第26話 夏の分

 カミゼンさんが既に来てるのは当然か……。

 問題は例の秘書さんが来てるかだ。

 来てるなら今は何処に潜んでいる?

 もしかしたら僕達を今も監視してるかも知れない。


「先輩!高原先輩はカミゼンさんを何処で見たって言ってました?」


「ライブステージの近くで綺麗な女の人と一緒に歩いているのを見たってさあ」


 綺麗な女の人?それが秘書さんか?


「しかし、すげぇ込具合だな。チケット取れなかった奴も、会場外にワンサカ来てるぜ。京都の真冬だからライブ音は遠くまで届くし、そりゃ集まるわな」


「えっ?!どういう事です?」


「あん?!お前知らないの?野外の音は地上の温度が低いほど、伝わる速度が遅くなって遠くまで聞こえるんだぜ。だから時間帯なら昼より夜、季節なら夏より冬の方が音はより遠くまで聞こえるんだ。除夜の鐘が意外と遠くまで聞こえるのは、そうゆうこと。サイレンとかも冬の夜の方が響くっしょ。京都は底冷えも有るから今日の歌餓鬼ライブは、すげぇー遠くまで音を運ぶぜぇ!」


 カミゼンさんが京都の真冬に選んだ理由はそれか!

 しかもここは山や川も近くに有るから更に気温が低くなる。あの膝丸の殺人音を遠くまで聞かせるには、この宇治のつきおか公園は絶好なんだ!


「通常野外ライブは夏にする。これは寒いだけじゃなくて、音が響くからだぜぇ。冬だと近隣の苦情が多く成るからな。だから京都の冬のライブなんて色んな意味で自殺行為なんだぜぇ。まあ、俺からすりゃライブ会場に居なくてもライブ音が聞こえるからラッキーなんだけどな。あー、それとアレ!」


 阿部先輩は上空を指した。

 上空には、今にも雨を落としそうな暗雲が待機している。


「今日は雲が厚くて低い。だから音は雲にぶつかって跳ね返り、更に遠くまで木霊する。下手すりゃ京都中のクレーマー達が騒ぎまくって、来年の歌餓鬼は中止に成るかもな。まあ音響さんも、それ位は理解してるから音を制御するだろうけどさあー」


 残念ながらクレームに関係なく、歌餓鬼は今年限りに成るだろう……。

 楽しい企画だから本当に残念だ。


「あっ!そうだ瀬尾!頼みが有んだけど」


「無理。それは無理だわ」


「いや、まだ何も言ってないっしょ」


「アベベの頼み何て、ろくなもんじゃないから聞かないッ!」


「あんだよー。冷たいなー。お前、本当に可愛気かわいげなくなったな。『アベベ』なんて変なニックネーム付けるしー。昔は大人しくて可愛いかったのになー」


「アベベがミオンちゃん以外のボカロで歌を作るからだわ。ミオンちゃん一筋なら可愛い呼び名にしてあげる」


「俺、昔からミオン以外も使ってるしー今更っしょ」


「アベベ!アッチで誰か手招きしてるわ。お呼び。あれはお呼びだわ」


「あっ!やっベッ!怒られるわ。じゃあな」


「部長!昼飯また一人やろ?昼休み合流しようや!」


「分かった。後で連絡する」


 そう言って阿部先輩は手招きするスタッフジャンパーを着た女性の方へと走って行った。その後、僕は二人と会話をしながらも辺りに注意を払った。

 今の所こちらを窺う怪しい人物は見当たらない。程なくグッズの販売が始まり、列が動き出す。しばしショッピングタイムだ。お目当ての宝物をゲットした二人はウキウキ顔だった。


「おい!ツナ!お前、ペンライトは?買ってへんのか?」


「夏に買ったのを持って来てるから大丈夫だよ」


「アホか!コンサートごとに買うのが礼儀やろ。歌餓鬼に夏のコンサートのを使うのは非常識や!」


「えー!サイリウムじゃないし、別にいいだろ」


「ライブによってレギュレーションがあんねん。明るさとか長さとか。そんなんも知らんのか?」


「いーなー……二人はミオンちゃんの夏のコンサートに行ったのよね。羨ましい。それは羨ましいわ」


「でも今回は奏和ちゃんも一緒に来れたから良かったよね。確かに夏のコンサートは楽しかったけど、帰りは最悪だったよ。大雨でさー、4人共ずぶ濡れで帰ったんだよ。急遽参加してもらった姫川先輩には本当に気の毒だった」


「姫川先輩はミオンさんの雨パワーを知らんかったからな。今日もしっかり雨雲連れて来てるし……」


「奏和ちゃんも居るから絶対降ってくるね」


「当然。それは当然だわ。奏和、今日は夏のコンサートの分も楽しむの。帰りは歓喜の大雨よ」


「うん。夏の分を取り返そう。大雨は勘弁だけど」


 僕達はそれからお土産村と憩い村を燥ぎながら見て周り、お昼過ぎに成って一度会場を出た。これから芝生広場で昼食タイムに入る。


「なんやー!フライングしてもうチョコ渡しとる奴がるやん!はあ?向こうのカップルもチョコ渡しとるぞ!信じられへん!夜の7時に一斉告白タイムちゃうんか?ルール無視か?有り得へん!」


 確かに芝生広場は沢山のカップルで埋まっていた。ここで出会ったのか最初からカップルなのかは定かでないが、見てて恥ずかしく成るくらいにイチャイチャしている。


「俺にはミオンさんが居るから、ぜーーーっんぜん、まーーーったっく羨まし無いけどなッ!!ハンッ!!」


 チャリオ……悲しく成るから強がりを吠えるな。心に余裕を持とう。


「ほんまアホちゃう!ただの砂糖の塊やで!あんなん貰って何が嬉しいねん!お前ら蟻か?その悪魔のおやつは血糖値上げる一級ポイズンやで!毒や毒!俺はちーーーっとっも欲しないわッ!ボケがッ!!」


 チャリオは半泣きになりながら叫び続けた。負け犬の遠吠えを……。


「哀れ。とても哀れだわ。でもチョコはあげないわ」


 奏和ちゃん……義理チョコで良いからチャリオにチョコをあげてくれ。これ以上親友のこんな姿を僕は見たくない。


「クソッ!弁当食べよ!弁当!奏和、お前の手作り弁当は?」


「作って無いわ。そんな時間ないもん。奏和、コンビニのお弁当持って来たもん」


「はあ?」


「僕もだよ」


「うそやーん!俺、奏和の弁当宛にしたのに。あーもう、しゃーない。レストランで飯食って来よ」


「えっ?!チャリオ別行動するの?」


 立ち上がってその場を去ろうとするチャリオを僕は追いかけた。チャリオは僕に耳うちする。


「二人きりにさせたるから、上手くやれよ」


「単独行動はまずいだろ。狙われるかも知れない」


「大丈夫や。さっき部長からメール有ったんや。一緒に飯食ってくるわ。ついでにスタッフ専用テントを見てくる。部長はスタッフジャンパー着てるから近付きやすいやろ」


「大丈夫かな?」


「心配すな。約束の時間まではなんもしていひんわ。3時にパフォーマンスステージの前で落ち合おう」


「分かった。無茶はするなよ。何か有ったらすぐに連絡して」


 こうしてチャリオとは一時離れた。

 僕は奏和ちゃんと二人きりで食事をする。

 時々部室で二人きりに成るが、今日は学校内じゃなくて野外だ。しかも周りはカップルだらけ。否が応でも意識する。


「ツナキチも奏和の手作りのお弁当が食べたかった?」


「へっ?」


 いきなり予想だにしなかった質問が飛んで来たので、しどろもどろに成る。意識するとやっぱり口下手に成ってしまう何時もの僕。


「そ、そうだね。た、食べたかったかな?うん」


「ふ〜ん。食べたかったんだ。なんで?」


「な、なんでって言われても……」


「答えて。これはちゃんと答えて」


「そ、そりゃ……やっぱり……」


 その時だった。

 僕の視界にスタッフジャンパーを着た女性が目に入った。

 近づいて来る……。

 薄笑みを浮かべながら明らかに僕達の方へと向って来ている……。

 何者だ?

 まさか、あの女性が……。





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