第14話 超音波呪文
「奏和ちゃん!!」
「ふへっ?……」
抱き上げた奏和ちゃんは意識朦朧としているものの、吐血はしてないから内臓も切られてはいないだろう。良かった、まずは一安心だ。
「ツナキチ……奏和を助けに来てくれたのね。王子様。これはまるで王子様だわ」
「返り討ちにされたけどね。王子様にはほど遠いよ」
奏和ちゃんがジーっとこちらを見つめるもんだから、恥ずかしくて赤面してきた。だいたい女性を抱き上げるのが初めてだから、すごく格好がぎこちない。こんなのが王子様なら国が滅びるし、白馬も逃げる。
「コヨリさん!チャリオは大丈夫?」
「クソー……起こすなや!今、ミオンさんが川の向こうで『オイデ、オイデ』してくれてたのに……」
「死ね一歩手前じゃんかよ!!」
「電脳世界に転生できたかも知れん。あれ?コヨリ、帰ってたん?」
「アンタが転生できるのは、電脳世界や無くて煩悩世界やわ」
「そうや!比企野は?比企野どうなったんや?」
「うちが来たら逃げたわ。これから追いかけるとこや」
チャリオと奏和ちゃんが切られて無いのを確認し、二人は体力が回復するまでジッとしておくよう言ってから、僕とコヨリさんは比企野さんを追った。
とりあえず比企野さんが曲がった方角の別館の方へと向かう。
そこに傘をさした阿部先輩が……。
「よう!どうだった!比企野ちゃんだったか?」
「阿部先輩!!危ないので校舎に入ってて下さい!!」
♪♪〰♪!!
「ん?危ないって何が危、アブ、アブブっ――」
「先輩ッ!!」
阿部先輩が吐血した。ヤバい、先輩も呪いの呪文を聞いてたんだ。
「払いたまへ〜清めたまへ〜――」
コヨリさんは御幣を振り終えると、「フンッ」と強く阿部先輩の背中を押した。それだけで先輩の吐血が止まる。
「えっ?何、この血?俺、今……」
「切られてへん!うちが可愛いから興奮して鼻血が出ただけや。一応保健室行って休んどき!」
「わ、わかった……」
阿部先輩は慌てて校舎に向かう。血を吐いたが大丈夫そうだ。僕は改めてコヨリさんの力に驚愕する。本物の祈祷師だ。
音がした方角を見ると、比企野さんがヘラヘラしながらコッチを見てる。
もう、君は
「はーい、みんなー!!今日は素敵なブラッディ節分よー!!鬼は〜好き!豚は〜死ね!目玉をくり抜きぶつけるのおー!キャラッハッハッー!ハイッ!サララ、ラッちゃちゃ〜♪サララ、ラッちゃちゃ〜♪」
比企野さんは急に意味不明な歌を歌い出し、それに合わせるように踊りだした。目の焦点がおかしい。楽しそうに踊っているが、見てると寒気がするぐらい奇怪だ。
「サララ、ラッちゃちゃ〜、サララ、ラッちゃちゃ〜♪
歌いながら例の音も鳴らす……。
♪♪〰♪!!
♪♪〰♪!!
♪♪〰♪!!
駄目だ。また体に不快感が走る。レコーダーには抜刀音が連続で録音してあるので、近づけば呪いの効力が増してしまう。
どうすれば……。
「それが膝丸の音やな。確かに強い念を感じるわ。けど、
コヨリさんには抜刀音が効いていない。
平然と比企野さんに近づく。
なんとか、あのレコーダーさえ奪えば――
「ハッハハッハ、サララ、ラッちゃちゃ♪サララ、ラッちゃちゃ♪――」
「ヒャハハハハ、サララ、ラッちゃちゃ♪サララ、ラッちゃちゃ♪――」
「フハ、フハハ、サララ、ラッちゃちゃ♪サララ、ラッちゃちゃ♪――」
「えっ?!」
雨なので辺りに人は少なかった。
見える範囲に三人。その三人の生徒が急に歌いだす。しかも虚ろな目で奇妙なダンスを踊りながら。まるで何かに取り憑かれたかのように……。
「コ、コヨリさん……これは?」
「……呪いの暗示にかかってるわ。おそらく蒿雀ミオンの超音波呪文は、一種類だけやないんや。〈切り裂きの呪文〉以外にも〈精神崩壊の呪文〉も有るんやろな。恐怖心を増幅させて精神を狂わせる呪文や。膝丸の音を聴いたから発動したんや」
「そんな!この人達は、その呪文をいったい何処で聞いたんだ!?」
「すでに超音波呪文は蔓延している可能性が高い。ほとんどのスピーカーが超音波を流せるから、気付かないままに世界中の人間が何らかの呪い入りの曲を聞いてしまったと考えた方がええ」
手遅れだったのか……。
この人知れず拡散してゆく、蒿雀ミオンのデジタル音声で作った呪いの超高音歌に、コヨリさんはこう名付けた。
【超音波呪文】
SNSや動画サイトの曲に忍び込ませ、ネットですでに世界中に拡散したのだろう。
しかも呪いのバージョンが一つじゃないなんて……もともと常人の可聴域を超えた呪文だから、自分が何の呪いかも知らずにかかっている……。
「〈心臓発作の呪文〉とか〈脳卒中の呪文〉とか有ったらお手上げやわ。呪いなんか、自然死なんか解らんままに大量に死んで行く。この先、人類を生かすも殺すも膝丸を持つ者の胸先三寸かも知れん」
「ど、どうすれば……」
「安心し。実はその膝丸を持つ、黒幕らしき人物が分かったんや」
「えっ?!ほ、本当に?!」
「らしき人物を見つけたから帰って来たんや。後で詳しく話す。今は比企野を止める事が先決や」
「うんッ!!」
コヨリさんがお祓いすると三人の生徒は少し大人しく成った。完全に呪いの影響を消す事はコヨリさんにも困難らしく、専門の除霊師に頼むしかないそうだ。
僕達が三人を介抱してる間、比企野さんは歌いながら別館の非常階段を上って行く。
後を追いかけようとしたが……。
「オイッ!
「先生!駄目です!先生も校舎に入っていて下さい!」
まずい、校舎から源田先生が出てきた。
先生も何かの呪いにかかっている可能性が高い。校舎に追い返そうとして先生と揉めている間に比企野さんは非常階段の一番上まで到達し、手摺の上に立ち上がって踊りだした。
「あれは比企野か?何してんだアイツは?」
「節分サンタがやって来る〜♪生首片手で兜割り〜♪ワタシ、大腸モールで血だらけお部屋を着飾るの〜♪ハイ!サララ、ラッちゃちゃ〜、サララ、ラッちゃちゃ〜♪」
比企野さんは雨雲を見つめながら謎の歌を歌い続ける。とても奇天烈だ。例えるなら悪魔的雨乞い儀式のミュージカルだ。手摺の足場は10センチ位しか幅がなく、いつ踏み外して落下してもおかしくない。見ているだけで肝を冷やす。
「比企野!!危ない!!降りて来い!!」
先生が非常階段を上がろとするので、階段下で僕は先生に抱きつき必死で止めた。
「近づくと自殺するので僕達が説得します。先生は倒れた生徒を保健室にお願いします」
「いや、しかし……」
「危ない!!ツナ、上ッ!!」
「えっ?!」
コヨリさんに言われて見上げると、比企野さんの
「うわああああああぁぁぁ――」
♪♪♪!!
『グシャ』という嫌な音が響き、水飛沫と血飛沫が同時に飛んだ。その汚れた飛沫を僕はまともに浴びる。すぐ側に頭が割れ、髄液が溢れる比企野さんが倒れていた。首も折れている……もう助からないだろう。その光景に思わず
「大丈夫かいな?ツナ……」
眼前にコヨリさんの顔……僕とコヨリさんは抱き合うように倒れていた。そうか、既の所でコヨリさんが飛び込みながら突き飛ばしてくれたんだ。源田先生も隣で尻もちをついている。
比企野さんの傍らの水たまりには、幸か不幸かICレコーダーと例のUSBメモリーが壊れた状態で浸かっている。もう中のデータも復元できないだろう。それを確認したコヨリさんが安堵のため息をつく。
「比企野には気の毒やが、うちらの学校の難はこれで去った。後は黒幕を捕まえるだけや……」
比企野さん……助けられなくてゴメン。
君をここ迄追い込んだ黒幕は必ず見つけるから……。
「おい、
「どうせ話しても信じひんやろ?
コヨリさんは上半身だけ持ち上げ、僕に馬乗り状態のまま源田先生と会話しだした。
「俺の
「うちも確実な証拠を掴んだ訳やないが、おそらく犯人は超音波呪文という厄介なものを作り、その呪文に古い怨念を融合させるという、うちらじゃ全く想像つかんかった未知の呪殺を行なってる」
あの……コヨリさん……いいかげん僕の上から退いてくれない?
会話に夢中になってて気づいてないみたいだけど、僕の腰にまたがってるよ。こんな格好恥ずかしくて、非モテには耐えられません。
「超音波呪文?何だそれは?」
「それは――クッ……」
コヨリさんが小さく唸った。
体が小刻みに揺れている。
「ど、どうしたの?コヨリさん……ゆ、揺れるのは、ちょっと……その……」
「ごめん……油断した。ツナ……うち、ちょっとだけ離脱するわ」
「離脱?どういう事?また静岡行くの?」
「必ず戻る……それまでチャリオと頑張って……大丈夫や……希望はある……」
そう言っている最中、僕のお腹に何かが『ボトッ』と落ちた。そう重くないものが……。
僕は自分のお腹の上を確認した。
手首がある。
腕と繋がってない手首が……。
手首?
誰の手首?
次の瞬間、僕の顔は鮮血をたっぷり浴びる。
左手首を失ったコヨリさんが吐いた血を……。
コヨリさんの上半身は、そのまま僕の胸に倒れてくる。
「コヨリさあぁぁぁぁぁぁんんんんん!!」
僕の心はコヨリさんの言葉とは裏腹に、絶望に包まれていく……。
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