第27話 それぞれの思惑
「こんにちは。お食事中すいません。少しだけお話させて下さーい」
「は、はい。何でしょう……」
スタッフジャンパーを着た女性は僕達に話しかけてきた。とても気さくな笑顔で。
「今、スタッフがベストカップルを独断で選んで廻ってるんです。選ばれたカップルには記念の歌餓鬼ワッペンを配ってます」
あれ?この人……何処かで見たような……何処で見たんだろ?
「それで私は貴方達に決めました。どうぞ!このワッペンを受け取って下さい」
女性は歌餓鬼のロゴが入ったワッペンを差し出してきた。
奏和ちゃんは喜んで受け取る。
どうしよう……。
罠かもしれない。
もし、この女性がカミゼンさんが送り込んだ刺客なら――
「あっ!」
女性の吊り下げ名札が目に入り、僕は有る事に気付く。どうやら奏和ちゃんは気付いていないようだが……そうか、この人が……。
そうだ!何処で見たか思い出した。この人さっき阿部先輩を手招きしてた人だ。
「そのワッペンはイベントが終わるまで胸に付けといて下さいね。きっと良い事が有りますよ」
にこやかに言われ、僕は受け取ったワッペンを胸に付けた。
女性はお辞儀をして去っていく。
僕は御礼を言って見送った。
「もしかしてベストカップル賞とか有る?ねえ、ツナキチ。選ばれたらどうする?」
「そ、そうだね。選ばれたら嬉しいね」
「そ、そうね。けどカップルでも無いのにベストカップル賞を貰うわけにはいかないわ。辞退。これは辞退だわ」
「えっ?い、いや……でも……」
あーそうか!これ、奏和ちゃんは僕からコクって欲しくて、話を振って来ているんだ。どう返すのがベストか分かっているが、顔が火照って言葉がうまく出ない。駄目だ……。
「そ、そうだ。ご、ご飯食べたらパフォーマンスステージに行かない?先に行ってチャリオ待ってようよ」
また逃げてしまった。僕の意気地なしめ。
ゆっくりと食事を済ませた僕達は、パフォーマンスステージへと向かいだす。
途中蒿雀ミオンの萌絵が描かれた派手な法被姿のスキンヘッドグループとすれ違う。全員がっしりした体型の人達だったので妙に滑稽に映った。奏和ちゃんは笑いながらそのグループさんを写メに撮る。
程なくパフォーマンスステージに着いた。
着いた時には派手なピエロ姿の外人さんが、パントマイムをやっていた。最初全く動かないから人形だと思っていたら急に動きだし、周りからも驚きの歓声があがる。動きだしてもまるで本物のロボットのような動きだ。本当に人間かと本気で疑った時、ピエロの首がコチラを向いた――
「えっ?」
僕と目が合うとニヤリと笑い、ウインクした。僕の勘違いじゃない。明らかに僕に笑いかけてウインクした。偶然だろうか?。
ピエロは首を戻すと再び止まる。
そして上半身をいっさい動かさず、足だけ滑るような動きでステージ上から退場して行った。観客から拍手がおこり、僕も
「どうしたのツナキチ?」
「ん?いや、何でもないよ」
僕の考えすぎか?
なんか全てが怪しく見える。
会場内に敵は何人潜んでいるんだ?
その誰もがあの殺人音を忍ばせていたとしたら……。
「ツナキチ!ホラッ、ミオンちゃんの曲だよ」
ステージ上はフォークギターを持った男性に変わっていた。男性は弾きながらミオンの歌を熱唱しだす。かなり上手い。僕もあれだけ上手だったら奏和ちゃんに歌って聞かせるのになあ。
僕達が来てから5組目のパフォーマンスが終わった時点でチャリオが現れた。そのまま僕達は本ステージの方に向かう。いよいよライブが始まるのだ。いや、正式にはもう既に始まっているが。
「ゴツいガードマンがテント前に立ってたから、あんま近寄れんかったけど、カミゼンは見当たらんかったわ」
チャリオの話ではスタッフ用テントはステージ横の音響装置の置いて有る大きな特設テントの左裏手に有るそうだ。
その特設テント近くで源田先生を見かけたらしい。スーツ姿の男性2人と会話中だったので、声をかけるのは控えたそうだ。
僕はチャリオに先程のピエロの話をした。
「あのピエロ、完全に僕を見て笑ったんだ」
「一目惚れしたんちゃうか?後でチョコ渡しに来るかも知れんな」
「そうじゃないだろ。カミゼンさんの手下の暗殺者かも知れない」
「ビビリすぎや。暗殺者が、わざわざピエロの格好する必要ないやろ。他は?」
「コヨリさんの言ってた通り、味方らしき人も居た。いざとなったら助けてもらおう」
僕達はコソコソ喋りながら、奏和ちゃんは辺りの写真を撮りながら大ステージ前のゲートを潜った。本日は全て自由席。前のスタンディングエリアも後ろのベンチや芝生エリアも早い者勝ちだ。お目当てのアーティストが終わると席も自然と空く。僕達は熱気に包まれながらスタンディングエリアに行く。冬の野外とは思えない位に汗だくで応援している人もいた。スタンディングエリア内の人はノリノリだ。
「あのステージの上のモニターにミオンちゃんが映るんだよね?」
「そうや。あそこに女神が降臨するんや」
「夏の単独コンサートは透過パネルだったよね。立体感すごかったんだよ」
「奏和、来年は絶対夏も行くんだから」
現在ステージ上にはロックバンドグループの人達が大熱唱している。正直僕の知らないバンドグループだが、女性ファンの黄色い声援が飛んでるので、そこそこ有名なアーティストさんなのかな?音も歌声も迫力が有り、ギターテクニックも……いや、ごめんなさい。楽器も出来ない僕がロックやヒップホップは語れない。だから非モテなんだろうけど。まあ、雰囲気を楽しんでるだけだ。横のチャリオは周りに合わせてノリノリなのは凄いと思うよ。僕も合わせようとはするが、ぎこちない。それは奏和ちゃんも一緒だ。
それでも僕達は楽しんだ。
我を忘れて、流れる音楽に身を任せて楽しんだ。何時しか時は流れ、約束の時間へとどんどん近づく。もう間もなくだ……。
僕は辺りを見廻した。
会場内の全員が笑顔でライブを楽しんでいる。
男性も、女性も、若い人も、そうじゃない人も……皆このイベントを楽しんでいる。
隣の愛しき人もだ。
絶対に死なせるもんか!誰一人!
「ツナ!時間や」
「ああ……」
インターバルで一時スピーカーから発する音は止まる。
その間に僕は隣の奏和ちゃんの肩を叩く。
振り向いた眼差しを、僕は珍しくしっかり捉えながら伝えた。
「ちょっとチャリオとトイレ行って来るね」
「えっ!?次からがミオンちゃんのパートだよ」
「ごめん!すぐ戻るから」
「もぉー!すぐ戻るのよ!約束。これは約束だわ」
「分かった」
すぐには戻れないかも知れない。
けど必ず戻る。
君のチョコを受け取らないとね。
僕とチャリオはその場を離れる。
振り向いて彼女を見ない。
必ず戻るからだ。
18時から19時までライブステージはミオンのパートだ。予定ではその後にフリー告白タイムとなる。そして20時からカミゼンさんの挨拶を兼ねたトークタイムで歌餓鬼は締めくくりに入る。
カミゼンさんがもし来場者を全員抹殺する気なら、最後のトークタイムだろうと僕達は踏んだ。ライブ中だと歓声も上がるから【音】がかき消される可能性があるからだ。
だから何としても、このミオンが歌っている間にけりをつけたい。
ステージ横から音響室の裏側へ廻ると、少し離れた芝生上にポツンと一個だけ立っているスタッフ専用テントが見えた。
テント前にはチャリオの言ってたガードマンが一人、怖い顔で仁王立ちしている。
周りには他に誰も居ないと思ったが――
「コラッ!そこはスタッフ専用よ!近づいちゃダメでしょ!」
後ろから声がして慌てて振り返ると――
「あっ!」
さっきワッペンをくれた女性スタッフが、口を尖らせて立っていた。
「あら、さっきの少年ね。ここは駄目よ。スタッフ以外は立入禁止」
「構いません。そちらの御二人はアポイントメントをとっております」
ワッペンをくれた女性の後ろから、別の女性が現れた。
アンダーリムの眼鏡に青系のスーツ、首には真っ赤なスカーフを巻いた女性で、理知的そうな気品で溢れている。
その涼し気な眼差しは、僕達が知ってる人によく似ていた。
死んだ友人の彼女に……。
「膝丸様と音霊様ですね。お待ちしておりました。わたくし、カミゼンの秘書を務める
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