第10話 友達

 いつもと変わらない風景がそこに有った。

 クラスメート達がそれぞれのグループで、楽しそうに駄弁だべりあっている。

 海野さんも吉賀さんも昼食を終え、仰け反って笑いながらお喋りを楽しんでいた。


「おーい!海野!吉賀!」


「なーにぃ!チャリオー!」


「ちょっと聞きたいんやけど、二人とも中学から比企野と仲ええよな?」


藍沙あいさ?ズッ友だよー」


「ズッ友!ふっるう〜。キャハハハ――」


「そのズッ友の比企野やけど、元気してるんか?最近学校来てへんけど」


「あっ、そうか。チャリオはタクの友達だったもんね。私らも藍沙の事が心配でー、電話やメールをしょっちゅうしてるんだけど、ぜーんぜん返事返ってこないのよねー」


 海野さんと吉賀さんの話によると、比企野さんはずっと部屋に引きこもっているらしい。

 本人とは連絡つかないが、お母さんの話だと部屋に持っていたご飯は食べているらしく、トイレやシャワーの時は部屋を出ているみたいだが、それ以外は部屋から出てくることは無く、何を聞いても返事は返ってこないらしいのだ。


「最近、学校に来たってことは無いかー?」


「えー!有るわけないよー!私達に会いに来ないわけ無いじゃん」


「ナイナイ!藍沙、かなり病んでるもん。まだ当分は学校に現れないと思うよ」


「比企野さんが最近、髪型変えたとか聞いてない?」


「髪型?んー……私達も一ヶ月位会ってないからなぁ。セミロングのままだと思うんだけど。誰か最近、藍沙に会ったの?」


「ヤケに成って丸坊主にしたとか?」


「あり得なーい!キャハハハ――」


「いや、本人かどうか分からんねん。実はな――」


 僕達は阿部先輩の話を彼女達に伝えた。

 二人は最初、巫山戯半分で話を聞いてたが、だんだん神妙な面持ちに変わっていった。いつもは無神経そうな二人だが、やっぱり友達だから心配なんだろう。


「う〜ん。どうだろう……藍沙なのかな?」


「でも、藍沙なら何で私らに会いに来ないの?」


「二人ともメールでそのことを聞いてくれないかな?何か反応が返って来るかも知れないし」


「オッケー!」



 海野さんが比企野さんにメッセージを送ったのを確認し、返事はすぐに変えって来ないだろうと思った僕とチャリオは、昼食がまだだったので売店にパンを買いに行くことにした。

 正直さっき食堂で食べとけば良かったんだけど、うちの学食は何を食べてもとても残念なのである。だいたい定食の野菜の量が多すぎる。肉3に対して野菜7だから、犬猫に与えたら確実に抗議される割合だ。チャリオと二人でその事を愚痴りながら売店まで来た時、菓子パンを手にした顧問の源田げんだ先生に偶然遭遇した。


源田げんだ先生!」


「オウ、お前ら今頃昼飯か?」


「源田先生も今頃お昼ですか?」


「おや?先生、御自慢の愛妻弁当と言う名の残飯はどないしたんや?」


「いや、たまには嫁の機嫌が悪い日もあるわけで……ハハ」


 とても気さくな先生である。

 まだ二十代と若く、最近結婚したばかりの新婚さんだ。

 ボカロ音楽が大好きで、電音部を作ったのも源田先生なのである。

 夏の合宿の時も、チャリオと二人でどちらがボカロ曲を沢山知っているかを競争していたぐらいだ。

 全然偉ぶってなく、僕達の兄貴分的な存在なのだが……。

 残念ながら状況的に今は容疑者だ。

 本当に心苦しい。


「お前ら探し物は見つかったのか?誰かが間違って持って行ったんだと思うんだけどなあ……盗難だと不味いよな……」


「そうだ!ちょうど良かった!その事と関係あるんですが、先生は比企野さんのクラスの副担任でしたよね?」


比企野ひきの比企野ひきの藍沙あいさの事か?」


 僕達は源田先生にも比企野さんの事を話した。比企野さんは担任の先生にも連絡を取ってないそうで、このままだと留年に成るからと、源田先生も心配している。


「なるほど……比企野と和田山は交際してたのか……因みにお前らが探してるメモリーには、和田山が作った曲が入ってたんだよな?」


「あっ、ハイ」


「他に何か入ってるのか?何か必死で探しているみたいだが」


「あっ……いいえ……」


「……そうか。まあ、何か有ったら相談に来いよ。頼んない先生だけどな」


「あ、いえ、そんな……」


 ♪♪〜♪♪〜――


 小さな着信音が鳴った。

 それは源田先生の携帯の音だった。

 先生は「すまない」と、僕達に手で合図してから、携帯の通話ボタンを押した。


「ハイ、源田です。ん?どうしました?そんなに慌て――えっ?本当ですか?解りました!自分も直ぐに向かいます!」


 先生は携帯を切ると、慌てた様子で僕達を見た。いつになく険しい。部活の時でも、こんな顔を見せた記憶がない。


「お前達、2組だったよな!」


「は、はい。何か有りました?」


「お前達は暫くココに居ろ。教室には戻るな。いいな」


「え?どうして?」


「いいからココにいろ!放送が有るまで待機してくれ!」


 そう言って先生は本館の教室が有る方に走って行った。明らかに様子がおかしい。何か尋常ではない事が起こったのか?

 胸騒ぎがする……。

 程なく屋外の雨音に、別の音が混じり出した。

 

 ♪〜♪〜♪〜♪―― 


 サイレンの音だ……。

 まさか……。

 いや!そのまさかだッッ!!


「チャリオッ!」


「ツナ!!教室に戻るぞ!!」


 先生の命令を無視し、僕らは教室に向かって走った。僕の嫌な想像が間違っている事を切に願う。だが、予想どおり僕達の教室の前に人だかりが出来ていた。

 先生達が野次馬の生徒達に、教室に戻るよう指示している。

 人混みを掻き分けることが出来なく、僕達は仕方なく廊下の途中で立ち止まることに……。


「何?何か有ったの?事件。これは事件だわ」


「奏和ちゃん!」


 僕らの後ろから奏和ちゃんが現れ、背の低い彼女は僕とチャリオの間に顔を無理矢理突っ込んで覗こうとする。見せない方が良いと思ったが、どう説明していいか言葉が見つからず、仕方なく三人並んで様子を見守ることに……。

 暫くして救急車が到着し、救急隊員の人達が走って教室の方に向かって行った。

 そして次に僕らが目にしたのは……。


「チャリオ……どうしよう……」


「クッソォー!!しもたぁー!」


「キャァァァアアアアアアア!!」


 浅はかだった……。

 本当に馬鹿だった……。

 なぜ考えが及ばなかったんだろう。

 阿部先輩と会ったのが本当に比企野さんなら、メモリーを現在持っているのは比企野さんの可能性が高かったのだ。

 つまり編集がされていない、呪いの呪文が入った曲を、自暴自棄じぼうじきになっているかも知れない比企野さんが持っているって事だ……。


 呆然と立ちすくむ僕達の前を、白目を向き、口から血を流した海野さんと吉賀さんが担架に乗せられた状態で通り過ぎていく……。

 僕は泣きながら二人に侘びた。

 僕があんな事を言わなければ……。

 悔やんでも悔やんでも、悔やみきれない。


 雨音が、遠のいていくサイレンの音をかき消していく……。

 二人が再び学園に戻る事は無かった……。

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