏には優しさが隠れている。一見、識者や権力者に喧嘩売ってるだけの台詞に思えるが、これは権力者に自分が睨まれても弱者を守ろうとする姿勢なんだ。この人は若者に媚を売ってるんじゃなく、率先して新しい文化を作ってバックアップしてる。俺達ツテも無い素人クリエイター達に未来へと続く道を造ってくれてるんだ。まさに本物のクリエイターだよ』そう熱く語っていました。タクは本当に貴方に心酔していた。いや……実は僕もです。だから悲しい事件が有っても歌餓鬼だけは……貴方の造ったイベントだけは何が有っても行く事に決めていました。タクもその方が喜ぶと思って。昨日、犯人が貴方だとわかった時は複雑な気持ちでいっぱいでしたが……」


「……それで?何が言いたいんだ?」


「何故タクを殺したんですか?タクは僕達には巫山戯たメールやチャットをよくしてきました。けど、アイツは根が真面目で弱い者イジメが嫌いな男でした。貴方に心酔してた部分も有ります。だからSNSで人を誹謗ひぼうするような事はしてなかったはずです。むしろ弱者の立場だった男です!貴方がこれまで庇ってきた側の人間です!何故死ななければいけなかったんですか?教えて下さい!!」


「偉そうに!何うちの人を責めてんのよ!何も知らないガキが!」


「秘書さん!貴女ですよね?直接タクを殺したのは?」


「そうよ!私が勝手にした事よ。ついでに言っとくけどアンタのクラスの女子2人も私がやったわ。ちょうど藍沙に会ってた時に電話がかかって来たのよ。どうせあの2人も殺される運命だったからね」


「彩!君は喋るな!」


 カミゼンさんが眉を潜めた。

 どういう事だ?タクを殺したのはカミゼンさんの命令じゃないのか?


「そうか。タクや海野の殺害はオバハンの独断やな。比企野にレコーダー持たせたのもオバハンが勝手に決めた事か?」


「オバハン?アンタから消してやろうか?」


 タクや海野さんを殺したのは秘書さんが勝手にした事?

 何故、僕達のクラスの……いや、なぜ僕達の学校の生徒を秘書さんは狙った?

 そうだ!秘書さんは比企野さんを使って学校内の誰かを確実に殺害したかったんだ。

 その為にタクから曲の入ったメモリーをいったん預り、呪いの呪文を仕込んでから返した。タクと繋がりがある誰かを殺す為の下準備だ。そうなると、あのメモリーに入った呪文を聞く可能性が高い人物だ。

 誰だ?

 一番可能性が有るのは僕達か、姫川先輩……。


「アンタ達わかってんの?!今、アイツを殺さないと大変な事に成るのよ!!私達だけじゃない!世界中がよ!!多少の犠牲なんか気にする必要ないわよ!なぜかアレは今、表に出て来ない。だから今がチャンスなのに……早くアイツを殺してアレを封印しないと……」


 どういうこと何だ?大変な事に成る?

 黒幕はカミゼンさんだろ?

 九藤さん達を許せなくて【音】の殺害を行なってたんだろ?

 カミゼンさんが捕まれば【音】での不幸は無くなるって、本人も言ったじゃないか。

 この事件にはまだ何か秘密が……。


「アイツって誰です?アレって何です?」


「何となく全貌が見えてきたぜ!カミゼン!刀は?刀はココに有るのか?」


 いつの間にか身を乗り出していた僕を制し、今度は先生が一歩前に出てカミゼンさん達に詰め寄った。

 そうだ。膝丸だ。

 カミゼンさんは膝丸をココに持って来ているのか?


「嫁とこっそり探したが見つからなかった。けど再び封印する為なら持って来てるはずだよな。何処に隠してるんだ、天才プランナーさんよ」


「天才プランナーか……いや、違う。私は自分勝手で愚かな空想家だ。現実から逃げた浅はかな男だよ」


 カミゼンさんは少しヤケ気味に自分を卑下した。何時も自信満々の強気な発言しかしないのに、こんな発言するとは思いもよらなかった。

 カミゼンさんは少し懐かしむように話を続ける。


「何で自分を犠牲にしてまで鎌倉時代からの仕来りに縛られないといけないのか……子供の頃からずっとフラストレーションが溜まっていた。やがて大学生に成った私は代々伝わる使命を捨てて都会に出た。課せられた任務を放棄したんだよ。私が古い物を否定し、新しい物に拘るのはその為だ。だが現実から逃げたツケはしっかり回ってきた。私がちゃんと刀を守っていれば、こんな事には成らずに済んだかもな」


「お前の後悔なんかどうでもいい!刀に封印されてたアレはいったい何に取り憑いた?」


 刀に封印されていたのは土蜘蛛。

 土蜘蛛はカミゼンさんに取り憑いたのではないのか?

 先生は何に気づいたんだ?

 それを聞こうと思った時だった――


 ♫♪〜∷∴∶∵♪♬∵︰♪♪♪〜――


 ノイズだ!

 テントの中に入り込んだミオンの歌声にノイズが入っている!


「チャリオ!今流れている曲にノイズが!ミオンは呪いの呪文も一緒に歌ってるッ!!」


「残念ながら時間切れだ」


 カミゼンさんが頬杖をつきながら不敵な笑みを浮かべる。


「時間切れ?」


「君達が私の提案を承諾する可能性は低いと予測していた。だから計画の邪魔をされないように予め君達をココに呼んどいたんだ」


 しまった!

 まさか会ってる最中に仕掛けてくるとは思ってなかった!


「チャリオ!!隣の特設テントの音響室だッ!!走るぞッ!!」


「残念ね、もう遅いわよ。この曲の間奏にあの【音】を仕込んでおいたの。あと3秒、いえ2秒……」


 無情にも秘書さんは大量殺人のカウンタダウンを始めた。

 まずい!奏和ちゃんは今日、御守りを持ってない!ど、どうすれば――


「1秒……ゼロ……終わったわ……」


「そんなっ!!奏和ちゃーんーーー!!」 


 ♫♪〜♪♬♪♪♪〜♪♪♪――


「あれ?」


 曲は間奏に入ったがあの【音】は聞こえて来ない。

 どういう事だ?カミゼンさん達にいっぱい食わされた?


「なぜ?……」


 いや、秘書さんも困惑してる。

 カミゼンさんは俯いて小さく笑ってるが……。


「いや実はな、うちの生徒であの【音】を聞いて生き残ったのは、ココに居る2人だけじゃないんだよ」


 源田先生は惚けた顔で秘書さんに向けて言った。

 隣のチャリオも理由を知ってるのかニヤニヤしている。


「そいつは絶対音感が有って、完璧な耳コピが出来る。ましてや自分を殺そうとした【音】だ。絶対忘れやしない。んでソイツは毎日引き篭もってまで音響機器と遊んでるヤツなんだ。プロが使うミキサーでも扱えるし、知識は俺より遥かに上だ。だから俺は後輩の面倒見が悪いやつだけど部長に推薦したんだよなー」


「あっ!」


「ヤツの事だからひょうひょうとPAさん(音響スタッフ)のふりして音響室に忍び込み、イコライザーいじって、あの【音】の音域だけを消してくれたのさ」


 阿部先輩!だから先生は、スタッフジャンパーを着させる為にボランティアスタッフとして呼んだんだ!


「やるやん。部長」


「君達の落ち着き様から何か対策をしているのは察しがついた。これはやられたな」


 何だよ僕と秘書さんだけかよ、分かってなかったの。


「仕方有りません。私が音響室行って直接【音】を放ってきます」


「えっ?」


 そう行ってテントの反対側の出入口から秘書さんは走って出ていった。


「諦め悪いババアやな!ツナ!追いかけるぞ!」


「分かった。先生、カミゼンさんを頼みます!!」


 そう言ってテントを出ようとしたが――


「きゃああああぁぁぁあああ!!」


 秘書さんの叫び声がテントの外から聞こえた。

 これには流石のカミゼンさんも椅子から立ち上がる。

 先生も顔を顰めた。

 誰も予測してなかった事態が起こったのか?

 何だ?外でいったい何が有ったんだ?!

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る