第15話 3曲目

「私まだ卒業してないから現役の女子高生よ!バリバリの花の乙女なのよ!それなのに若い男の先生を担当にするなんて、あり得ないと思わない?!」


「なるほど、毎日その先生に尻見せなアカンのか。そらご愁傷さまや」


「チャリオ!笑いごとじゃないわよ!何でこんな恥ずかしい罰ゲームをうけないといけないのよ!あーこんな毎日もう嫌ッー!早く家に帰ってピアノ弾きたーい」


「でも良かったですね。卒業式までに退院が出来そうで」


 僕とチャリオは姫川先輩のお見舞いに来ていた。陽射しが窓から届く綺麗な個室に、すっかり元の陽気さを取り戻した姫川先輩がベッドに胡座をかいて座っている。本当に良かった。


「ねえねえ、聞いて!退屈しのぎで毎日音ゲーばっかりやってるから、ボカロ曲を百曲以上覚えたわよ。凄いでしょー」


「俺はミオンさんの曲だけで1万曲以上言えるでー」


「アンタと源田先生は異常よ!けど見てなさい。今年の合宿は私が優勝してやるわ。フフッ」


「えっ?!姫川先輩卒業でしょ?」


「何よ!OGは合宿行ったらいけないの?そんなルール作って無いわよ。今年も私の特製カレーを皆にご馳走するんだから。フッフッフッ……」


「…………」


「特に去年合宿に来なかった奏和には絶対に食べてもらうわ。あっ!そういえば奏和は大丈夫だったの?」


「まだちょっと調子が悪いそうで、今日も来れないから先輩にコレを渡して欲しいって預かってきました……」


 僕は鞄の中からラミネートされた一枚のイラスト画を取り出した。そこには鮮やかなリーフ柄に包まれ、洒落たデジタルギターを弾きながら歌っている蒿雀ミオンが描かれている。


「やーん、可愛いー。奏和の描くミオンって、ほんと素敵よね。まるで生きてるみたいで、歌声が聞こえてきそう……」


 先輩は嬉しそうに病室の机にイラストを飾る。だが直ぐに笑顔を崩し、心配気な顔を作って僕達の気持ちを伺うように聞いてきた。


「……コヨリちゃんもこの病院に入院してるそうね。どうだったの?」


「お医者さんの話ではビックリする位に回復するのが早いそうです。ただ、感染症の心配も有るから家族以外はまだ面会禁止ですけど」


「そう!良くなってるなら嬉しいわね。私も元気に成ったら面会に行こぉ!フフッ」


 源田先生とチャリオの処置が早くてコヨリさんは命に別状なかった。切り離された手首もチャリオが直ぐに冷凍保存したので、再生手術は成功したそうだ。相変わらずチャリオの咄嗟の判断力は優れている。更にコヨリさん自身の括りつける能力で、医者も驚くぐらいの回復力をみせてるそうだ。ただコヨリさんからは掴んだ黒幕の正体の情報をまだ聞いていない。黒幕がもしもコヨリさんの口止めの為に狙って攻撃したのだとしたら、入院中にも再び襲ってくるかもしれない……。


「二人ともタクの曲は全部聴いた?」


 先輩はわざと比企野さんの話題を出して来なかった。僕が自殺を止められなかった事を気にしてると思っているのだろう。先輩は比企野さんがあんな状態だった事は知らない。


「実はまだ3曲しか聴けてません。色々忙しくて……」


 パソコン内のタクの曲は全部消去した。危険だからだ。ただ、別バージョンの超音波呪文が残りの曲に入っていたかもしれないので、残しておけば良かったと後悔している。まあ、イザとなったら先輩のスマホに保存された――


「そうだ!!先輩は全部聴いたんですか?!あれから何回か聞きました?!」


「えっ?!うん全部聴いたわよ。暇だから6曲とも10回は聴いたかなー。2番目のポップソングが、とても良かったと思わない?」


「抜刀音は?3曲目の終わりに入っていた抜刀音は、2回目以降に聴いた時はどうなってました?」


「抜刀音?何それ?」


「『シュリーン』って感じの金属を擦り合わせるような音です。先輩は3曲目の終わりにその抜刀音を聴いたから倒れたんですよね?」


「えっ?ちょっと待って……いや、絶対そんな音聞いてない。第一私、あの時初めて3曲目を聴きだして、曲の途中で倒れたんだもん」


「曲の?」


 そうだ!!

 チャリオが介抱中に外れたイヤホンから3曲目が流れているのを聞いたのなら、先輩は3曲目を最後まで聞いていない。完全にその事を見落としていた。


「先輩!倒れる前に、金属音は間違いなく聞いてないんやな?」


「う、うん……どうしたの二人とも怖い顔に成って?金属音と私が倒れた事と関係有るの?」


「いや、ツナが姫川先輩がカレーと一緒に間違ってスプーンも食ったから、それでお尻切れてもうたんちゃうんかって、言ってんのや」


「どんだけ私、食い意地張ってんのよ!!」


 チャリオ……お前は判断力も、くだらん冗談を思いつくのも早すぎる……。


「3曲目か……でも、そうなのよね。お気に入りは2曲目なのに、なぜか頭ん中に残ってリピートされるのは3曲目なのよね。なんでだろ?」


「…………」


 僕達は病院の食堂で御飯を食べてから帰ると告げて、姫川先輩の病室を後にした。

 病室を出た僕達は食堂には向かわず、その階のデイルームに向かう。暫くこの病院に居てコヨリさんを警護する予定だ。

 廊下を歩いている途中で、チャリオがおもむろに聞いてきた。


「ツナはどう思う?先輩は嘘ついてたと思うか?」


「分からない。ただ、僕達の推理は間違っていたから、もう一度考え直すべきなのは分かった」


「そうやな。実は俺もそうやないかと思ってた」


「何が?」


「俺はお前より先に比企野に近づいたから気づいた。あの一回目の抜刀音も比企野のスマホから聞こえたんと違う。比企野のポケットのレコーダーから聞こえたんや」


「だとしたら……」


 だとしたらタクの曲には最初から膝丸の抜刀音は入って無かった。蒿雀ミオンの超音波呪文しか入って無かったのだ。つまりUSBメモリーを持って行ったのは比企野さんで間違いないにしても、部室のパソコン内の曲を編集した人物なんか初めから存在しなかったのだ。呪いが発動する刃物の音が存在するという推理は正しかったが、編集でその音を消したという推理は間違っていた。犯人はもしかしたらハッカーでは無いのかも知れない。そして、どうやって切られた時に抜刀音を聞いてない姫川先輩やコヨリさんに呪いを発動させる事ができたのか、新たな謎が増える……。


「比企野がなんで膝丸の音が入ったレコーダーを持ってたんや?」


「膝丸を持ってる犯人が渡したとしか考えられない」


「何の為に渡した?それに比企野はなんであんな顔に成った?」


「わかんない。サッパリわからない。コヨリさんから早く黒幕の情報を聞きださないと……」


 僕達はデイルームに入る。入院中のお年寄りの患者さんが数人居た。ほとんどの人が大画面のテレビに釘付けだ。

 僕達も空いてる席に座ってテレビを眺めた。


『本日未明、歌手で音楽プロデューサーの南条トキマサさんが、東京の自宅マンションで亡くなられているのが発見されました。死因は現在不明で、警察は事故、病死、他殺と、あらゆる面で捜査を――』


 また亡くなった。やっぱり音楽関係者だ。

 犯人は音楽関係者なのか?

 でも比企野さんは音楽関係者でもなんでもない。超音波呪文はネットで無差別で聴かせているにしても、膝丸の音で殺された人達には何か理由があり、共通点が有るのだろうか?


「どう思う、チャリオ?無差別だと思う?それとも理由が有って殺された?」


「そうやな……真ん中の人かな……」


「はあ?」


 チャリオの視線を追うと、デイルームの廊下を挟んで向かいに有る、ナースセンターの方に目が行っている。お前はミオン様一筋では無いのか?


「そうや!もしかして!」


 チャリオは急に立ち上がってナースセンターを指差した。


「何?どの看護師さんが好みなの?」


「違うナースコールや!指向性スピーカーや!」


「指向性スピーカー……」

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