第57話
「――野に咲く一輪の花の如し。日照りに耐え、水難に耐え、侵食に耐え、強く咲き誇る――」
「また“花天”か、久しいな! いいだろう。その勝負受けて立とう!」
しかし詠唱はここから普段と異なっていた。
「――我、これより月光の導きを以って、夜を統べる――」
詠唱を終えると月の光が目に見える粒子レベルにまで大きくなり、煌輝の中へと入っていくのがわかる。
“
「“月華”も使えるとは……やはり君の才能は侮れないな!」
この能力について知っているのか、日比野は楽しげに火の業火を撒き散らす。
だが――煌輝はそれを意図的に避け、一つは手刀で斬り裂いてみせた。
「――なんだと?」
解せないといった雰囲気で日比野が初めてその表情から余裕の笑みを消した。
「少年、君は眼が見えていないはずではないのか? どうして今の動きができる?」
「教えてやる義理はない」
言って煌輝はここに来て初めて日比野と目を合わせた。
「――ッ!? 馬鹿なッ! この術を破ったというのか!? その技にそんな力などないはずだ!」
日比野の言い分は正しかった。煌輝はただ目を合わせたに過ぎず、まだ目が見えているわけではない。
だが――さっきよりも日比野の位置を正確に捉えており、今どうしているかまで煌輝にはわかっていた。
「本当の戦いはここからだぞ日比野」
メタリックグリーンの拳銃を再び抜き出した煌輝は、今度こそ日比野の心臓目掛けて鳳仙花を放つ。
「――小賢しいッ!」
火炎で斬り裂いたが、その僅かな隙を突いて煌輝は瞬く間に日比野へと肉薄していた。
「馬鹿なッ!?」
煌輝の渾身の拳が日比野の顔面に直撃すると同時に、彼もまた“閃炎”を解き放っていた。眩い閃光が辺り一帯を包み込み、圧倒的な光量で何もかもが見えなくなる。
相打ちのような形になる二人だったが、ダメージは歴然の差だった。
緑の絨毯を転がっていくのは日比野。対して煌輝は体に若干の火傷を負うだけに留まっている。
直ぐに起き上がってきた業火を顕現させるが、煌輝の目の牽制によってその身が一瞬固まる。
その隙を突いて煌輝は巨木の裏へと姿を隠した。
「なぜ私が見える!? 一体何をしたというのだ!」
その答えは――花粉だった。
煌輝の眼は今もなお何も見えておらず虚空を映し出している。
だが、“花天”となった煌輝は今、空気中を漂う微粒子レベルの花粉を肌身で感知することができ、元々生命の反応を鋭敏に感じ取ることのできる性質と合わさって、驚異的な空間認識能力を手に入れている。
絢芽が筒状に覆ったフィールド全体から花粉は漂っており、煌輝はそれがこの舞台全てに充満するのを待っていたのだ。
空気中を舞う花粉の流れから日比野の居場所を正確に把握し、“花天”によって研ぎ澄まされた聴覚と嗅覚を駆使して、あたかも見えているように振る舞っているのである。
これは元々煌輝が屋内戦闘で得意としていたもので、動かずして相手の居場所を特定するための術として、人質立てこもり事件等に一役買っていた。
そんな代物でしかなかったものが、ここに来て目が見えなくなった時の戦闘方法として用いることになるとは煌輝も思っていないことだった。
「お前は……吸血鬼の中でも身体の弱かった母さんを狙った卑怯者だ。そんな奴に世界が変えられるわけがない!」
「黙れ! 所詮子供には理解できまい! そんな危機意識ではいずれ足元をすくわれるぞ!」
列車テロでも、テロリストの男がそんなことを言っていたなと思い出す。
「欧州の吸血鬼がどうかは知らない。お前の言う通り、本当に卑劣な連中が居るのかもしれない。だが、お前らのその勝手な先入観で日本の吸血鬼までも巻き込むのはやめろ。あいつらは平和を願って今までひっそりと生きてきたんだ。だからこの二十年何も起きなかった。起きないはずだった。それをお前は……!」
在りし日の過去の記憶が煌輝の脳裏に蘇る。
こいつさえ――日比野さえ現れなければ、煌輝の生活は全く異なるものだったはずだ。
間違いなく今よりも幸せな生活を送れていたのだと思うと、殺された草摩の人間のことを思うと、日比野だけは絶対に許すことはできなかった。
だがそれは私情に過ぎない。
私情で復讐なんてしてしまえば、憎しみが戦いの連鎖となって、再び誰かが悲しむことになる――。
頭に血が上りかけて、煌輝は大きく息をついて冷静を取り戻すことに努める。
「それだけじゃない。大神達のことだってそうだ。真面目で妹思いで、一生懸命生きているあいつらが犠牲になっていい理由はない! 犠牲の先に良い未来なんてあるわけがない!」
「必要な犠牲と言っただろう! 世界を平和に導くには犠牲はつきものなのだ! 少年の言っていることはエゴに過ぎん!」
「世界世界って、お前の言う世界ってなんだよ! 少なくとも俺は見えない誰かを助けるより、今目の前にいるあいつらを救いたい! 尊敬するあいつらを守ってやりたい! それの何が悪い!」
「それがエゴだというのだ! 少年の言っているそれは所詮戯言に過ぎん!」
互いに譲らぬといった状態で平行線を辿っていた。わかり合う気もサラサラないが、やはり分かり合えないのだと悟る。
直後、空間内の空気がピシッと殺気立つ。
「もう一度だけ言う。私はこの世界の救世主となる。そのためには吸血鬼を狩る力が必要なのだ。少年のやっていることは全人類にとって、最悪の厄災をもたらす引き金となりうる」
「多くの命を守るためであっても……だからって目の前で、まだ助かる人を見捨てていい理由にはならない!」
「では目の前に見える者を守るために、多くの者を犠牲にしていいと?」
「違う! 皆が同じように目の前に居る大切な人のためを思えば、戦うことそのものが引き金になるって気付くだろうが! 戦わないことが、全員が生き残る手段なんだよ!」
「だが片方が辞めても、もう片方が辞めるとは限らないだろう?」
「そういう考えをした頭の腐った奴が多いからそうなるんだろうが! 俺はもう犠牲者のことを忘れて、見て見ぬ振りをした先の平和なんていらないんだよ!」
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