第54話

 琴音が自宅を去って直ぐ。ソファに戻った煌輝は背後に向かって突然声を掛ける。


「それで……そこにいるんだろ? 茉莉」 

「あっれぇ? バレちゃってたぁ?」


 虚空から黒い渦を巻き、突然現れたのは西蓮寺茉莉だった。

 実のところ、絢芽が居た頃からその気配に煌輝は気付いていたのだが。


「何しに来たんだ?。本家への報告なら、ご覧の通り、俺はこの有り様だよ。好きに伝えろ」

「そうだねぇ。あれがコウくんの仕事相手かぁ。それに、いくらなんでもキスはずるいよねえ。茉莉も妬いちゃったなぁ」

「……キス? 何のことだ?」


 首を傾げるや否や、茉莉が煌輝の膝の上に乗っかってくる。

 鼻にサラサラな金糸の髪が当たって妙にくすぐったい。そして仄かに香るシトラス系の匂いに茉莉の存在を確かに確認する。

  

「べっつにぃ。コウくんはあのお姉さんのことどう思ってるのー?」

「お姉さんって、氷月のことか?」

「うん。あの人、美人ですっごくスタイルいいよねぇ。胸もおっきいし、ちょっとツンデレ気質だけど、いいよねぇ。あっ、もしかして、もう付き合ってるとかぁ?」


 いまいち話の脈絡が掴めず、煌輝もまともに受け答えしてしまう。 


「そんな関係じゃない。氷月とは仕事のパートナーってだけだ。てか、本当に何しに来たんだよ」

「ああっとそうだったね。今回の件なんだけど、西蓮寺は関わらない方針になったみたい」


 ピキッと辺りの空気が凍りつく。それは煌輝が不意に放った殺気のせいだった。


「西蓮寺は……母さんを殺した犯人のことを何とも思ってないってことか」


 怒りで震える手を煌輝はどうにか力強く握ることで堪える。

 しかし茉莉はそんな空気を物ともせず平然と答えを返す。


「日比野泰明の“閃炎”は、正式に吸血鬼殺しヴァンパイアハンターに認定されたらしくて、これ以上迂闊に近づくなってことみたい」


 なるほど、と煌輝は納得した。

 いくら天災に等しい西蓮寺の四女とはいえ、“閃炎”を受ければタダでは済まない。

 二十年前に起きた内戦によって数を減らした西蓮寺の下した判断は正しいのかもしれない。


「でもね? あたしは別にママ達の方針に従う気なんてあまりないんだよねぇ。だからね? 目が見えないコウくんに代わって、あたしがソイツ、始末してあげよっか?」


 琴音が言ったように、日比野泰明を確実に倒すならば、それこそ西蓮寺か“八乙女”の方が適任である。

 しかし万が一にでも敗れれば、どちらかのパワーバランスが崩れかねない状況にあるので、そう簡単には頼めないのも事実だった。


「俺はお前の顔に万が一にでも傷がつく方が嫌なんだが」

「なにそれ、なにそれプロポーズ!? 受けまーすっ!」

「誰もそんなことは言ってないだろ……でもお前のバックアップは正直あると助かるんだが……」

「茉莉、コウくんのためならなんでもやるよっ!」

 

 嬉しそうに抱きつく茉莉だったが、


「ねぇねぇ。ずっと疑問に思ってたんだけど、コウくんどうやって爆弾を掴んだの? その時はもう目見えてなかったんだよねぇ?」

「それはあの爆弾の音と――」


 と、言いかけたところで煌輝に一筋の光明が差す。


「それだ! 突破口がある! 茉莉、でかしたぞ!」

「えっ? えっ? 茉莉いい子? いい子なら撫でてぇ!」


 言われて割りと乱暴に撫でたが、茉莉は親に褒められた子供のように幸せそうに微笑んでいた。

 

「間に合うかは時間の問題だ。茉莉も手伝ってくれ!」

「うんうんっ! あたしは何をすればいーの!?」

「まずは絢芽と紫さんに連絡だ!」

「ええええ!? 紫ちゃんにもぉ!?」

「時間がない! 急いでくれ!」

「わ、わかったよぉ……」


 撫でられて一転、茉莉は煌輝のスマートフォンを借りて泣く泣く絢芽と紫に連絡を入れるのだった。

 煌輝がそれを体得する頃には、最終決戦までの時間はもう残り僅かとなっていた――。

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