エピローグ 第59話


 吸血鬼の撲滅を主体とした過激派組織――“パラトス”の幹部である国際指名手配犯、通称“閃炎”の使い手である日比野泰明は、一高校生の手によって秘密裏に逮捕された。


 というのも欧州の一部を独占していた吸血鬼の一派が日比野の存在を未だに恐れているようで、それを公にすることで秩序の崩壊を阻止するためのものであるのだという。


 難しい事情はさておくとして、煌輝は一週間の入院という月日を経て、今日が退院という日となっていた。


 日比野との激戦の末、重傷の怪我を負った煌輝だったが、絢芽の秘術のおかげもあって傷は既に癒えている。


 本来なら病院に行かずそのまま自宅に直帰するつもりだったのだが、メディカルチェックやこれまでの経緯や事情聴取などといった面倒事で、病院内で入院というよりも隔離に近い状態の一週間を過ごしていた。

 

「ようやく終わったか……随分と長い一週間だったな」


 晴れて病院から出た煌輝は、まず初めに燦々と照りつける太陽を気持ちよさそうに浴びる。


 やはり陽の光を浴びないと生きた心地がしない、と思うのは草摩の血を強く引いているからだろうか。

 

「仕方ありませんよ。煌輝さんはそれだけのことを成し遂げたのですから。ここは誇ってもいいと思いますよ?」

「なんで絢芽が鼻高々げになってるんだよ。それにこれは俺だけの功績じゃないだろ」

「それはそうかもしれませんが……今回の件に関していえば、生きて逮捕できたことは奇跡的だったと魔導協会も仰ってましたし、これができたのも恐らく煌輝さんだけとのことですから、本当に素晴らしい功績だと思います」


 自分のことのように嬉しそうにする絢芽の顔を見るのも、煌輝からしたら一週間振りのことだった。


 仇敵の逮捕は二人にとって、これはとてつもなく大きなことになるだろう。ようやく過去の因縁と決別し、前を向いて歩くことができるのだから。


 とそこで二人の前へ慌てるようにして向かってきたのは、


「煌輝くん!」

「お兄さん……!」


 美颯達姉妹だった。その後ろからは琴音と紫の二人がゆっくりと歩いてくるのが見える。


「二人とも、無事だったか?」

「それはこっちのセリフだよっ! 日比野のこと、どうして何も教えてくれなかったの!?」

「え、え?」

「色々と聞いたの。日比野泰明は煌輝くんや絢芽さんにとって因縁の相手だったって。私そんなことがあったなんて全然知らなくて……本当にごめんなさい……」

「別にわざと教えなかったってわけではなくてだな……話すタイミングがなかったというか……」

「私達のことを、気遣ってくださったんですよね……?」


 誰だ話したやつはと辺りを見回すと、絢芽達三人がしたり顔をしていたのでその犯人達は直ぐにわかった。


「いや、まあ……そっちもそっちで大変だったのは俺なりにわかってたことだし、それにもう過ぎたことを気にする必要はないだろ」

「あるよっ! 私だけじゃなく、伊吹のことまで救ってもらったんだもん、何かお礼をさせて欲しいの……!」

「お兄さんには、たくさんの御恩があるので、頑張ります……!」

「いや、だからそういうのは別に求めていないというか……」


 頭を掻いて困惑する煌輝をよそに、助け舟を出してきたのは琴音だった。


「草摩君ったら相変わらず事案すれすれのところを地で行くのが得意なのね」

「何のことだかさっぱりわからないんだが」

「少女二人が何でもするって言っているのよ? ほら逮捕案件」


 琴音の言葉の意味がわかったのか改めて顔を赤くさせる美颯姉妹。


「だからなんでそんな話にすり替えようとするんだよ氷月は! 俺は何も求めてないって!」


 そんな琴音と美颯だが、彼女達は先日、殺し合いに発展するあと一歩のところまで来ていたらしく、それを事前に頼んでいた茉莉に見事不意打ちを食らって事なきを得たらしい。


 それから煌輝と絢芽の事情を説明され、今日という日までずっと煌輝の身の安否を心配してくれていたそうだ。


「そんなことより草摩君、貴方にいくつか質問をしたいのだけれど」 

「質問?」

「貴方が吸血鬼かどうか知りたいの」

「な、なんだよいきなり……俺が吸血鬼なわけないだろ……!?」


 その質問内容に煌輝は内心ドキリとしていた。琴音もそうだが絢芽と紫以外は煌輝が吸血鬼の血を引いてることを彼女達は知らないのだ。


 伝承される吸血鬼には人とは異なる特徴だったり弱点が存在するもので、それと照らし合わせれば煌輝が吸血鬼であるかどうかを探れるとでも思ったのだろうか。


 例えば吸血鬼は高貴で知能が高く、処女の生血を好む性質がある。

 

 だが流水を渡れなかったり招かれていなければ門を跨ぐことができないという吸血鬼も存在する。


 一応当てはまるような内容はないはずだが、内心ひやひやしていた。


「いいから、とりあえず質問に答えて。まずは、貴方は女の子が大好き。そうよね?」

「……一つ目の質問からおかしくないか。何で既に確認にみたいになってんだよ」

「牙はあるかしら」

「ない。確認してみるか」

「結構よ。そんな性癖は持ちあわせていないの」

「あのなぁ……」

「それと、泳ぐことはできるかしら」

「人並みには泳げるつもりだが」

「そう……これは完全に黒ね。彼は紛れも無い変態だわ。今直ぐ牢屋にぶち込むべきね」

「何の質問だよこれは!」


 煌輝あまりに横暴な質問に珍しく声を荒げる。


「特に泳げるって自信満々に言ったところで確信したわ。プールや海で女の子の水着姿を盗撮するために泳ぎの訓練をしたに違いないもの」

「お前、俺が吸血鬼かどうかの質問をしていたんじゃないのかよ。てか今のどこに俺が変態だって要素があったんだよ」

「だって貴方が吸血鬼なはずがないでしょう? 吸血鬼というのは高貴で知能が高い生き物なのよ。草摩君がバカな時点でその線は残念ながら皆無なの」

「じゃあ最初からそんな質問すんなよ! あとさり気なく悪口混ぜんのやめろよ!」

「でも変な如何わしい能力を使うし、胸に杭を打ち込んだら滅びそうだし、蝙蝠や狼とまでは言わないまでにも、存在はゴキブリだわ。あと、顔だけは良いってところで億が一とも思ったの」


 もはや、どこからどうツッコめばいいのかわからなくなっていた。

 

「門が跨げるかどうかだけど……ふふ、そもそも貴方には呼んでくれるような友人がいなかったわね」

「それだけはお前に言われたくねえ……」

「あら、やっぱり私達は恋人という認識で良かったのね。安心したわ」

「琴音さん、これ以上煌輝さんを虐めるのはおやめください。色々と疲れているんですから」

「……そうね。家に煌輝さんが帰って来ないからって、毎日私に電話をしてくるほど寂しかったのよね、絢芽さんは」

「な、なななな」


 琴音の爆弾発言によってみるみるうちに頬を染めていく絢芽。こんな彼女の姿を見るのもまた珍しかった。


「ちょっと琴音。私の先輩をいじめないでっ!」

「先、輩……?」


 美颯が絢芽のことを先輩といっていることに凄まじい違和感を覚えていた煌輝だったが、


「それはあたしから説明させてもらうわ」


 そう言って来たのは紫だった。


「彼女。“狼憑き”の能力を高く評価されて新しく“八乙女”に招集されることになったのよ。それで仕事上組む相手が絢芽になったんだって」

「そうなのか。良かったな大神」

「う、うん……イブの面倒も八乙女の人が見てくれるっていうから、これも全部煌輝くんのおかげだよ。本当にありがとう」


 頭を思い切り下げられた煌輝は今度こそ決まりが悪そうに頭をかいた。


「それと、煌輝。日比野の件で魔導協会から貴方に賞が贈られるそうよ。これで魔導序列も一気に跳ね上がるといいわね」

「別に俺は上がらなくてもいいんですけど……」

「詳しい序列はまだ公表されていないけど、貴方にも二つ名が付いたそうよ。名前は“血染めの黒薔薇ブラッディローズ”だってさ」

「なんで血染めブラッディなんですか……?」

「日比野を倒した際に血まみれだったからじゃない? 返り血を浴びるほどの凄まじい戦闘だったんじゃないかって上層部は高く評価しているみたいだけど」


 それが全て煌輝の血であることは、ここでは言わない方がいいのだろう。


「さ。二つ名ももらったことだし、景気付けにパトロールにでもいってらっしゃい」

「俺、まだ帰れないんですか……?」

「帰るついでよ」

「……了解」


 あまり納得していない様子だったが、煌輝は琴音を連れてパトロールに出る。

 街に出た二人は、互いに黙り合っていたが、口火を切ったのは煌輝の方だった。


「大神達や絢芽のこと、ありがとな」

「何のことかしら」

「別に。面倒見の良い人間も居たもんだなって」

「ふふ。誰のことかしらね」


 いつもと変わらない会話が成されたことで、ようやく自身の日常が戻ってきたんだと思う煌輝。


 思い返してみれば、始業式から今日に至るまで怒涛の毎日だった。生きていたのが不思議にさえ思うくらいだ。


 だがその半面でそんな生活も多少なりとも楽しんでいた自分に苦笑いする煌輝。

 そんな時だった。


「あっ! おはなのまほうつかいのおにいちゃん!」


 どこかで聞き覚えのあるその声に、煌輝は思わず顔をあげた。

 そこにいたのは列車テロで巻き込まれた際に出会った、白いマーガレットの花の髪留めをした小さな少女だった。


 確か名前は優美ちゃんと言ったか、その隣には母親の姿も見て取れる。さらにベビーカーを押していることから無事出産できたこともわかり、煌輝は思わず口元を綻ばせた。

 大きく手を振る少女に、煌輝が小さく手を振っていると、


「草摩君ったら、やっぱり光源氏計画に余念がなかったのね」

「だからそんなんじゃないって! お前は俺を犯罪者にしたいのか!?」

「ふふ。からかっただけよ。行ってきたら? ここで待ってるから」

「お、おう……?」


 いつになく優しい顔を見せる琴音に面食らう煌輝だったが、首を傾げるだけに終わり、少女の方へと歩いていく。

 

 最初こそ復讐のつもりで始めた国家魔導師だったが、今となっては琴音や紫、美颯姉妹のおかげでそんなこととは縁遠い生活を送れていたことに気づく。


 ――こういう生き方があってもいいのかもしれない。今ならそんな気さえ思える煌輝。


 もう復讐にとらわれることもなくなり、新しい日常の幕もあがった。

 草摩煌輝はようやく、国家魔導師としての新たな人生をスタートさせていくのだった。

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狂い咲きブラッディローズ 終夜ひつじ @k_aoyama

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