第5話 ノイズ

 姫川先輩は何とか一命を取り止めた。

 チャリオの応急処置が早かったので助かったそうだ。

 だが暫くは入院を余儀なくされ、歌餓鬼うたがきには来れなく成ってしまった。


「でも助かって良かったね」


「ああ……」


「嬉しく無いのかよ。チャリオ」


「嬉しいに決まってるやろ!!けど、許せん!!タクだけやなく、姫川先輩まで……」


「……やっぱり、タクと同じ症状なの?」


「ああ!!タクより軽くて助かったけど、気管と直腸を斬られていたみたいや。先輩は別に辛い物を食べ過ぎて、肛門がナーバスに成ってたわけや無いで!」


「肛門がナーバスって、どんな状態だよッ!!」


「とりあえず、原因を突き止めたる」


「警察でも分からないのに?どうやって?」


「警察でも分からんのなら、発送の飛躍が必要や!素人的考えの方がえかもしれん。ツナッ!一緒に犯人見つけて、二人の仇を討とうぜ!!」


「……ああ!分かった」


 こういう奴だから僕は中学からの大親友を辞められないでいる。


「けど、犯人を見つけるって言ってもな……チャリオも見てただろ。先輩は周りに誰も居ない所で急に出血して倒れた。何かに衝突したわけでもない。それまで元気だったのは僕が確認しているし……教室に戻った時、誰かに内臓を破裂させる薬を飲まされたかな?」


「そんな内臓を綺麗に破壊させる薬が有るとは思えん。どっかが開発した新しい生物兵器とかなら否定も出来ひんが」


「生物兵器か……やっぱりウイルスとか細菌かな?」


「いや、菌類ならタクの解剖の時に発見出来るやろな。寄生虫みたいな奴で、既に体内から抜け出したにしても、痕跡は残してるやろし」


「そうか……う〜ん。やっぱり見当つかないや。想像を絶する生物なのかな?先輩を介抱してる時に何か気になる事は有った?」


「そやな……耳にワイヤレスイヤホンをしてたな。片方外れて落ちてたけど」


「イヤホンか……何かを聞いてたんだね」


「そうや!イヤホンに何か仕込んだかもな」


「イヤホン……音か……音に殺傷能力って有るの?」


「各国が世界大戦の時に、それを研究したらしいで。結論から言うと無い」


「そうなんだ。鼓膜とか破るから、大きい爆音なら内臓も裂けるのかなーって思った」


「鼓膜が破れるのは爆音よりも、爆風とかの衝撃波が原因やろな。大砲を近くで撃った時とかがそれや。大きい爆風なら内臓も破裂するが、まず耳や目からやられる。今回のケースには当てはまらん」


「超音波は?超音波カッターとか聞いた事有るけど」


「超音波カッターは、超音波でカッターの刃先を震わして切れ味を良くしてるだけや。音は振動やからな。音事態で切ってるわけやない」


「超音波を長時間聴くと、身体によくないって聞いた事有るんだけど」


「超音波でも高音の場合は人体にさほど影響ないみたいや。けど低音の場合は気を付けんとな」


「超低周波音か……」


「姫川先輩も言ってたやろ。『怖い曲作るなら絶対に低音』って」


 そうだ。姫川先輩に以前教えてもらった。

 重低音は人を不安にさせるから、恐怖を煽る曲は低音の方が合っていると。

 これに不協和音を入れたり、いきなり拍を変えて波長を乱すと、更に聞く方は不安を感じて怖さを増すのだとか。


「重低音には人体の体調を崩させる要素が有るらしい。だから低音の曲の方が、人間は恐怖を自然と感じるらしいんや。実際人間の耳に届かへん20ヘルツ以下の超低周波音は、人体に様々な悪影響を与え、騒音公害としても取り上げられている」


「頭痛、目眩、吐き気、不眠、イライラなどなどだよね。確か?」


「そう。心理的部分も大きいし、個人差も有るけどな。なぜそんな症状が起るかは、正確には分かって無いらしい。振動が体内の水分を揺らすからやとも言われてる」


「そうか、車酔いみたいな感じなのかも知れないね」


「まあ所詮空気の振動なんて、頭痛や腹痛とか、その程度の被害や。殺傷能力までは無い。音で殺すんなら、心臓の悪い人にいきなり大きい音を聞かせてショック死させる位しか無いやろな」


「なるほどね。内臓破裂とかはやっぱり無理か……」


「因みに俺は美少女に『好き』って、音声を発せられたら死ねる自信が有るけどな」


「音の可能性は外した方が良さそうだね。イヤホンに何かを仕込まれた可能性は有るけど」


「俺の自虐は無視か?」


 バァァーン__


 蒿雀ミオンのマスコットを大量にぶら下げたカバンを手にした奏和ちゃんが、いきなり扉を開けて入って来た。


「オハヨー!これはオハヨーだわ!」


「もう夕方なんだけど」


「芸能界はお昼でも夜でも挨拶は『オハヨー』だわ。それより見てー見てー!ジャジャジャーン!新しいミオンちゃん描いたよー」


 奏和ちゃんはカバンから蒿雀ミオンを描いた用紙を取り出して、ドヤ顔で僕達に見せてきた。


 相変わらず魅力的な絵だ。

 正直それほど上手じょうずじゃ無い。

 けど、何か心惹かれる絵柄なのだ。

 いや、やっぱり惹かれるのだから上手いのかな?


「ちょっと待てッ!!奏和!これオカシイやろ!!」


「エッ!?おかしく無いわ!これは全然おかしく無いわ!」


「アホか!このスカートの短さで、この足の角度!なのに何でパンツ見えへんねん!角度詐欺やろ!」


「ミオンちゃんをエチエチに描いちゃいけないんだよッ!」


「見せパンって事にすればエエやん。後はこの俺の豊かな想像力で、本パンに脳内変換するさかい大丈夫や。さあ!今一度ペンを取って、どうかパンツをお描き下さい。お願いします。マドモアゼ〜ル!」


「紳士!とても紳士だわ!でもチョー変態だわ!」


 僕の中でチャリオは、『大親友』から『ただの知り合い』に、ひっそりと格下げされた。


「ところで何なの?聞かせたい物って?」


「そうなんだ。奏和ちゃん!実は――」


 僕は昨日、姫川先輩から聞いたタクが電音部を辞めるつもりだった事と、タクが最後に作った曲を預かった事を奏和ちゃんにも話した。


「コレが先輩から預かったメモリー……アレッ?無い?」


 パソコンに挿したままのはずのUSBメモリーが無くなっていた。

 昨日確かに抜き忘れたのに……。


「チャリオ、抜いた?」


「いや、知らんで」


 しまった!

 お昼休みに誰か電音部の部員が来て、持って行っちゃたんだ。

 後でグループメールで聞いてみよう。


 曲はもうパソコンに保存して有るから、とりあえず三人でタクの遺作を聞く事にした。


「ミオンちゃんは歌って無いの?」


「ああ。多分オフボーカルだよ。タク自身が歌ってないかぎりはね」


 タクの曲に蒿雀ミオンを合わせるのは、僕とチャリオの役割だった。

 タクはもっぱら曲だけを作っていたので、ボカロ調整はあまり得意じゃない。

 おそらく曲はインストゥルメンタルだろう。


 ♪♫♫〜♪♫♫#〜♪♪♫〜♪♫〜――


 閉ざされた部室の中は、タクが手掛けた電子音の響きで埋まっていく。

 僕達三人は、それぞれのスタンスで座りながら、耳で音を拾っていった。

 明るいリズムとメロディーが、作っていた時のタクの気持ちを伝え運んで来てくれる。

 この時はテンションアゲアゲで創作してたんだろうな……きっと……。

 メジャーコードの曲とは裏腹に、僕の心はマイナーコードのように闇く沈んでいく……。


 暫く目を閉じて黙って聞いていたが、3曲目の途中で有る違和感に気づいた。


 ♫♫〜∷∴∶∵♪♫∵︰♪♫〜――


 あれ?


 ♫♫#〜♪♪〜♫♫〜♪〜――


 何だろ今の?

 曲の途中で電子ノイズが入ってた。

 タクは意図的にノイズを曲に入れる時も有るが、余りにも唐突で、耳鳴りのように高かった。

 そういえば出だしの時も少し入っていたような……。

 自分の空耳かなと思い、3曲目が終わった所で一度曲を止めた。


「どないしたんや?」


「今の曲、出だしとサビの少し前に、高音の電子ノイズ入ってた?」


「いや?気づかんかったけど」


「奏和も聞こえなかったわ」


 あれ?やっぱり僕の気のせいかな?

 それともスピーカーの調子が悪いとか?

 まぁ気にするほどでも無いか。

 そう思って次の曲を再生しようとした時――


「ちょーーー待てッ!!」


 急にチャリオが叫んだ。


「どうしたの?」


「思い出した……今の曲や……」


「何の事?」


「どっかで聞いた曲やとおもたんや……」


「だから何が、どうした?!」


「姫川先輩を介抱してる時、外れたイヤホンからかすかに漏れてたんや!今の曲や!間違いない!先輩はこの曲聞いてる時に倒れたんや!!」


「…………」


 __________



 音で人は殺せない。

 けど、それは僕達が知っている音であって、もしも未知の音が存在するのなら……。

 人は死ぬのだろうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る