第12話 雨女

 今日も空は鉛色をしていた。

 僕の心の色と同じだ。

 暫くはどんな鮮やかなパステルも、この心の色を変える事は出来ないかも知れない。


 あれから一週間経つが比企野さんに動きはなく、源田先生の話では変わらず家には居るようだが、いつ彼女の気が変わってもおかしくなく、何かのきっかけで再びアクションを起こすかもしれない状態だ。殺しのアクションを……。

 その時、僕は彼女を止められるだろうか?

 彼女は殺人兵器を持っている。

 それも回避不可能かもしれない、未知の殺人兵器を……。


(♫♫〜∷∴∶∵♪♫∵︰♪♫〜――)

(♫♫〜∷∴∶∵♪♫∵︰♪♫〜――)

(♫♫〜∷∴∶∵♪♫∵︰♪♫〜――)


 あの日から時々頭の中で繰り返す。

 二度と聞きたくない曲なのに、振り払っても振り払ってもノイズごとイヤーワームに成って耳から離れず、勝手にリピートされる。

 今もそうだ。

 僕も呪いにかかっている……。

 

 僕は頭の中の音を消す為、気分転換に教室を出る事にした。


「雨か……」


 石の香りペトリコールの匂いがした。

 雨を確認しようと、僕は廊下から中庭のベンチを眺める。

 そこに……。


「あっ!」


 ベンチにあの子が座っていた。

 あの日と同じようにノートに何かを一生懸命描き込んでいる。

 降り出した雨なぞ気にも留めていない。

 一心不乱に大好きなイラストを描いているのだ…………。



「ボカロが好きなの?」


 あの子はあの日と同じように、キョトンとした顔をあげた。

 ノートにはあの日と同じように、沢山のリーフ柄に包まれた蒿雀ミオンの可愛らしいラフ画がえがかれている。


「同じ。あの時と同じだわ」


「初めて会った時の奏和ちゃんのセリフは『誰?あなた誰?』だったけどね」


 僕は微笑みながら奏和ちゃんの横に座った。

 あの日の奏和ちゃんには警戒され、ジト目で睨まれたけど、今の奏和ちゃんは嬉しそうな笑顔をくれる。


「あれからもうすぐ1年だよ。時が経つのは早いね」


「まだ1年には2ヶ月以上有るわ。ツナキチには早く感じたの?奏和には、どんどん遅く感るわ。リタルダンド。これはリタルダンドだわ」


 あの日僕は彼女を必死で口説いた。

 どうしてもボカロメンバーが欲しかったからだ。

 今よりも女性と話すのが下手くそだった僕は、顔を真っ赤にし、しどろもどろで喋った。

 もう、変な奴と思われても言いからと、必死でボカロ愛を伝えた。

 気付いたら奏和ちゃんも顔を真っ赤にし、泣きそうに成っていた。

 僕は慌てて謝り、その場を走って逃げた。



「ビックリ。あの時は本当にビックリだわ」


「ごめん。何時も中庭でミオンの絵を描いてたから、絶対ボカロファンだと思って……メンバー欲しくて必死だったんだよ。ホント、ごめん」


「ううん。あの時ね、ミオンちゃんの事をいっぱい褒めてくれて、奏和すごく嬉しかったんだよ」



 後日、奏和ちゃんは自分から電音部に入部しに来た。

 その時の僕と奏和ちゃんは凄くギクシャクしていて、まともに会話しだしたのは、それから3ヶ月位してからだ。



「あっ!雨強くなりそうだよ。校舎に入ろう」


「ううん。奏和このままでいいの。ツナキチだけ校舎に入って」


「この寒さだよ。風邪ひくよ」


「大丈夫。これは大丈夫だわ」


 何時もコレだ。

 雨なのに傘もささない。

 雨の日を喜んでいる。


「奏和ね、雨の日はミオンちゃんとお喋り出来るの」


「えっ?」


「ミオンちゃん雨女でしょ。奏和と一緒なの。だから雨の日はミオンちゃんと一つに成れるんだよ。ハーモニー。これはハーモニーだわ」


「……そうだね。雨女友達だね」


 奏和ちゃんは本当に嬉しそうに笑った。

 僕は仕方なく、雨に打たれる奏和ちゃんを一人残し、校舎に避難した。

 制服についた雫を払っていると、チャリオがいつの間にか横におり、ハンカチを差し出してきた。


「いいよ、自分のが有るし」


「遠慮すんな……さっき俺が鼻をかんだハンカチや。かみたてホヤホヤやで。さあ、冷めないうちにどうぞ」


「汚えなッ!!」


「なあ、ツナ……お前、奏和に特別な感情を抱いてるやろ?」


「……別に。同じメンバーだから心配なだけだよ」


「私情は入れるな。奏和も容疑者や」


「あのさー、容疑者とか言うの止めないか?僕達は別に警察じゃないんだし」


「じゃあ何て呼ぶ?被疑者か?」


「一緒だろ」


「俺も奏和が犯人の可能性は薄いと思うで。結局メモリーを持って行ったのは比企野やったみたいやし、真犯人は比企野と繫がってる可能性が高いしな。でも、人の命が関わっている以上、あらゆる可能性を想定しとかんと、又この間みたいな惨劇を生むで」


「……わかっているよ」


「因みに俺は、姫川先輩も疑っている」


「えっ?」


「音を聞いたのに、一人だけ生き残っているからな。被害者に成ったら疑われんやろ?」


「あっ……」


 そうだ……チャリオの言う通りだ。

 僕はまだ考えがあまい。

 今のままなら犯人にたどり着く事は出来ないかも知れない。

 もっとシビアに成らないと……。


「とは言っても、俺みたいに成れとは言わんけどな。色んな視点で考えな、真犯人は見つからへん。俺の意見は、俺の意見として受け止めといてくれ」


「……わかった」


「パン買って来たから、教室で食べようや」


 僕達は教室に戻り、席に座った。

 今朝から僕達の教室の机が二つ減っている。

 タクと合わせ、これで三つ目だ。

 僕が机の元有った場所を眺めていると、チャリオがわざと冗談を言ってきた。

 コイツには何時も助けられる。

 

 僕達が教室に戻ってから数分が経過した。

 食事をしながらボカロ活動の話をしてたので、事件の事は少し頭から離れていたのだが、そこに予期せぬ来客が凶報を持って突然やってきた。


「おー!良かった。教室に居たか」


「あれ?阿部先輩!どうしたんですか?1年の教室に来るなんて……」


「いや、お前らに知らせようと思ってな。実はさっき、食堂の窓から見えたんだよ」


「何がです?」


「ほらッ!例のマフラー女!髪型も一緒だったし、間違いない。比企野ちゃんかも知れないんだろ?」


 僕達は慌てて立ち上がった。


「部長!!その女は何処に行ったんや?」


「中庭に向かって行ったよ。雨の中を傘もささずにな」


 僕とチャリオは顔を見合わせ、阿部先輩に礼を言ってそのまま走り出す。廊下で何人かとぶつかりそうに成ったが、構わず全速力で走った。


 中庭にはあの子が居る。


 僕は最悪の事態だけは起こらないよう、胸の御守りを取り出し、必死に祈った。

 今度こそ、この雨を赤く染まらせてはいけない……。

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