第58話
煌輝の叫びに、日比野はどこかで大きなため息をついた。
「馬鹿だな。呆れて物も言えん」
「だろうな。自分でも馬鹿だと思うさ。だけどな、頭でわかってても譲れないものなんていくらでもあるんだよ!」
分かり合えないことがわかったのだろう。日比野は平地に悠然と姿を現した。その表情には落胆の色が見て取れる。
釣られて煌輝も次の一撃が勝敗を分かつと悟って姿を見せる。
「決着を付ける時が来たようだね。残念だよ」
「俺ももうお前を説得しようなんて微塵も考えていない。分かり合えないとわかった以上、ここからは互いの正義を通すまでだ」
「それでこそ戦い甲斐があるというもの。若く純朴な芽を摘むことこそ、この世の真理! 己の正義を懸けて戦うことこそ、真の戦いなのだ! 覚悟しろ少年!」
日比野は両手に業火の球を顕現し、その瞬間に備える。
煌輝は右手を天に突き出すと、掌に月の光を吸収し始めた。
「ほう。ここに来て新技か! いいだろう。受けて立とうではないかッ!」
掌に月光の粒子を集めた煌輝は指で虚空をなぞるようにして、光の剣を顕現させる。
剣を掴み正面に構えると、互いにジリジリと間合いを推し量り合ってその時を待つ――。
煌輝がもう半歩前に踏み込もうとしたその瞬間。日比野が先に動いた。
左手の業火を突き出すと、それは蛇のようにうねりながら突き進む。不意を突かれた煌輝は寸前のところで躱すが、日比野は既に煌輝の懐へと潜り込んでいた。
「終わりだ」
嘲笑と共に業火を食らった煌輝は、それと同時に光剣を日比野へ向かって薙いだが、その手に相手を斬った感触はなかった。
緑の絨毯に体を激しく打ち付けながら転がる煌輝は、やがて巨木に衝突し動きを止める。
熱量も然ることながら、腹部で爆発したような衝撃は、血が逆流するほどの嘔吐感と激痛が煌輝を襲う。
呼吸するのも難しいほどの痛みをどうにか堪えて顔を上げる煌輝だが、相手は余裕の笑みを浮かべて悠然と仁王立ちしてるではないか。
「どうやら術は発動しなかったみたいだな」
「いや……それは、違うぞ……」
体中に走る痛みを噛み殺し、口からの吐血を腕で拭いだ煌輝はもう一度戦闘態勢に入った。
「まだやると? 決着はもう付いたと思うが」
「まだ……終わってない……」
一撃をぶち込むまでは、まだ終われない――。
「興醒めだな。潔い人間かと思っていたんだがね」
がっかりした声で背中を向ける日比野に、隙ありと言わんばかりに煌輝は飛びかかる。
「残念だよ」
言って日比野が掌を煌輝へと向けて“閃炎”の構えを取った時。
相手の術の発動よりも速く――否、相手の術が発動せず、日比野は真正面から煌輝に殴り飛ばされた。
「グハァッ――!」
ノーガードの――それも殴られるなんて考えもなかった状態で殴られた日比野は、自身に何が起きたのかわからないと言った様子で煌輝を呆然として見ていた。
「一体、何をした……!?」
「斬ったんだ……リミナスを」
「なんだとッ!?」
煌輝の光剣は体を斬ったのではなく、体内を巡るリミナスを断ち切ったのだ。
能力の発動にリミナスは欠かせず、体の中で巡り巡っていたものが断ち切られたことで日比野は実質的に能力を失ったに等しい。
「馬鹿なッ! そんなことできるわけが……」
「ハッ、なかなかいい表情してるぞ、今のアンタ」
能力を失ったということはつまり――煌輝に掛かっていた呪術も解かれたということになる。
目が見えるようになった煌輝は自身の服がボロボロになっていることや、血だらけになっているのを見て少しゾッとしていた。
「さて決着はついたな、後は……」
「ま、待て……! 殺さないでくれ……!」
「お前はそう言って懇願したやつの頼みに、耳を傾けたことがあるのか?」
殺気立ってゆっくりと歩み寄っていく煌輝に、日比野は怯えたように逃げるが、その直ぐ後ろは巨木だった。
腰から物を取り出そうとするその仕草に日比野は戦慄を禁じ得なかった。
が――
「日比野泰明――お前にはこれまで犯して来た罪を、しっかりと償ってもらう。死ぬことよりも辛いことがあることを、俺がこれからたくさん教えてやる。殺し合いが全ての決着だなんて思わないことだな」
煌輝が腰から取り出したのは植物の蔓だった。それで日比野の手足を縛った上で朝顔の種を蒔き、身体を絞め上げる。
「グガッ!」
体が溶け出さないことから、やはり吸血鬼の――母親の細胞と適合できているのだろう。
「…………」
仇敵を前にして何も思わないはずがないが、ここで私情を挟むわけにはいかなかった。
なぜなら、彼は国家魔導師なのだから――。
これ以上こいつの顔を見ていると自分が自分でなくなるような気がした煌輝は、日比野に背を向け仰向けて倒れ込んだ。
「任務、完了……」
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