第25話 バレンタインライブ
何時もの電車の中は、何時もと違う格好の人が沢山いた。
ハッピを羽織った人や団扇を持った人、派手なプリントシャツを着た人やタオルを首に掛けた人などなど、見渡すかぎりの四方八方、人、人、人……人で溢れている。
普段から観光客は多いが、その毛色は一風変わっていた。今日、この電車に乗っている人達は神社やお寺がお目当てでは無い。最高の音楽と素敵な出会いが目的なのだ。
誰もが皆、この日を待ち望んでいた。
第一回・マッチメイキング&ライブフェスティバル【歌餓鬼】の開催日を。
「クソー!込み過ぎや。そして何で野郎ばかりやねん!」
「そんな事無いよ。ほら、アッチに女子学生のグループが居るよ」
「ツナキチ!何でそんな所に目が行くのよ!エロキチ!これはエロキチだわ!」
駅に着き、僕達は人混みに身を任せ、逆らわずに一緒に流される。
目的地までは少し歩くが、この現場に着くまでのドキドキ感は堪らない。人混みを歩くだけで高揚感が増していくのだ。
駐車場が見え、蒿雀ミオンの痛車が数台停めて有るのが見えた。奏和ちゃんが、すかさず写メを撮る。今日のイベントはコスプレ禁止だが、一目でミオンのファンだと分かる派手な格好の人が何人も見れた。蓬色に髪を染めた人達は間違いないだろう。ミオン目当ての海外からの参加者も多そうだ。
暫くして大きなゲートが見えて来た。ゲートには、ハート型チョコを持った十二単衣の萌えキャラが描かれている。その公式キャラクターの横に【愛の掛け
いよいよ来たのだ。
震えが止まらない。
この武者震いには、色んな意味が含まれている。
今日、この1日で僕は色んな事を体験する事になるだろう。
「おー!もう始まってるやん」
「朝から凄い熱気だね」
「お祭り。これはお祭りだわ」
チケットを渡し、記念グッズを受け取ってからゲートを潜り抜ける。
少し行くと左側に小さめのステージが有る。そこはパフォーマンスステージだ。抽選で受かった希望者だけだが、ダンスや歌をここで披露出来る。男子はここで女子にアピールするのだ。僕達が入って来た時はボイスパーカッションのグループがパフォーマンスを行なっていた。凄く上手い人達で、女子じゃなくても聞き惚れてしまう。
右手側はショコラ村に成っていて、仮設テントの
ゲートの正面先には総合案内所の建物が有る。元来そこは体育館みたいだ。アーティストさんの待機室もこの中に有るのだろう。
その隣りの広い競技トラック内は、オフィシャルグッズやアーティストグッズなどのお土産村に成っており、イベントテントがずらりと立ち並ぶ。参加アーティストも多いので、その数は半端じゃない。
グランドの向かい側のスペースは憩い村で、飲食露店やスポンサーブース、休憩所など多目的スペースに成る。
そして、その多目的スペースの奥がメインステージ会場と大広場に成っているのだ。
かなり広い。
だが、実はもっと広い。
ここ
「やっぱりお弁当持って来て正解だね。これ、お昼は会場内も周辺のお店も絶対混むよ」
さっき貰った記念品グッズの中には腕輪が入っている。会場から外に出ても腕輪を見せれば何度でも出入りできる仕組みだ。
シートも持って来たので、お昼は会場外の芝生の上で食事にしようと思う。チョコを渡すイベントも、会場内よりも会場外の芝生広場で行う人が多いはずだ。
まあ、そんな訳で僕達がライブもまだ始まってない午前中に早々と来た理由は、会場が広いから全部周りきれないのと、奏和ちゃんとチャリオには大事な目的が有って、僕は仕方なく――
「ツナキチ!走るのよ!プレスト。ここからはプレストだわ」
そう言って奏和ちゃんは、ちょこまかと不器用に走る。見たまんまで運動は苦手なタイプなんだろう。僕とチャリオも変なペンギンみたいな走り方をする奏和ちゃんの後を追った。
「あー!もうあんなに並んでる!もっと早く来るべきだったわ。ミステイク。これはミステイクだわ」
競技トラック内に入り、お目当てのイベントテントの前に並ぶ。チャリオの目付きも変わった。2人は真剣な顔付で係員から手渡されたチェックシートと睨めっこしだした。
そう。ここはアーティストグッズ売り場。蒿雀ミオンのグッズ売り場なのだ。ミオンの歌餓鬼限定シャツなどが売られるので、それを買う為に早目に会場入りしたのだ。まだグッズ販売開始まで1時間以上もある。それでも長蛇の列は出来ていた。
「僕、特に蒿雀ミオンのグッズは必要無いから他のブースを見に行っていい?」
「はあ〜?」
「はあ〜?これは確かに、はあ〜?だわ」
どうやら抜けさせてくれないようだ。
僕はグッズのチェックシートと睨めっこをする2人をそっちのけ、会場の見取り図を取り出して改めて確認する事にした。
スタッフ用テントはおそらくステージ横に有ると思われる。後で見に行かないといけない。いざ危なく成った時に脱出経路も考えておかないと……。
カミゼンさんは既に会場入りをしてるのだろうか?
僕は辺りを見渡した。
スタッフジャンパーやスーツを着たイベント関係者の人が数人見れる。
女性の方も何人か居た。
あの中に比企野さんの親戚、カミゼンさんの秘書さんは居るのだろうか?
僕達は顔を知らないが、向こうは知ってるかもしれない。
もし今、油断している隙きに近づいて来て、あの【音】を僕達に……そう思った瞬間だった――
「よう!」
「ぎゃああぁぁあああああああああ!!」
暗殺者の事を考え中に背中を叩かれたもんだから、僕は恥ずかしくも、3テント分は響き渡るほどの声量で叫んでしまった。
「何、そんなに驚いてんの?ビックリするっしょ」
「えっ?先輩?」
僕の背後に立ってたのは暗殺者じゃ無かった。阿部先輩だ。阿部先輩が肩を叩いたのだ。
「先輩!何で居るんですか?チケット取れなかったんでしょ?」
「いや、それが源田に急に呼び出されてな。誘導スタッフやらされてんだ。ホラッ!これ、スタッフジャンパーだぜ」
確かに阿部先輩は他のスタッフさんと同じ緑色のジャンパーを着ている。被っている帽子には歌餓鬼の文字ロゴも入っていた。
「『警備員さんだけじゃ足りないから、お前も来い!どうせ暇だろ』って、この
「そうなんですか。源田先生は?」
「別の所の誘導係してるよ。さっき高原とか他の電音部の奴等とも会ったぜ。みんなチケット持ってやがんの。俺と源田だけかよ、お手伝いで来てんのは」
「高原先輩も、もう会場に来てるんですか?」
「ああ、さっきカミゼンを見かけたって言ってた」
「!!」
カミゼンさんは既に会場内のどこかに居る……。
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