第6話 言霊

「何やの?呼び出して。うち忙しいんやけど。うちの貴重な時間を、取り上げんといてー」


「初詣行った俺達を散々こき使ったの誰や!」


「しゃーないやん。外国の観光客さんの参拝者が増えて、正月人手不足やねん。代わりにちゃんとアルバイト代あげたやん」


「このお守りだけしか貰ってへんがなッ!」


「うちが直々に祈祷したんや。御利益あるでー」


「コヨリさん。実はその御利益がある、コヨリさんの神秘的な力を貸して欲しいんだ!」


「何やー?占いか?二人揃って恋愛相談?」



 僕とチャリオは、あれから考えた。

 音で殺すのが不可能なら、音に何か超自然的な何かを含ませた可能性が有るのではないかと。

 例えば呪いだ。

 音楽自体が呪いの呪文に成っていて、聞いてるうちに内臓が破裂する。

 呪いにしては曲調自体が明るいし、オフボーカルなので呪文だとも考えにくいのだが、僕達では判断できない、何らかの不思議な力を秘めてるのかもしれない。

 非現実的だが、警察がいくら原因を調べても分からない理由は、そこに有るのでは無いかと推測した。



「何の相談か知らんけど、初穂料は?」


「コレでどう?」


「歌餓鬼のチケットやーん!うち、チケット取れへんかってん!ラッキー!それで、何の相談?」


 コヨリさんには絶対に外部に漏らさないって約束で、今までの経緯を話した。

 その綺麗な顔が、しかめっ面になる。


「厄介な相談やな……音か……」


「過去に同じような呪いの音楽とかは無いのかな?曲自体が呪文に成ってるとか……」


「まず、基本的に呪文には言霊ことだまって言って、心の入った言葉が必要やねん」


「言霊?」


「そう。言葉には皆、霊力が宿ってんのや。言葉にはそれぞれ意味が有るやろ。その意味にしっかり念を込め、霊力によって暗示をかける。それが呪文や!んー……例えば鏡を見ながら『私は綺麗。私は綺麗』って、毎日唱えると、うちみたいに本当に綺麗に成るんや」


「スマン。その例え、間違ってないか?」


「チャリオは非モテ。チャリオは非モテ。ハイ!これでチャリオは一生独身な」


「やめろー!その呪い、解いてくれー!」


「じゃあ、音だけで呪いをかけるのは無理かな?」


「いや、一概にそうとも言えへん。例えば経験した事がある音やったら……パブロフの犬ってわかる?」


「犬に餌をあげる時に、毎回必ず鈴を鳴らしてからあげると、鈴を鳴らすだけで犬は涎を垂らすって奴だね」


「そう。それと一緒で、その音に意味を持たせるんや。今までの経験でもええ。そうやな……例えば、ガラスの割れる『パリーン』って音は、うちらが聞いたら『あ、ガラス割れた』ってわかるけど、コレ、ガラスが割れる音を聞いた事が無い人にしたら『パリーン』はタダの音なんや。経験から、うちらは真後ろで『パリーン』って音が聞こえたら『ガラスが割れた』と思って、体が反射的に避ける。せやけどガラスが割れる音を聞いた事が無い人には、反射が起こらない。つまり意味を持たせた音なら、条件反射を引き起こす事は出来るんや」


「真後ろで大きい音鳴ったら、無条件で反射するやろ」


「だから例えやって。音に何らかの意味や情報を持たせたら、暗示をかける事は可能やって話や。呪文には暗示が必要やからな。ただ……」


「ただ?」


「音だけで、人間の内臓を切り裂くまでの呪文に変えられるかは疑問や。うちらの使う祝詞のりとなんか、一語一念間違えただけで効力が無くなる。呪文はそれだけシビアや。音だけでは念までは入らへんからな。『パリーン』ってガラスが割れる音が、『人間傷つけたろ』と思って発してるわけやないやろ」


 コヨリさんは腕組みをしながら目を瞑って暫く考え事をしだした。

 その姿は制服を着ていても、巫女としての神秘的なオーラを漂わせている。


「チャリオ!ツナ!そのタクの曲を聞かせて」


「大丈夫?内臓切られるかも知れないよ」


「アンタらが一度聞いて大丈夫やったんやろ?だったら大丈夫やわ。いっぺん聞いてみいひんと、分からんしな」


 別館の裏庭から、僕達三人は部室に向かう。

 そして今日も誰も来ていない部室に入った。

 時は夕刻。間もなく日が沈む。

 防音壁の部屋は、中に入ると外界の音も遮断されるわけで、その静けさには慣れているはずなのだが、今日は何故か不気味に感じた。


 パソコンの中には、あの曲が眠っている。

 大量殺人を引き起こしたかも知れない、あの曲が……。

 有孔ボードの穴から、誰かに覗かれているような錯覚を覚えた。

 正直、この部屋の中が何時もより怖い。

 音楽室のような古い肖像画が飾って無いだけ、まだマシなのかも知れないが。



「ツナ!アンタだけ曲にノイズが入ってるように聞こえたん?」


「えっ?!あっ、うん。一回だけ聞いただけだから、気のせいかも知れない」


「アンタ、時々『キーーーン』とか『キキキキキ』とか、耳鳴りみたいなの聴こえへん?」


「うん。時々聴こえる。何か関係あるの?」


「うちと一緒で可聴域が広いんやと思う」


「なるほど、ツナは超音波が聞こえるんか」


「そうや。一般的には可聴音は2万ヘルツ位までやけど、稀にそれ以上の高音が聞こえる人が居るんや。特にうちみたいな女性に多いらしいわ。巫女が神様の声が聞こえると言うのも、他の人には聞こえない超音波が聞こえるからや」


「じゃあコヨリさんにも、あのノイズが聞こえるかも知れないのか」


「そういう事や」


 僕達はパソコンを取り囲むように、座った。

 コヨリさんは、いざという時の為に、御幣ごへいを握っている。

 直ぐに祓い清めが出来るようにだ。

 チャリオが少し震えながら、スイッチを入れた。

 問題の3曲目から流れだす。


 ♫♫〜∷∴∶∵♪♫∵︰♪♫〜――


 やはり最初と途中でノイズが聞こえる。

 コヨリさんにも聞こえているのだろうか?

 その顔は、パソコンを見つめたままの硬い表情で、特に変化は見られない。

 程なく曲が終わる。


「コヨリ!どうやった」


「……チャリオ!これ、音程を下げれる?」


「ああ」


「いっぱいまで下げて」


 ピッチを下げて、再び曲が流れ出す。


 ♫―♫〜―∷∴―∶∵♪♫―∵︰♪―♫〜――


「あっ!俺にも聞こえた!」


 チャリオにもノイズが分かったようだ。

 僕も、さっきより鮮明に分かる。

 曲は間延びしたが、ノイズは間違いなく入っていた。


「ノイズ部分の音量を上げて、もう少しピッチを調整してくれへん」


 そう言われ、チャリオは音量を上げ、調整する。

 そして僕達は後悔することに――



 ♫―♫〜―キリ―サ――


 リズムを狂わすように、ノイズ部分の電子音が何かを唱えていた。


 カ♪―♫―レテ♪―♫〜――


 言葉だ……。


 その音は、音なのに感情が込められているように思えた。


 ♫―♫〜シネ♪―♫〜――


 いや……。


 その音は、唱える詩の内容に無関心のようにも思えた。



「へっ?!こ、これは……」


「ま、まさか……」



 ♫―♫〜♪―♫〜――



「人間の声やけど、人間の声や無いわ……」


「うん……僕達が一番よく知っている……」


「クソォォオオオ!!」


 バアンッ!!__


 チャリオが怖い顔で机を叩いた!!


「誰やッ!!誰が呪いの呪文なんかをッ!?仕事断われへんのに……可哀想過ぎるやろッ!!」


「この呪文、高すぎて一般人には聴こえへん。でも、効力は有るんやろな。こんなやり方が有るって、うちも初めて知ったわ」


 機械の電子音こえが、呪いの呪文を唱えている。

 鼻にかかったその電子音こえは、間違いなくボーカロイド【蒿雀ミオン】の電子音こえだった。

 犯人は、蒿雀ミオンで呪いの呪文を作ったのだ……。



「なあ……この曲。終わり方変やない?」


「どういうこと?」


「何か最後、『プツッ』って終わってる」


「それ、僕も思った。タクなら曲調からフェードアウトに持って行きそうなのに」


「……誰か編集したんや」


「どういう事だよ、チャリオ」


「最後の部分をカットしたんや。そこに重要な呪いの核が有ったんやろ。なるほど……その部分がカットされてたから、俺等は今、生きてるんや」


「じゃあ、誰かが部室に入って編集したの?先輩が倒れた次の日に?」


「そうやッ!ツナ!先輩から預かったメモリーは結局誰が持ってるんや!アレには編集されてないままの呪文が入ったままやぞ!」


「あっ!どうしよう!まだ分からないんだ。結局部員の人達に連絡したけど、誰も心当たりが無いみたいなんだよ」


「ヤバイやん」


 僕達三人は押し黙ってしまった。

 まず、犯人らしき人物は、この部室に出入りしているかもしれない。

 そしてタクや先輩を襲った、呪いの曲が入ったメモリーが行方不明。

 犯人が持って行った可能性が高いが、もし、関係ない人間が持ち出して曲を聞いたら――


「誰に言ったらいい?警察?」


「警察に言っても、信じひんと思うわ。うちら、笑われてしまいや」


「大人に相談しても、厨二病をこじらせたと思われるだけやろな」



 __________



 僕達で犯人を探すしかない。

 そう思った。

 だが、その後どうすれば良いのだろう。

 果して殺人を立証できるのだろうか?

 犯人が、僕達をせせら笑ってるように思えた……。





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