第19話 黒幕

 その病室には腕が固定されたコヨリさんが寝ていた。僕達に気付くとリクライニングベッドのモーターボタンを押し、上半身を上げながら笑顔をコチラに向けてきた。


「ヤッホー!元気か?非モテ共!お見舞金は持ってきた?」


「俺の笑顔は1万ドルや。逆に釣り寄こせ」


「アカン。そのキショイ顔見たら容態悪化してきたわ」


 元気そうで何よりだ。聞きたい事が山ほど有るが先ずは――


「コヨリさん!それで黒幕は誰なの?!」


「待ちーやッ!順追って説明するから!アンタ、本当にせっかちやな。もっとドッシリ構えな女子に嫌われるで」


「ご、ごめんなさい」


「歌餓鬼でチョコをゲットするには、チャリオみたいにチャラチャラしてたら絶対無理やからな」


「そうや、コヨリ!もう歌餓鬼行くの無理やろ。チケット預かるわ」


「ゴメン。静岡行くのに旅費が必要やったから、チケット売ってん。それがさあ、12万で売れてうちビックリしたーん。やっぱり紙チケやね。電チケじゃ売れんから」


 普通、譲渡してもらったチケットを黙って他人に売らないよね……。


「じゃあ先ずはその静岡で掴んだ情報からや。うちが多数の源頼朝の家臣から注目したんは、仁田にった忠常ただつねという武将や」


「仁田忠常……」


「そう。曾我兄弟の兄、祐成を討ち取ったとされる人物で、他にも色々と武勇伝が残された人物や。中でも有名なのは人穴と言われる富士の洞窟の探索や……」


 吾妻鏡によると、源頼朝の後の源頼家にも使えたとされる仁田忠常は、その頼家の命令で刀を預かり、家来5人らと共に人穴という洞窟の中を探索に入る。洞窟の入口付近では沢山の黒や白の蝙蝠、そして足に纏わり付く小蛇に遭遇し、更に奥に進むと大勢のときの声のような雷音、次にすすり泣く声が響いてきたそうだ。やがて川が現れ、その対岸に光る人の姿を見る。その姿を見た家来4人は突然死した。仁田忠常は持っていた刀を川の中に投げ入れた所、光る人は消えて無事に帰ることが出来たそうだ。


「まるで異世界ファンタジーみたいな内容やろ」


 勿論創作話だろう。蝙蝠や蛇ぐらいは洞窟に居たかも知れないが、実際の人穴洞窟の中には川なんか流れていない。宗教的に有名な場所で、関東の心霊スポットとしても有名な場所だと聞いている。当時の人達にとっても、とても神秘的な場所だったのだろう。

 だが……。


「この話、気になるキーワードが有るやろ」


「雷音や声、突然死、そして刀……」


「そうや。まさに今回の事件や。うちは仁田忠常は曾我祐成を討ち取った縁があるから、ココで出てくる頼家から預かったとされる刀を曾我祐成が持ってた膝丸やと仮定した。そして洞窟で膝丸を抜いた時、その音を聞いた家来4人が死んでしまったんや。仁田忠常は怖くなり、その刀を洞窟の中の川に捨てたと偽って、生き残った最後の家来に預けたと考えたんや」


「生き残った家来?」


「記述では家来は5人連れて入っている。けど死んだのは4人。数が合わへん。つまり仁田忠常以外にも、人穴探索で生き残った人物が居る。この生き残った家来に関しては何の詳細も記されてへんけど、うちはこの家来が膝丸を封印した高僧やと考えた」


「じゃあ、コヨリさんはその生き残った家来の子孫を探しに……」


「そういうことや。ツテを頼って何とかその子孫らしき人物に辿り着いたんや。その人物は雲上うんじょう正吉まさきちという名で、静岡の田舎で代々古い屋敷に住んでる人物や。地主をやってたそうやが、色々謎が多い人やったらしい」


「らしい?」


「実は半年ぐらい前から奥さんの雲上虎子さん共々に行方不明らしいわ。9月から地代集金に来られなく成ったと、土地を借りてる人から聞いたんや。最後に見かけたのは8月の終わり頃やったらしいわ。うちもその雲上家を訪ねたが留守やった。人の気配は全く無い。かなり立派な屋敷で、大きな倉庫も有ったから、ひょっとしたら膝丸はその倉庫に封印されていたのかも知れん。何かわからん強い念を感じたから、祓い清めもしておいたわ」


「その人に親族は居ないの?」


「東京に一人息子さんが居るらしいけど、捜索願いは出てへんらしいわ。もしかしたら息子さんの元に居るのかもしらんけど……気になるやろ?正吉さんが行方不明に成ったタイミングが、原因不明の死者が出だした時期と重なるんや」


「膝丸の封印が解かれ、正吉さんは亡くなった。或いは正吉さんが黒幕……」


「そういうことや」


「まず、その東京の一人息子さんを訪ねるべきだね。その息子さんが一番怪しいから。それで、その息子さんの名前は分かるの?」


雲上うんじょう善吉よしきち。なんか大きい会社の社長さんらしいわ」


「うんじょう……よしきち……」


 急にしかめっ面に成ったチャリオが自分の鞄を漁りだした。


「どうした、チャリオ?」


 チャリオは一枚の紙を広げて見せた。

 チラシだ。

 僕も何度か目にしてる歌餓鬼のチラシ……。


「ここや。ここ見てみ」


 チャリオが指す所には『エグゼクティブプロデューサー・雲上善吉』と書かれていた。


「えっ?ま、まさか上善カミゼンさん?ちょ、ちょっと待ってよ!偶然だろ?字は?コヨリさん!『ウンジョウ・ヨシキチ』って、この字なの?」


「間違いない!そうや!うちの聞き込みで、企画会社の社長って言ってた人がったわ!」


「カミゼンさんは新世代派の代表みたいな人や。確かに旧世代音楽派の九藤や南条とは、しょっちゅう揉めてた。黒文字PさんとはDTMに対する考え方の違いでSNS上で争ってたのも俺は知ってる……」


「い、いや……そんな事で……そうだ!比企野さん!比企野さんとカミゼンさんは、なんの関係もないだろ?」


「比企野の親父は市の偉いさんや。歌餓鬼の開催の事でカミゼンさんが市と揉めた話をタクから聞いた事がある」


「……でも……でもだよ。今回の事件の黒幕がカミゼンさんだとしても……してもだよ!まさか……まさか歌餓鬼に来る人達を殺すって事は無いよね?だって、今まで殺したい人だけ狙って殺してたんでしょ?なら……」


「今までの殺人はデモストレーションかも知れん。本当の狙いは歌餓鬼に来る人間の大量殺人やったら?」


「何の為に?!地位も名誉も有るカミゼンさんが何の為に大量殺人する必要が有るの?」


「うちはカミゼンって人の事はお知らん。けど、比企野を見たやろ?怨霊に取り憑かれたわけでも無いのに、あの状態や。土蜘蛛の怨霊に取り憑かれてるかも知れんカミゼンが、以前の善良な人やと思わん事や」


「ツナ……俺も考えたない。カミゼンさんは俺らにとっては、まさにヒーローみたいな人や。無名のツテ無しから這い上がった俺ら素人クリエイターの憧れ、カリスマ的存在や!けど、けどや。最悪のシナリオを想定せんと、3万人が死ぬぞ」


「そんな……」


 黒幕の正体がやっと分かると浮かれていた。

 上がりかけていたテンションが、再び谷底に付き落とされた気分だった。

 黒幕は……タクを殺した憎っくき黒幕は、僕をボカロ好きに導いた、憧れの人だったのだ……。

 僕達の難は去っていなかった。

 僕達が聞いてしまった呪いの狂奏曲は、サビまでまだ達していない……。


 バレンタインライブの夜【音】が殺しにやってくる……。



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