第22話 巨椋池
コヨリさんが以前言っていた。
京都は世界でも稀な結界都市だと。
その昔、長岡京は怨霊の祟りによって災害に悩まされた為に都は平安京へと移された。
その際、怨霊対策に中国から学んだ風水などを取り入れたそうだ。
平安京……つまり今の京都市は長年結界に守られていた。
だが、その結界は現在――
「どうした?ツナ!チャリオ!何を考えてる?」
「えっ!?あ、ごめんなさい、先生」
源田先生は腕組みをしながら首を傾げ、僕達がどう返答するのかを待っているようにも思えた。
実際僕は何を答えて良いものか悩んだ。
まず、先生は敵なのか味方なのか……。
さっきの口振りからして、カミゼンさんの話題を持ってきたのは決して偶然じゃない。
先生は何かを知っている。
もし先生がカミゼンさんの手先なら、僕達が何処まで知ってるかを探りに来た事に成る。
コヨリさんにとどめを刺しに来たのも知れない。だけど……。
「カミゼンさんは源氏物語を意識したんだと思います。僕達非モテが、光源氏みたいなモテ男に生まれ変われる日を作ってくれたんですよ。だから光源氏に因んで宇治にしたんだと思います」
「あー、なるほど!それで宇治市にしたのか。納得したよ」
「先生……」
「ん?なんだ?」
「実は明日、僕達はカミゼンさんに会いに行きます」
「ツナッ!!」
止めようとしたチャリオを僕は手で制した。
「サインが欲しくてライブ中の18時にスタッフサイドのテントで待ち合わせしたんです」
「……サインか」
「ハイ!」
「3人でか?」
「いいえ。僕とチャリオの2人で行きます」
「瀬尾は?その間どうするんだ?」
「ちょうどライブはボカロ曲の時間帯ですから、奏和ちゃんはステージに釘付けだと思います」
「……そうか。ちゃんとサイン貰えるといいな」
「有難う御座います」
「おっ!もうこんな時間か!」
先生はわざとらしく時計を見ながら叫んだ。
正直お芝居は上手く無い。
いや、わざとお芝居だと分かるようにしてるのかも知れない。
「俺、もう行くわ!悪いけどこの土産を越峰に渡しといてくれ。チャリオ、勝手に食うなよ!」
「ゴチ!」
「だから食うなッ!それじゃ越峰には宜しく言っといてくれ!お前ら、明日のイベントが終ったら寄り道せずに真っ直ぐ帰るんだぞ!じゃあな!」
「はい。先生」
源田先生は大きく片手を振りながらデイルームを出て行った。
先生がエレベーターに乗るのを見送った後、チャリオは僕を小突きながら不服そうな顔を向けてきた。
「何でカミゼンと会う事を喋った?カミゼンと源田が繋がってる可能性はゼロや無いぞ」
「分かってる。けど源田先生がカミゼンさんの手先なら、もっと早くに僕達を殺せるはずだ。それに僕は思い出したんだ」
「何をや?」
「コヨリさんのお婆さんの言葉だよ」
僕達が喋っている横を、ベッドごと移動してたコヨリさんがナースさん二人に押されながら通り過ぎる。
コヨリさんは呑気に僕達にピースサインを送ってきた。
僕達は半笑いであとを追い、病室に戻る。
そしてコヨリさんに診察中に起こった内容を詳しく話した――
「――と言うわけやから、この菓子は毒が入っている可能性が高いので俺が処分する」
「アホか!うちのもんや!」
「ねえ、コヨリさん!源田先生は何者なの?コヨリさんは知ってるんでしょ?」
「うちの口から喋るのは止めとくわ。源田なりに動いてるみたいやし、何か向こうも掴んだんやろ。心配せんでも敵や無いから安心し」
やっぱり源田先生には僕達の知らない裏の顔が有るのか……。
「それより源田の言ってた宇治市に拘った理由は確かに気になるな。何でやろ?」
「コヨリさん。前に言ってたよね。
北に玄武、東に青龍、西に白虎、南に朱雀とした4つの神様を地相に表したもので、平安京はこれに基づいて選ばれたという。
諸説有るらしいが、北の丹波高地(船岡山)を玄武、東の大文字(鴨川)を青龍、西の嵐山(山陰道)を白虎、南の
けど現在、朱雀の巨椋池は――
「そうや。昭和の干拓で無くなった。周囲16キロメートルも有ったらしいから、池と言うより湖やな」
そう。巨椋池は現在の京都市伏見区から宇治市などに跨っていた大きな湖で、現在は埋められて田畑などに成っている。風水的には朱雀が消えた状態らしいのだ。
風水はその名の通り風と水の流れが重要で、流れが溜まる場所が必要だとか。
その場所が今は無くなっている。
「うちは風水師や無いし断言出来んけど、結界は崩れてるやろな。怨霊の祟りや災いを防ぐ為に選んだ地形やのに、昔より地のパワーは薄まってると思うわ」
「コヨリさん。もしかしてカミゼンさんが宇治を選んだ理由は、それなんじゃないだろうか?土蜘蛛が怨霊だとすると、怨みの有る京都の結界が緩んだ朱雀方面を狙ってきたんじゃ……」
「あー、何かあやかし小説で有りそうな展開やな。でも
「うーん……どやろ?うちはもっと別の理由のような気がするな……土蜘蛛と言うより、カミゼンの個人的な……」
「それな。いや、ツナの発想もオモロイけど、何かもっと現実的な理由の気がするんや」
「例えば?」
「わからん。カミゼンと京都の関係調べよ」
そう言ってチャリオは再びスマホと睨めっこをしだした。
そうか……コヨリさんが別の理由と言うなら違うんだろう。
いや……けど、何か引っかかるんだよな。何だろ?さっきの先生の話もそうだし、何か僕達は見落としてないか?
「そや!ツナ。うち、一つ聞きたかったんやけど」
「ん?何?」
「うちが切られた瞬間、超音波は聞こえた?」
「えっ?いや、あの時はノイズみたいな高音は聞こえなかったけど」
「そうか。ツナでも聞こえない位の高音やったんやな。いや、うちな。あの時、頭ん中に鳴り響く位のモスキート音と凄い念を感じたんや。今まで感じたことのない、身体の内から揺れるような念やった。比企野が持ってたレコーダーからの音なんか比べ物にならんくらいの凄まじい念や」
「えっ?!どういう事?」
「油断してたとはいえ、うちが切られた位や。並の呪術やない。少なくとも呪術者はあの時、現場の近くに居たはずや」
まさか……カミゼンさんは、あの時近くに居たのか……。
黒幕が解ったのに、犯人の謎は深まるばかりだ……。
狙いは?カミゼンさんの狙いは何だ?
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