第17話 事実

「もうすぐ歌餓鬼だね。ホント、楽しみだ」


「そうね……楽しみ。それは楽しみだわ」


「色々有ったけどさあ、当日は全部忘れて思いっきりはしゃごうね」


「…………」


 今日も僕達以外は誰も来ない部室。僕と奏和ちゃんは机を挟んで向き合って座っていた。放課後に話したい事が有るとメールが有り、僕は奏和ちゃんに呼び出されたのだ。だが、彼女はなかなか話を切り出せずにいる。空気が少し重い。オーディオプレイヤーから流れる蒿雀ミオンの歌声は、そんな二人を優しく包んでくれる。


「ツナキチ……」


「何?」


「…………」


 奏和ちゃんは何かを言いたげのまま再び黙り込んで俯いた。ミオンの歌声が、この静粛を打破するようにと、奏和ちゃんを後押ししてるようにも思える。


「……無理に話さなくてもいいよ」


「話す。ちゃんと話すわ」


 奏和ちゃんは顔を上げ、意を決したように僕を見詰めて来た。

 その瞳が潤んでいる。


「奏和ね、小学校、中学校とずっと比企野さんにイジメられてたの……奏和のとこ母子家庭だから、イジメの的にされやすかったの……」


 やっぱり。最初から何となく気付いていた。奏和ちゃんがタクと比企野さんの交際を知った時も、話題をわざと逸らしていたからだ。小学校から学校が一緒の顔見知りと部活のメンバーが交際したのなら、もっと話を盛り上げてきていいのに、彼女はそれをしなかった。僕も小学校の時にイジメを受けた経験が有るから、イジメをしてきた相手の話題を避けたい心理は分かる。

 そして僕とチャリオは比企野さんの事を調べるうちに、比企野さんに二面性が有る事に気付いていた。表向きは真面目なお嬢様って感じだが、死んだ海野さんや吉賀さんと一緒に裏で陰湿なイジメをしているという噂を聞いていたからだ。事件の時、比企野さんは悪態をついてたが、あれが素の姿だったのかも知れない。そして、そのイジメられていた子のリストに、奏和ちゃんも居たのだ。


「高校に成ってからも有ったの?」


「……時々。小、中学校の時は比企野さんの元彼のシゲキくんと二人がかりでイジメられてたの。シゲキくんは別の高校に行ったからまだマシに成ったけど……」


 そうか。死んだ元彼も奏和ちゃんをイジメてたのか。それでタクとも繋がりが有る奏和ちゃんが、イジメの怨みで彼氏二人を連続で殺したと比企野さんは思ったんだ。奏和ちゃんを狙ってきた謎がこれで解けた。


「……ごめんね。奏和嘘ついてたわ。アベベとココで会話してたのが、比企野さんだと気付いてたわ。分かったから逃げたの」


「ひょっとして、何か脅されていた?」


「タクチンが死んだ三日後ぐらいにメールが有ったの。『タクを殺したのお前だろ』って。比企野さん、奏和がタクチンの事を好きだたっと勘違いしてたわ。甚だしい。それは勘違いも甚だしいわ」


「やっぱり奏和ちゃんとタクは付き合ってたんじゃ無かったんだね。安心した」


「安心?どうして安心したの?奏和がタクチンの事を好きじゃ無いって分かったから、安心したの?」


「い、いや。もしタクが二股交際してたのなら、奏和ちゃんが可愛いそうだなーと、思って……」


「それだけ?本当にそれだけ?奏和がもしもタクチンとラブラブだったら、ツナキチはどう思ったわけ?」


「え、えっと……それは……」


「答えて!これは答えて!」


 その時部室の扉が開いた。


「邪魔するでー!」


 何時いつもの口調でチャリオが部室に入って来るが――


「邪魔だわ!これは本当に邪魔だわ!この地球から出てってッ!!」


「そやな。ほな、NASA行ってスペースシャトル借りてやな……えーと、スマン。アマゾンの奥地でもええから地球には居させてくれ」


「うるさいッ!出てけッ!命令。これは命令だわ!」


「……何か、お取込み中みたいやから、御手洗いに行って来るわ」


 チャリオはそう言って、申し訳なさそうに部室を出て行った。なんかゴメン。


「奏和ちゃん。それで比企野さんは何回もメールして来たの?」


「あっ?……うん。余りにもしつこいから着信拒否したわ。それで学校に乗り込んで来たんだと思うの。黙っててゴメンなさい。まさかアンナ事に成るなんて……謝罪。これは謝罪だわ」


「比企野さんはタクの事以外で何か聞いて来なかった?」


「何を?例えば何を?」


「うーん……例えば蒿雀ミオンの事とか、刀の事とか……」


「刀の事?」


「いや、聞いて来なかったんなら良いんだけど」


「……ねえ、ツナキチ?」


「何?」


「ツナキチもタクチンを殺したの、奏和だと疑っているの?」


「えっ?そ、そんな……」


「チャリオとコヨリソの3人で何かコソコソしてたの、奏和は気付いてたわ。奏和がタクチンを殺した犯人だと思って調べてたんでしょ?疑い。これは疑いだわ」


「ち、違うよ!タクを殺した犯人を探しているのは事実だ。黙っててゴメン。けど、僕は最初から奏和ちゃんが犯人だと思っていない。情報が漏れて奏和ちゃんを危険な目に遭わせたくなかったんだ。奏和ちゃんも見てたろ?コヨリさんの手首が急に切れたの。犯人は得体の知れない力を使ってくるんだよ」


「得体の知れない力?」


「そう、それがね……あああああぁぁぁ!し、しまった!!喋っちゃった!か、奏和ちゃん!い、いいかい!、今のは誰にも言わないようにね。犯人に狙われるから!絶対だよッ!!」


「その得体の知れない犯人の目星は付いてるの?」


「いや、まだ……とりあえず内緒。チャリオには『誰にも言うな』と、言われてたから今喋った事はチャリオにも絶対に内緒だよ」


「分かったわ。秘密。これは二人だけの秘密だわ」


「うん。二人だけの秘密だ」


「ツナキチ……もし、もしもよ……」


「何?」


「タクチンを殺したの……奏和だったなら、ツナキチはどうするの?」


「へっ?」


「得体の知れない力を持つ犯人が、奏和だったならツナキチはどう思う?」


「……奏和ちゃんが殺人犯のはずが無い。僕は奏和ちゃんを信じてる」


「ツナキチ……」


 そう。僕は信じている。あの優しいイラストを描く奏和ちゃんが、残忍非道の犯人な訳が無い。一番奏和ちゃんの事を見ている僕だから断言出来る言葉だ。


「大丈夫。殺してない。奏(カナ)和(ワ)殺して(シテ♪)ないわ」


「えっ?」


 いま、奏和ちゃんの声と蒿雀ミオンの声がハモった気がした……幻聴だったのだろうか……。


「どうしたの?」


「ううん。何でも無いよ」



 __________



 この時だった……。

 この時がラストチャンスだったんだ。

 この時僕が気付いていれば……。

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