第47話

もう待ちきれなかったのだろう。生唾をごくりと飲み込むと茉莉は素早く煌輝の腕にカプリと噛み付いた。

 チクッとした痛みが腕に走るが、その痛みはやがて快楽へと変わっていく。

だがその快楽こそが、煌輝にとっては嫌な感覚だった。自身の体が傷ついているというのに、体が悦んでいる。その矛盾に猛烈な違和感を覚えずにはいられなかった。


「最、高ぉ……」


 吸血を終えた茉莉もまた、悦に浸ったような蕩けた顔をしている。

 しかしそれで終わりではない。茉莉の瞳は真紅に染まり、存在感が爆発的に肥大化する。


「ちょ、だ、大丈夫なのこれ!?」


 僅かに漏れ出すリミナスを鋭敏に感じ取った美颯は戦慄を禁じ得なかった。それは生物が吸血鬼に覚える本能的なものであり、この場が危険だと思うのは生物として至極当然のことである。


 煌輝の植物は相手のリミナスを封じることに長け、中でも吸血鬼には一際強い効力を引き出すと聞いているが、それでも植物の蔓に縛られている茉莉からは濃密なリミナスが漏れ出ている。


 今は夢心地になっているのか、茉莉の瞳は虚空を映し出しているが、明らかにまともでないことはすぐにわかる。

 

「少しあげすぎたようですね」


 翠玉に光る鞭を取り出した絢芽は、慌てる様子もなく平然として茉莉へと鞭を伸ばす。


 すると鞭は輝きを放ちながらリミナスを吸い出し、茉莉の存在感を瞬く間に萎縮させていく。

 

それは美颯が初めて茉莉と対峙した際に見た、太陽のような熱量を保有する球体からエネルギーを吸収した時と同じ光景だった。


 絢芽の植物は煌輝のとはまた違い、リミナスを封じるのではなく吸収することに長けた恩恵が宿っている。


 “花天”も煌輝の場合は光を浴びる必要があるが、絢芽の場合はそれをせずとも相手からこうしてリミナスさえ奪えばいつでも発動することができる。


「ほら茉莉。しっかりしろ」

「んぁ? なんでコウくんが目の前にぃ? もしかして茉莉に会いに来てくれたのぉー?」

「家に来たのは茉莉の方だろ。何しに来たんだ?」

「えーっとぉ……」


 血を吸った後はどうやら意識が朦朧とするらしく、茉莉は自身がここに来た理由を虚ろ目なまま思い出そうとしていた。


 段々と目に輝きが戻ってきた茉莉は、用件を思い出したらしく。美颯達姉妹をチラリと横目で見る。


「あー、うん。えっとねぇ……ちょっとこの場では言いづらいことかなぁ」


 何食わぬ顔で言う茉莉の挙動から、煌輝は西連寺絡みの一件だと直ぐに察した。

 

「二人とも、悪いが少し席を外してもらえるか?」

「わかった。それじゃ部屋に行ってるね。行こ、イブ」


 聞き分けの良い二人は足早にリビングから立ち去っていく。

 階段を上がる音を聞きながら、煌輝達はしばし無言を貫いた。


「それで、話って?」

「うん。それなんだけど……コウくん、合成魔獣のサンプルを凍らせて持って来てくれたよね? それのことなんだけど」


 正確に言えば琴音が凍らせたのだが、彼女と茉莉に一切の接点がないため、煌輝が冷凍して持ってきたということになっている。

 しかし何やら言い淀んでいる様子で、それがかなりマズイことだということがわかる。


「何かわかったのか」

「うん……実はあの合成魔獣には、吸血鬼のDNAが含まれてるんだって」


 唐突な言葉に固まった煌輝に代わって絢芽が質問をする。


「それは、西蓮寺の誰かの血が混ざっている、ということですか?」

「……うん。それも――コウくんのママのものなんだって」


 その言葉に、煌輝と絢芽の表情が凍りついた。

 ――煌輝の母親は吸血鬼である。茉莉の母親と煌輝の母親が姉妹であるため、それは紛れもない事実である。


 それは煌輝も知っていたことだし、だから二人は正真正銘の従姉妹同士ということになるのだが、茉莉から放たれた驚愕の事実を前に、二人はただただ言葉を失うのだった。

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