第21話 宇治の橋姫

 

 早すぎる……。

 今、カミゼンさんとのチャットのやり取りが終わったとこなのに……。

 この早さは最初からツナサンドの写真を用意していたはずだ。行動が読まれている。

 僕達が歌餓鬼の日に接触して来る事を完全に予測していたんだ。


「ツナ!想定内や!相手に飲まれるな」


「分かってる……」


「しかし凄いなー……カミゼン。インスタやツイッターは勿論、全てのSNSのリンク貼ってるわ。うおー!なんやねん!フォロワー数300万って!外国語出来る強みやな……おいおい!ブログや動画の再生数も半端やないぞ!カミゼンのボカロ紹介動画を見た奴はアウトやろな。あ、そうや!カミゼンはオンラインゲームも作っとたな。これにも完全に超音波呪文を仕込んどったやろ。まさにネットを張る蜘蛛やな」


 土蜘蛛……。

 そう、僕を含め、沢山の人が蜘蛛カミゼンの張った網に掛かっている。

 ネットを通して蒿雀ミオンで作った電子の呪いを聞いているはずだ。

 マルウェアとは違うから対策も不可能。

 いや、今から対策したところで手遅れだ。

 現状カミゼンさんは世界中の人間を人質に取ってるに等しい。

 父さんと母さんが心配だ……。


「カミゼンさんは既に京都に居るのかな?」


「ステージの設定やリハーサルに立ち会ってる可能性は有るな」


「夜中に僕達を襲って来ない?」


「さあな。既に俺らの家は調べている可能性は高いけどな。けど、有名人やから夜中にうろちょろしてたら目立つやろな」


 そうだ!もし指向性スピーカーを使ってタクを殺したのなら、カミゼンさんはその日、京都に来てた事に成る。ならば誰かに目撃されてるかも知れない。

 いや……目撃者にSNSで呟かれる可能性が有るのに、そんな危険を冒す事を果してするかな……。


「なあ、チャリオ」


「なんや」


「カミゼンさんは一人で犯行を行なってるのかな?共犯者はいないの?」


「今、カミゼンのSNSを追ってた。タクが死んだ日や黒文字Pさんが死んだ日、アイツは東京に居たみたいや。ライブ配信もしとるし間違いないな。アリバイ作りの何かトリックが隠されてるかも知れんけど、共犯者が居る可能性の方が十分高いわ。少なくともタクや黒文字Pさんを殺した人間は別かも知れん」


 カミゼンさんと親しい人なんて沢山居る。

 勿論有名人とは限らない。

 グループでの犯行ならどうする?

 僕達だけじゃやはり無理か?

 誰かに相談を……。


「よう!偶然だな!」


「源田先生!」


 デイルームに僕達の顧問の源田先生が、菓子折り片手に入って来た。

 まさかここで出会でくわすなんて。

 源田先生は寝てないのか、目の下にクマを作り、頭もボサボサ状態だった。


「今、姫川の見舞いに行って来た所だ。越峰の卜占同好会も俺は一応顧問だから、ついでに見舞いに来てやったんだけど、アイツ病室に居なかったよ」


「コヨリは診察中や。しかし、なんで2つも顧問してんねん。せやからコヨリは「うちら源田繋がりやーん」とか言って、堂々と電音部の部室に出入りするんやぞ」


「いやー、仕方ないだろ。アイツに無理矢理やらされてんだから」


「断ればええやん」


「そうも行かないんだよな。これが」


「何か弱み握られてんのか?」


「いや、まあ、いいじゃないか。ハハ」


「先生、腹減った。その菓子くれ!」


「これは越峰のだよ!あっ、そうだ。お前ら明日の歌餓鬼に行くんだよな?」


 僕は少し動揺した。学校で立て続けに事件が有ったから、てっきり「自粛するように」と、注意されるもんだと思ったんだが――


「なんか明日は俺も行く事に成った。現場で有ったら宜しくな」


「えっ!?先生もチケット取れたんですか?」


「いや、違うんだよ。実はな、嫁が歌餓鬼のボランティアスタッフしててな、俺も当日手伝いに駆り出される事に成ったんだよ。んとに……参っちまったよ……」


「先生の奥さん、スタッフなんですか?」


「そう。片付けや入場者の案内係だ。嫁の地元だし、お祭り好きだから買って出たんだよ」


「へえー、奥さんの地元は宇治市なんですか?」


「そうなんだよ。お前らは宇治って言えば何を思いだす?」


「お茶ですね」


「ツナはオーソドックスだな。あっ!仇名は教頭に怒られる!ま、学校内じゃ無いしイイか。チャリオは?」


「10円玉」


「それは間接的すぎる。お前らホント分かって無いなー。宇治と言えば古文。源氏物語に橋姫伝説だろうが。ちゃんと勉強しとけよ。ツナは橋姫を知ってっか?」


「ハシヒメ?」


「知らないか?丑の刻参りや呪いの藁人形のルーツだよ。橋姫は恋しい人に裏切られ、貴船に住む神様に鬼に成れるようお祈りするんだ。そして神様のお告げの呪いの儀式を行って、本当に鬼と成って憎い女と裏切った男を殺すんだよ。そしてしまいには誰彼構わず殺すように成り、200年間も都を襲う鬼と成り果てる。最後は源頼光に退治を命じられた渡辺綱に腕を切られて愛宕山に逃げて行くんだが、この時の呪いの儀式が丑の刻参りのルーツなんだぜ」


「ああ、一条戻り橋に現れた鬼ですね。この間チャリオと天神さんに行って来ました。その鬼を切った鬼切丸が展示されてるんですよね」


「……一応はな。この橋姫の話は平家物語の外伝みたいな物に載ってるんだが、元々古今和歌集に出てくる橋姫は、宇治の橋に立ちながら、好きな人を健気に待つ可愛らしい女性のイメージだったらしい。好きな人に裏切られ、嫉妬の鬼に成ったっんだろうな」


「そうなんですか。剣巻つるぎのまきは蜘蛛切りの方を少し読んだんですが、鬼切りの方は読んで無かったんです」


「ほう。何で蜘蛛切りの膝丸の方だけ読んだんだ?」


「えっ?あ、ほらっ、あれですよ牛若丸!源義経の持ってたのが膝丸なんですよね?五条大橋で弁慶が奪おうとしたのも膝丸だったというのを漫画で読んで興味もったんです」


「ふ〜ん……そうか。まあ、いいや」


 源田先生は意味有りげに鼻で笑った。

 そういえば先生はコヨリさんが切られた時、一番近くに居た。まさか……。


「それで橋姫の話の続きだけど、元々【橋姫】とは当時流行った仇名なのかも知れないんだ。源氏物語にも橋姫の名は出てくるし、全部の橋姫が同一人物では無いだろう。けど、宇治の橋姫は今言った嫉妬で鬼に変わった姫で、腕を切られた後に宇治市を守る土地神様に成ったとして祀られている。宇治橋を守る水神様だよ。嫉妬深い神様だから宇治橋で他の神様を褒めるのはタブーとされてる。縁切りの神様としても有名で、男女の腐れ縁を断ち切ってくれるらしい」


「コヨリさんとこの神社の神様とは真逆ですね」


「そうだな。なのに何で企画者のカミゼンはこの地でバレンタインイベントを行う?」


「えっ?」


「だってそうだろ。男女の告白イベントをわざわざ嫉妬の神様、縁切りの神様の近くで行うんだぜ。喧嘩売ってるようなもんだろ」


「あっ!」


 確かに何でカミゼンさんは宇治の野外でイベントするんだ?

 歌垣に因んだんなら、歌垣が昔行われた地域は沢山有るんだし、ゆかりの有る場所の方が良いんじゃ無いのか?

 カミゼンさんの地元の関東の方が、交通の便も良いし、人も集まりやすい。

 確かに京都の宇治にしたのは謎だ。


「カミゼンは歌餓鬼を当初ゴールデンウィークの関東でする予定だった。だが急遽九月に成ってバレンタインデーに変更。しかも真冬の京都ですると発表した。理由は男女のお見合いだからバレンタインデーにしたかったと言ってるが、京都の宇治にした理由がハッキリしない。京都市の反対を押し切ってまで宇治にこだわった理由はなんだ?」


「宇治に拘った理由……」


 京都の宇治市に何か理由が有るのか……。




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