第24話 水の音

 凛とした空気が頬を刺し、吐く息は雲のように白い。積雪がなくても変わらず寒さが厳しいのが、この街のらしさだ。

 河川敷を走行していた僕達は自転車を停め、河原へと続く緩やかな土手を降りだした。水辺の冷え込みが、僕達に容赦なく襲いかかる。そして僕達はこの寒さの中……。


「ヨッシャー!俺の勝ちやな!」


「何でそんなに飛ぶんだよ!インチキしてるだろ!」


「アホか!ツナが投げ方も石選びも間違ってるんや!才能の差や!」


 僕とチャリオは明日、大量殺人犯かも知れない男と会う約束をしたのに、呑気にこの極寒の河原で石投げをしだした。

 正直開き直っているのかも知れない。



 一ヶ月ほど前、探偵ごっこや警察ごっこでは無く、純粋に仲間の仇討ちがしたくて原因追求を初めだした。

 謎の変死に恐怖心が無かったわけではないが、それよりも仇を取る為に得体の知れない何かを判明させたかった。

 まさかそれが僕達が日頃使う電子音での犯行で、使われた凶器は近代的な合成音声の呪文と平安時代の怨念をミックスした物とは予想もしていなかった。

 とりあえず奇妙で、謎だらけの事件だ。

 黒幕らしき人が分かっても、タクを殺した動機も、明日のライブで何をするつもりかも、全く分かっていない。

 だから明日はただの空振りに成る可能性もある。

 そして明日は僕達の命日に成る危険性もある。

 それでも明日は会いに行く必要があるのだ。

 全てを明白にさせる為に。

 そう……向こうも僕達を待っている。

 いつでも殺せる準備をして……。



「そう言えばさあー。昔、ここでチャンバラごっこしなかった?確かあの時、チャリオが調子にのって川の真ん中まで行って、ものの見事に落ちたよね」


「あった、あった。死ぬかと思たわ」


「あの時は焦ったよ。手を差し伸べたのは良いけど、結局僕も引っ張られて落ちたんだよね」


「2人で服乾くまでココに居たよな」


 夕焼けに照らされた川辺りはどこか寂しげで、周りに誰も居ないとノスタルジーを感じてしまう。流れる川の優しい水の音を聞いていると、不思議と仕舞っていた懐かしい記憶が蘇えるのだ。

 僕達は小学生の頃、中学生の頃と順々に思い出を振り返りながら話に花を咲かせた。


「チャリオが中学に成っていきなり『ボカロで曲を作ろう』って、言った時は流石に目が点に成ったよ。まさかチャリオがボカロをやりだすなんて思ってなかったから」


「それな。自分でもハマるとは思わんかった。あの日、電気屋でミオンさんのパッケージと目が合った瞬間、『バゴーン』って感じで恋に落ちたんや。そしてパッケージのミオンさんが『お願い。私で歌を作ってー』って、俺に語りかけてきたんやで」


「僕は『お父さんに診察してもらったら?』って言ったの覚えてる。けど、チャリオがしつこいからカミゼンさんの『ボカロPのP』って動画を見たんだよね。それで僕もスッカリ感化されちゃって……」


 そうだ。僕はその動画に出てきたカミゼンさんの説得力有る言葉に感銘し、自分もボカロPに成って沢山の人を感動させたい、ネットを通じて世界中の人と仲良く成りたい、そう思ったんだ。カミゼンさんの言葉は今も僕の胸に刺さっている。僕がボカロを語る時のセリフはカミゼンさんのオマージュだ。それだけ僕に影響を与えた人なのである。だから今はとても複雑な気持ちだ。


「俺んちのパソコンを使いながら『あーでもない』『こーでもない』言いながら処女作を半年かけて作ったよな」


「僕、出来上がりを聞いて無茶苦茶自信有ったんだ。完璧だと思った。ミリオン再生間違いないと思ったよ」


「2人で『この曲がミオンさんのコンサートに流れたらどうしよー』とか、言ってたよな」


「そう。そして蓋を開けたら自分達が見た分しか再生回数が無くて、マジでショックで涙したよ」


「タクにあの曲聞かせたらイントロで再生止められたしな。『最後まで聞けやー』って、おもくそツッコんだわ」


 チャリオの大きな笑い声が河原に響く。

 僕はその時、一緒に笑え無かった。

 タクの顔が浮かび、思わず談笑中の笑顔を止めてしまったのだ。

 

 いつしか黄昏時に成り、足先が凍てつく底冷えの寒さは更に増す。

 遠くから時を知らせるかすかな鐘の音が聞こえた。

 北風は何処からか焚き上げの香ばしき香りを運んできて鼻を擽る。

 この京都まちならではの風情だ。


 いや、ごめんなさい。風情とか偉そうな言葉を使ったけど、この京都まちの風情なんか僕は分かってません。

 実は僕、金閣寺も伏見稲荷も、そして清水寺も行った事ないです。京都人は何時でも行けるからと言って、遠足以外では有名観光名所をあまり行かないそうです。特に僕達若者は。きっと他県の人の方が京都の風情は感じとってくれるでしょう。


 ただ、僕は生まれ育ったこの京都まちが大好きで、誇りに思っている。

 この京都まちで、これ以上の悲しい殺人事件なんて起こって欲しくはない。

 思い出が全て灰色に成ってしまう。

 楽しかった思い出を語っている時に、悲しい出来事まで思い出すのはもう勘弁だ。



「なあチャリオ……」


 僕は心地よい川のせせらぎを聞きながら尋ねた。


「こうして水辺の近くで水の音を聞くと、懐かしさを感じたり、心が安らぐのは何でだろう?」


「水の流れる音には【f分の1ゆらぎ】っていう超音波が混ざってて、それがリラックス効果を与えるらしいで」


「えっ!超音波?自然の水の音に超音波が入ってるの?」


「超音波なんか聞こえんだけで自然界に溢れ返ってるやろ。イルカやコウモリが使ってるのは知ってるやろ?」


「それは知ってる。でも……何か変じゃない?聞こえないのにリラックス効果なんて有るの?」


「聞こえんのに呪いの効果なんて有るの?」


「あっ!」


「聞こえん音でも人体に良い影響を与える音は沢山有る。カミゼンの作ったのはまさしくその逆やけどな。水の音は川のせせらぎだけや無く、波の音や湧き水の音にもf分の1ゆらぎが混ざってるらしいで。六感的な感覚でゆらぎを感じ、脳内で癒やしの音楽に成ってるんかも知れんな」


「そうなんだ。水の音って自然が奏でるクラシック音楽なんだね。じゃあ、水の音に懐かしさを感じたりするのは、やっぱり人間を含めた生物の祖先が水の中から生まれた為とかかな?遺伝子の中の記憶が懐かしむみたいな……」


「あー、そうかも知れんな。進化しても俺たち人間の体の70%は水でできてる。生物は地上に上がっても水がないと生きれんからな。水は故郷や。人間は水の中で産まれ、死んだら天に昇って雲に成る。つまり水に戻るんや」


「タクは雲の上から僕達を見てるかな?それとも雨に成って既に地上に落ちた?」


「そんなん知らん。コヨリに聞け。まあ、天上界に居られるミオンさんには、挨拶ぐらいはしたとは思うけどな」


 僕は鼻で笑いながら遠くを見上げた。

 高い山は傘を被り、だんだん雲が厚く成ってきている。

 明日は雨か雪だろうか?

 少々の雨ならイベントを中止しないだろうが、野外だから心配だ。

 自他共に認める雨女も同行するし。


「チャリオ!」


「何や?」


「僕達の仇討ちは雨天決行だ!」


「当たり前や。槍が降ろうが酸性雨が降ろうが決行や!」


 タクの気持ちを考えた。

 タクも僕と同じで、カミゼンさんに影響を受けてボカロを初めた。天才プランナーと呼ばれた人に憧れと尊敬を感じていたんだ。

 将来、音楽関係の仕事に就きたいタクにとって、憧れのカミゼンさんが自分の作った曲を個人的に聞いてくれるなんて、どれだけ嬉しい出来事だっただろうか……。

 きっと有頂天だったはずだ。

 まさか自分の曲に呪いの呪文を込められるとは思ってなかっただろう。

 まさか憧れの人に殺されるなんて……。

 自分の夢が叶うと思いながらタクは死んだんだ。さぞかし無念だったろう。


 タク……君の無念は必ず晴らす。

 君の夢を奪った奴に、僕達の仲間を奪った奴に、償いを必ずさせてみせる。

 僕達はあの凶器な【音】に必ず打ち勝ってみせるよ。

 明日、僕達はこの忌まわしき狂想曲に終止符ピリオドをうつ!

 そして君との思い出を、笑って語れるようにするから。必ず……。

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