第28話 天才プランナー

 この人がカミゼンさんの秘書さん……。

 比企野さんの親戚で、もしかしたらタクを殺したかも知れない人……。


「どうぞ、こちらへ」


「あっ!ちょっと待って下さい。一応念の為に私がボディーチェックしときますね」


 そう言ってワッペンをくれた女性は僕達のポケット内をパンパン叩き始めた。

 そして僕の耳元でこう囁く。


「そのワッペンは外さないように……」


 僕は黙って頷いた。


「大丈夫そうです。この子達は危ない物は何も持ってません」


 秘書さんと怖そうなガードマンさんは頷き、そして僕達をスタッフ用テントに進むよう促す。

 いよいよだ。

 胸の鼓動が止まらない。

 僕達は黒幕に辿り着き、遂に対面する。


 ♪♪♫〜♫♫♪♭〜♬♪〜♪♪〜♪♪〜


 会場から大音響と大歓声が同時にあがる。

 どうやらステージ上のスクリーンには、本日のライブの大取り、蒿雀ミオンが現れたようだ。この場所からスクリーンは見えないが、会場全体の盛り上がりは見て取れた。


「おっ!【勇気の音】やん。まるでミオンさんが俺らを後押ししてくれてるようやな」


「そうだね。今の僕達にピッタリの曲だ」


 ミオンの歌をバックに、僕達は秘書さんと共にテントの中へと入る。

 テントの中は所狭しと沢山のダンボール箱が積まれていた。真ん中に長方形の折りたたみ式机、僕達の目の前には折りたたみ式パイプ椅子が二つ並べて有る。

 そして机の向こう側には……。


「カミゼンです。ようこそ歌餓鬼へ」


 テレビや動画で見る印象と違い、案外小柄だった。僕達と背丈はさほど変わらない。けど肩幅は広く、がっしりしていてスーツ姿がよく似合っている。ショートオールバックに四角い顔。大きな目からは意志の強さが見てとれる。口調は落ち着いた低音ボイス。どれをとっても大物オーラが半端ない。完璧なイケメン中年だ。


 パイプ椅子に座ったカミゼンさんの横に秘書さんが立つ。

 秘書さんは対面の椅子に座るよう促すが、何が有るか分からないので僕達は立ったまま会話を始めた。


「イベントは楽しんで頂けましたかな?」


「ハイ。楽しいイベントを有難う御座います。流石カミゼンさんだと思いました。あっ!紹介が遅れました。僕が膝丸で、彼が音霊です。今日は忙しいのに無理を言ってすいませんでした」


「気にせずに。サインを欲しいとの事でしたね」


「はい。これにサインを貰いに来ました」


 僕は懐から封筒を出し、中から便箋を出す。そして其れをカミゼンさんに向けて力強く突き出した。


「この紙には『私は音を利用した呪術で和田山卓哉わだやまたくやを殺害しました』と、書かれています。この紙にカミゼンさんの直筆のサインをお願い致します」


「う〜む……それは何の冗談かな?」


 少しも動揺しない。意味有りげに薄笑みを浮かべるだけだ。負けるもんか!


とぼけるのは止めて下さい!貴方がタクを殺した事は明白です。おそらく実際に殺したのは隣の秘書さんでしょうが」


「何を言ってるのか分かりません。詳しくお聞かせ下さい」


 あくまでも落ち着いた口調。

 呑まれるな。


「貴方は今年の夏頃、貴方の先祖が鎌倉時代から保管していた平安時代の怨霊【土蜘蛛】が取り憑いた妖刀【膝丸】の封印を解いた。当時の人は、この妖刀の金属音を聞くだけで『刀に切られたと』錯覚し、内臓が破裂して突然死したんです。これが音霊の正体です。貴方はこの秘密に気付き、刀の【音】を使った殺人を計画し実行します。まず刀の音を普段聞く事のない現代人には効力が薄いと考えた貴方は、ある方法を思いつく。それは音声合成ソフトの声で呪いの呪文を作る事です。これは自分の声では足が付くので証拠を残さない為です。そのデジタル呪文を更に通常の人では聞こえないようリミッター解除をしてまで高音にし、超音波の呪文に作り上げた。そして誰にも気付かれないまま、貴方の動画などに超音波呪文を忍ばせ、インターネットで拡散させたのです。超音波呪文を聞いた人は知らないまま呪いの暗示にかかる。現代人でも暗示にかかった人が膝丸の刀の【音】を聞くと、切り裂かれたイメージが頭に湧き、ノーシーボ効果で内臓だけ切り裂かれて死んでしまう。この殺人術は呪術者の貴方が作った超音波呪文で有る事、そして刀の【音】は妖刀膝丸の音でしか成立しない為、殺害方法と証拠が警察では見つけられない。おそらく僕達もある協力者がいないと発見出来なかった」


「ほー、それは面白い。君はサスペンスドラマのシナリオライターを目指してるのかね?君の作品を是非、私の動画で紹介させてくれないか?」


「しらばっくれるな!こっちは調べあげとんのや!」


「ハッハッハッハ!そうだな。茶番はやめよう。いや、勘違いしてる部分も有るが、素晴らしい考察だよ。素直に感服する」


「罪を認めますか?」


「罪?何の罪かな?私は【音】を聞いてもらっただけだ。仮に音声合成ソフトで呪いの呪文を作ったんだとしても、現在の法律で罪を問う事は出来ない。ましてや通常の人の耳には聞こえない位の電子音だ。脅迫罪にも迷惑罪にも成らない。違うかい?」


「呪文を作った事は認められますか?」


「認めよう。あれは私が作った。それで?」


「人を殺そうと思って作りましたね?」


「いや」


「嘘付け!俺らが何処まで知ってるか調べる為に今日会ったんやろ?お前も俺らに何か聞きたい事有るんちゃうんか?」


「君がチャリオ君、そして君がツナ君で間違いないかね?もう一人の子はどうした?」


「現在入院中です」


「入院中?ああ、私の事を探っていた神託者の子だね。さっき言った協力者もその子だろう?たいした力の持ち主みたいだが、その子が今日来てないのは知っている。私が言ってるのは、一緒に歌餓鬼に来たもう一人の友達の事だ」


「その子なら今はライブに夢中です。彼女は僕達が現在カミゼンさんに会ってる事を知りませんし、今言った事件の真相の事も何も話してません。全くの無関係です」


「うむ。賢明だ。お互い聞きたい事は山ほど有ると思うが、時間が無いので先に本題に移ろう。実は今日、この時間に君達に会ったのは、お願いしたい事が有ったからなんだ」


「お願い?なんや?金を渡すから人殺しの事は黙っとけか?」


「違う。ある人物に【音】を聞かせて欲しい。君達で聞かせて欲しいんだ」


 【音】を聞かせる?

 それって……まさか……。


「僕達に人を殺せって事ですかッ?!」


「いや、【音】を聞かせるだけだ」


 カミゼンさんはあくまでも落ち着いた口調で僕達に淡々と伝える。殺害依頼を……。


「断ったら?断ったらどう成るんです?」


「現在会場に居る全員が、その【音】を聞く事に成る……」

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