第7話 音霊

「この曲を作ったんタクやろ。この呪文部分もタクが作った可能性はないか?」


「タクは自殺したってこと?」


「タクが九藤にデモ音源を送って、それを聞いた九藤達が死んだ。タクはそれを悲観し、自分の曲で自殺した。辻褄は合うで」


「彼女の事を考えて電音部を辞めようとしてたのに、なんで自殺する必要があるの?それに死んだタクが、このパソコン内の曲を編集したって言うの?」


「オイ!コヨリ!黙ってないで意見聞かせろや!!」


「……アカンわ。マジヤバイは、この犯人」


 コヨリさんは手に持ったスマホを凝視し、困惑の表情を浮かべていた。

 試験の日でさえ、堂々と笑顔で遅刻してくる強心臓の持ち主なのに……コヨリさんが僕らに、こんな顔を見せたのは初めてだ。

 よっぽどの事に気付いたのか?


「コヨリさん!どうしたの?何か分かった?」



 あれから僕らは部室でずっと推理していた。

 三人寄れば文殊の知恵だ。

 それぞれの知識を持ち寄れば、犯人像が浮かび上がるかも知れない。

 そう思って、あらゆる可能性をあげていき、犯人を絞り込んでゆく。


 まず、犯人が部室を出入りできるなら、犯人は電音部の部員か、先生などの学園関係者に成る。

 犯人が合鍵を持っている部外者説は、状況的に難しいから『無い』と、意見が一致した。


 そして部室に出入りしたのではなく、遠隔操作で編集したのなら、パスワードを知ってる人間か、ハッキングができる人間に成る。

 ハッキングができる人間なら、タクのパソコンにも侵入して、この呪文をタクの曲に忍び込ませる事もできたはずだ。


 僕はこのハッカー説が一番可能性が高いと思う。

 九藤裕岩も、この方法で殺されたのではないのか。殺された後、再びハッキングして曲を編集したのではないだろうか。



「うち、調べてみたんや。他に似たような事件がないか」


 コヨリさんはスマホで過去のニュースを検索していた。

 コヨリさんが調べただけで、怪しいのが5件見つかったそうだ。

 いずれも半年以内の事件で、死因は不明である。


「ボカロPの黒文字Pって、有名ちゃうの?」


「そうだ!2ヶ月前に亡くなった黒文字Pさんは、死因不明の突然死だった!てっきり心臓発作だと……」


「黒文字Pさんは確か九州の人や。犯人は遠隔操作ができる可能性が高いな……」


「実際うちが調べた数より、呪い殺された人間はもっと多いと思うわ。運転中に呪文聞いたら事故って、内臓破裂は衝撃が原因にされるやろしな。因みにうちが見つけた事件は、関西、関東バラバラやで」


「じゃあ、この呪いの部分はタクの曲だけでなく、日本中の色んな曲にハッキングで忍ばせた可能性が高いの?」


「世界中かも知れん」


 ネットの再生回数が多い曲に忍ばせたら、大量殺人が出来る。

 不味い。どうすればいいんだ。


「話を整理しよ。ハッキングして呪文をバラ撒いてるとしても、犯人が俺らの学園関係者で有る可能性は捨てられん。遠隔操作かも知れんが、このパソコン内の曲を編集したって事は、ツナがこのパソコンに曲を移したのを知ってたからやろ」


「あっ!そうか……だったらメモリーを持って行った人が一番怪しいのか……」


「なあ、チャリオ。内臓は刃物で切られたみたいに、一直線の傷なん?」


「ああ。何か気に成るか?」


「なら、編集で消された音は、刃物の音かも知れんよ」


「刃物の音?」


「そうや。さっき聞いた呪文は、言うたら予備催眠みたいなものや。知らん間に呪いの暗示をかけられ、きっかけの音を聞いた途端、自分が切り裂かれたと、体が勘違いして内臓が裂ける……」


「心理学でいうノーシーボ効果か!切られてもいないのに、思い込みで切られたと、体が勝手に反応するやつやな」


「そういうことや。相手の思い込みに付け込むのが、呪いの呪文や。せやからアンタら、切り裂く音を聞いても、切られるイメージを頭に浮かべたらアカンで」


「僕達も呪文を聞いてるから、予備催眠にかかっているってこと?」


「そうや!暗示に打ち勝つには、暗示しかない!常に強い意志で『自分は切られない』『呪いは効かない』と、思うことが大切や」


「けど、不意打ちで、そのきっかけの音を聞かされたら、対処できる自信がないよ……」


「うちが正月にあげた御守り有るやろ」


「あっ、うん……」


 僕はカバンの中を漁り、奥の方からシワの寄った御守りを取り出した。

 正直カバンに見えるように付けるのもカッコ悪いし、かと言って御守りを家に置いとくのも罰当たりな気がするし……昔、お婆ちゃんから貰った時もそうだったが、御守りって、けっこう処遇に困ったりする。

 多分、言われなきゃ、このままカバンの奥で永久に眠っていたと思う。

 まさか使う事に成るとは……。


「その御守り、肌身離さず持っとき。『ヤバイ』と思ったら、握りながら口に出して神様にお祈りするんや。祈りも呪文や、言霊や。必ず呪いに負けへんと、信じることや」


「分かった。コヨリさん、信じるよ」


「コヨリ!この御守りに、願いを込めて祈るんやな。信じれば叶うんやな?!」


「そうや。信じる事が大切や」


 チャリオもポケットから御守りを出していた。

 チャリオは、いつになく真剣な眼差しだ。

 そう、相手は超自然的な力を使う、得体のしれない奴だ。

 凡人の僕達は神様に頼るしかない。


 チャリオは御守りを両手のひらで、しっかり挟みながら握り、そして部室内に響き渡るぐらいに高々と祈った。


「リアルミオンさんと結婚できますようにぃぃぃ!!リアルミオンさんと結婚できますようにぃぃぃ!」


「しょうもない事を神様に祈るなッ!!」


 …………チャリオのこの図太い神経なら、呪いの呪文は通用しないかも知れない。


「とりあえずアンタらは、メモリーの行方と学校関係者をさぐっといて。うちはちょっと明日から学校休むわ」


「えっ?学校休むの?どうして?」


「コヨリ!一人で逃げる気か?!」


「違うわ、アホ。事件の手掛かり探しに明日から静岡行ってくるわ」


「静岡?なんで静岡県?」


「過去に、音での殺人が有った場所や。刃物の音で思い出したわ。もしかしたら関係有るかも知れんしな」


「ええぇえええええぇぇー!?過去にも音での殺人が有ったの?」


「そうやねん。うちはただの昔話やと思ってたわ。なんせ犯人は怨霊やからな」


「怨霊?」


「そう。日本三大仇討ちの一つ、曾我兄弟の怨霊や」


「その兄弟の怨霊が、音で人を殺したの?」


「信じられんやろ。供養したら音の殺人は無くなったらしい。この怨霊に有名な漫画家さんが名前を付けたんや。音霊おとだまってな」


音霊おとだま……」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る