第11話 刀

 ♪♫・♪♫・……♪♪・♪♪・――


 信号機が発する電子音が切り替わり、交差点の往来もそれに合わせて交替する。

 今日は祭りがある為か、いつもより大通りは賑やかだ。

 僕は華やかに並ぶ露店には目もくれず、目的の地へと足早に急いだ。


「おーい、ツナ!コッチや!」


「チャリオ!コヨリさんは?」


「ココや〜!!」


 髪に結ばれた御籤箋みくじせんが更に増したクラスメートが、待ち合わせ場所の灯籠前で手を振って立っていた。


「アンタら、ちゃんと牛さんの頭を撫でて来たか?撫でんとアホが治らんで」


「コヨリ!おみくじ引いたら凶やった!厄払いでお前の髪に結ばせてくれ!!」


「アホ!うちの髪に結んでるのは御札や!おみくじちゃう。むすぶんやったら境内の木か縄に結びぃ!それか戒めとして持っとくんや!この事件を乗り越えれたら、凶が吉に転ずるかも知れんでー」


「コヨリさん!それで何か解ったの?犯人は?!」


「まあ、焦らんと。ゆっくり順を追って説明するわ」


「コヨリさん!時間が無いんだ!こうしてる間にも次の殺人が起こるかも知れない。絶対それは阻止したいんだ。僕の命を投げ出してもいい。刺し違えても犯人に制裁を加えてやる!僕には――」


「まー待ち。責任感じるてるのかも知れんが、あつなり過ぎたらアカンよ。犯人は狡猾な奴や。冷静に行動せんと『敵討ちに走る俺カッケー』って、自分に酔いしれてたら、足元すくわれるだけやで」


「……ごめん。わかった」


 コヨリさんの言うとおりだ。

 冷静な判断力が無いと二の舞だ。

 もう二度と……。



 海野さんと吉賀さんを乗せた救急車が去った後、午後の授業は中止に成った。

 二人の悲報を知ったのは次の日、土曜日の朝だ。

 二人は助からなかった。

 比企野さんから呪いの曲を送られて、スマホで聞いてしまったのだろう。

 僕は後悔の念で、その日の食事が出来なかった。

 そして誓った。

 犯人は絶対見つけてやる。

 たとえ殺されても……。


 現在わかっている事は、比企野さんがこの事件のキーパーソンだということだ。

 おそらく呪いの曲が入ったメモリーを持っており、海野さんと吉賀さんを意図的に殺したのかは悩む所だが、彼女が呪いの曲で人を殺せることは理解したはずだ。

 しかし、比企野さんは海野さん達を殺した容疑者ではあるが、呪いの呪文を作り、九藤くどう裕岩ゆうがん達を殺した犯人だとは考えにくい。

 ボカロ知識の少ない比企野さんが、ミオンで呪文を作り、呪術を施したとは、とても思えないのだ。

 音の殺人を考えた犯人は、必ず別に居る。



「お茶しながら、ゆっくり話そ」


 僕達は近くの喫茶店に向かった。


 ♪♪〜.


 ♪〜♪

 

 ♪♪♪〜♪♪♪〜


 駅の誘導鈴や街行く人のオンラインゲーム、市内は電子音に溢れている。

 もし、この音の中に呪いの呪文が入っていたとしたら……。

 僕は暗い面持ちで、喫茶店のドアの前に立つ。

 その時……。


 ∴:∵∵∴∵:∵∴――


「コヨリさん!!今、高音のノイズが聞こえた!!呪いの呪文かもしれない!!」


「ネズミ防止用の超音波や。飲食店ではたまに聞こえるやろ?ビクビクしすぎやで」


「あっ!そ、そうか。焦った……」


 情けない。少し神経質になりすぎだ。

 もっと男らしく、どっしりと構えなきゃ。

 僕は反省しながら店の奥の席に座り、エスプレッソを注文した。 


「俺、何にしよっかなー……そや!チョコパとホットココアにしよー!ダブル甘甘や!『チャリオ君、女子みたーい』とか、言わんといてなー」


 何故にコイツは、どんな時でも能天気なんだ?

 本当にーもー……羨ましい。


「んで、コヨリ!お前なんか手掛かり掴んだんか?」


「そうだよ!静岡まで行って、何を探してたの?」


「刀や」


「刀?」


「そう。アンタらが今行ってきた天神さんにはな、髭切、または鬼切丸と呼ばれる刀が奉納されてる。清和源氏に代々伝わった刀や」


「一条戻り橋で鬼を切った刀やな」


「そうや。そしてその刀には同時に作られた刀がある。それが膝丸、または薄緑という。うちが探しに行ったのは、この膝丸や」


「ん?その刀は確か、どっかのお寺に有るん違ったか?」


「一応はな。ただ、この二本の刀は何回も名前変えたり、レプリカを造ったりしている。おそらく造り変えたり、打ち直したりしてるんやろ。正直それらしい刀は、何本も有るんやと思うで」


「それでなんで、そんな古い刀を探してたの?」


「この膝丸はな、土蜘蛛という妖怪を切ったんや。この土蜘蛛の正体は、おそらく源頼光が討伐しようとしてた夷賊やったんやろな。高熱を発する呪いを頼光にかけた事から、うちはこの土蜘蛛が呪術者やったと考えてる」


「えっ?」


「そして切られた呪術者は、怨霊と成って膝丸に取り憑いた。刀が夜な夜な吠えたので、吠丸ほえまると名前を変えたぐらいや。そう。刀が音を発してたんや」


「…………」


「この怨霊が取り憑いた膝丸は、やがて源義経の手に渡り、箱根の別当に預けられ、その別当から曾我兄弟に渡ることに成る」


「コヨリさん……まさか、その刀に取り憑いてた土蜘蛛の怨霊が、音霊の正体?曾我兄弟じゃ無くて?」


「そういう事や。仇討ちは成功してるのに、強い怨念が残るのはおかしいと思ったんや。曾我兄弟は仇だけでなく、一緒に居た関係ない人間も四肢を切り落とすような残虐な殺し方をしてる。頼朝を殺そうとした理由も謎や。そやけど兄弟が膝丸を手にした時から土蜘蛛の怨霊に取り憑かれていたとしたら、源氏の子孫を殺そうとしたのも納得がいく。うちはこの土蜘蛛の怨霊が、曾我兄弟が亡くなった後も、音霊と成って富士の裾野で人を切り裂いていたんやないかと、考えたんや」


「そ、それで刀は?!膝丸は見つかったの!?」


 僕が興奮して思わず立ち上がった時、ちょうど店員さんが注文した品を運んできた。

 僕は赤面しながら着席する。


「まー待ちいや。慌てんと。今までのは、うちの妄想や。曾我物語には書いて有るけど、曾我兄弟が本当に残虐な殺し方をしたという証拠なんかあらへん」


「なんやねん!!それっぽく言うから、信じたやんけー!」


「そうや。うちの妄想、勝手な解釈や。けど、本当に怨霊が取り憑いた膝丸が何処かに存在してて、高僧が封じて安全な所に保管してたのに、誰かが封印を解き、音霊を復活させたのだとしたら……」


「……編集して消された部分は、その膝丸が切り裂く音か?」


「そうや……怨念がたっぷり込もった妖刀の音や……」


「その封印を解いた奴が犯人だッ!!そいつは何処にッ!?」


「だーかーらー、其れを探してんのや。膝丸は富士の一件の後、頼朝に渡されてるから、この時すり替えたかも知れんと思ってな、当時の家来やった人の子孫が保管してないかを調べてるところや」


「なんや、まだ目星付いてないんかい」


「何年前の話や思てんねん。そんな簡単に見つかるわけないやろ!うちはアンタらが心配で、一旦帰ってきただけや」


「ありがとう、コヨリさん。正直めげそうだったから、勇気付けられたよ」


「俺が好きやから心配で戻って来たんやろ?正直に言えや、恥ずかしがらんと」


「チャリオ。牛さんの頭撫でてないやろ。アホが加速してるで」


 刀の方はコヨリさんに任せるとして、比企野さんをどうするかを考えた。

 下手に刺激したら惨劇を繰り返すだけだ。かと言って、このままにはしておけない。せめてあのメモリーは取り上げないと……。


「比企野の家族に頼んでも、家族が危ないだけや。出方を見るしかない」


「うちも賛成や。それに比企野には色々引っ掛かるところが有る」


「何が?」


「彼氏が続けて亡くなってるやろ」


「そうだ!最初の彼氏もバイク事故だとタクから聞いた。もしかして……」


「ちょっと二人で比企野を調べといて。ひょっとしたら膝丸とも関係有るかもしれんし。但し、くれぐれも刺激せんようにな。話を聞く限り、かなちゃん狙ってくる可能性も有るからいつけときや」


「……わかった」


 もうこれ以上被害者を出しては駄目だ。

 特にあの子に危険が及んではいけない……。


 僕は卓上のラテアートされたエスプレッソを眺めた。

 あの子の好きなリーフ柄が描かれている。

 僕はいつの間にか感化され、リーフ柄がすっかりお気に入りに成っていた。

 勿論、食べる方のリーフはNGだけど。


 あの子は蒿雀ミオンの髪色と同じ、蓬色よもぎいろのリーフ柄を好んでえがく。

 その優しさ溢れる絵柄と色彩には、誰もが心を奪われるだろう。

 だが、一方であの囲むように描くリーフ柄は、誰かに守って欲しいという心の表れのようにも思える。


 僕は薄々あの子と比企野さんの関係に気付いていた。必ず守ってあげなくては……。


 

 __________



 僕のこの考えは、結果的に当たっていた。

 当たってはいたが……。

 それは、とても複雑な当たり方だった。

 そう……僕がもっと早くに……。

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