第18話 歌垣

 遠い昔、それは弥生時代には既に行われていたそうだ。

 沢山の男女がお弁当を持って山にピクニックに行き、集団お見合いをする。カップルが出来ると、その場でお互い自作の歌を披露して、より心に届くソウルフルな歌を贈った方が恋愛の主導権を握れたんだって。

 大昔でも、けっこう恋愛に関してはオープンで洒落てたんだなー。

 この話を最初聞いた時、昔の人も作詞作曲が出来る事に驚いた。文字が無かったかもしれない時代に作るんだよ。むちゃくちゃ凄いと思う。勿論今とは違う和歌なんだろうけど、それでもパソコン頼りに作詞する僕には考えられない。

 そして、もしも僕がこの時代に生きていたとしたら、お目当ての女性に歌を披露するなんて不可能だったと思う。野外ぼっち確定だ。女の子の前では緊張してラブソングなんてとても歌えないよ。音程外しまくる変な自信だけは有る。とてもじゃないが、告白の為に自作の曲を歌うなんて……そういう意味でもボカロがある時代に産まれて良かった。


 話は逸れたけど、この歌を披露し合う大昔の集団見合いの事を歌垣うたがき(歌掛)という。

 僕達が今度行くイベント【歌餓鬼うたがき】は、この歌垣をもじったものだ。

 バレンタインの夜、若い男女が野外の音楽ライブで盛り上がりながら集団お見合いをする。まさに現代版の歌垣で、さすが天才プランナー【カミゼン】さんの企画だなあと思った。


 しかも、しかもだよ。この日はバレンタインデーだから女性の方からしか告白できないんだよ。こんな神企画を実現させるなんて、カミゼンさんは本物の神だ。


 カミゼンさんは動画のインタビューでこう言っていた。


『最近の若い男の子はシャイだ。いわゆる草食系の子が多い。けど、それは決して悪い事では無い。時代が強さよりも優しさを求めているのだ。そして日本にはまだ女性から告白するのをはしたないとする風潮がある。これは侍の時代の悪しき風習だ。優しさよりも強さを求めていた戦国時代の負の遺産だ。これらは払拭しなければならない。元来日本は男女平等の国なんですよ。だからえてこのイベントをバレンタインデーに持ってきた。女性の方も昭和の思考なんか無視して、もっとフリーでアグレッシブな恋愛を楽しんで欲しいんです。このイベントを期に、女性からのナンパも当たり前の時代が来れば喜ばしい事ですね』


 素晴らしい。

 僕みたいな気弱な非モテには神の言葉としか言いようがない。自分に自信がない僕には受け身な恋愛しか出来ないから、この発言に涙した。そう、僕は口では「チョコ目当てで歌餓鬼に行くんじゃ無いですよ。音楽ライブを見たいからですよ」と、強がり言ってるが、本当はチョコが目当てだ。ライブも勿論興味あるが、それは二の次だ。

 女の子からの告白、それも奏和ちゃんから告白のチョコを貰うのが、一番の目的なのだ。


 正直、僕は彼女の気持ちが理解出来ないでいる。

 僕に気が有ると思って、誘っても愚図られたりする時が多い。そして会話の途中で怒ったり、無視されたりする時も頻繁に有る。かと思うと、再び気の有る素振りを見せたりしてくる。

 正直僕の事が好きなのか、ただの友達としか思ってないのか、どっちか全く判断つかないのだ。

 僕の勘違いで告白し、あっさり振られたら活動メンバーとしての関係は最悪の状態に成ってしまうから、それは怖いし絶対に避けたい。

 女性の気持ちが分からないから相談したくても、同じ恋愛経験が無いチャリオだと参考にならない。

 他の友達やコヨリさんに相談すれば良いんだけど……なんかカッコつけて相談出来ずにいる。

 ホント僕はへたれだ。自分でもいくじがないと思う。恋愛本や動画で女性心理を勉強したりするんだけど、イマイチ分かんないし、意識しすぎて上手くいかないんだよな……。

 だから何かのきっかけが欲しかった。

 そこに、このイベントの知らせが入ったんだ。

 ライブには、奏和ちゃんが大好きな蒿雀ミオンで曲を披露するボカロPさんも数人参加する。これなら彼女も誘いを断る理由は無いと思った。

 そして告白イベントの時に彼女の本心が知れる。内気な奏和ちゃんでも、僕に好意が有るなら、このイベントの余興を利用して告ってくると思う……千載一遇のチャンスなのだ。



 僕は部屋の机に座り、目の前の鍵盤が映るパソコン画面を見つめた。

 マウスを動かしながら音符を入力する。

 そして音符にキーボードで一文字づつ入力していった。


『す』『き』『か』『な』『わ』『ツ』『ナ』『キ』『チ』『だ』『い』『す』『き』


 波形を見ながらパラメータをいじり、声を調整する。

 そして出来た音を再生した。


 ♫スキ♪カナワ、ツナキチダ〜イスキ♫


 蒿雀ミオンが鼻のかかった甘え声で歌ってくれた。

 思わずニヤけてしまう。

 うん。

 客観的に考えたらとても恥ずかしい。

 何してんだ、僕。

 今、お母さんが入って来たら、三日ぐらいは会話出来ない自信がある。


「でも歌餓鬼当日は、こんなセリフ聞きたいよな……」


 SNS上では歌餓鬼は今、一番の盛り上がりをみせ、トレンドワード1位に成っている。

 既にメールでやり取りして、見知らぬ人どうしのカップルが出来てるそうだ。

 僕はチラシを取り出し、出演アーティストの確認や、会場の見取図を頭に入れ、その日の行動をシュミレーションする。

 ワクワクが止まらない。

 あと2日、早く当日が来ないかな……。


 ♪♪〜♫〜


 スマホの着信音が鳴った。

 チャリオからの知らせだ。

 メールには、こう書かれていた。


『コヨリの面会許可が出た。明日行くで』


 来た……。

 ついに黒幕が分かる時が来たのだ……。

 待ってろ大量殺人犯。

 タクの仇は必ず取る。

 社会的制裁は必ず受けさせてやる。


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