第七章 第46話

 夜分に紫が来訪したその翌日の昼頃。

 ゆったりとしていた四人の元へ再び来訪者が現れた。


 しかしその来訪者はインターホンを押すどころか、まるですり抜けたかのように玄関を通過していた。


 廊下の方から、突然とたたたと足音が響いたことで、不審に思ってか美颯が身構えるようにして廊下に繋がる扉の前に立つ。

 そして、


「やっほーコウくーん! あっそびに来――」


 部屋に飛び込むようにして入ってきたのは――吸血鬼の少女、西連寺茉莉。


 だったのだが、正面に居合わせた美颯の咄嗟の膝蹴りによって腹部を強打。勢い良く弾け飛び、先に待っていた絢芽に抱きとめられる――ことはなく、蔓の鞭によって顔面をはたかれた。


「ぎゃああぁ――目が、目がぁぁ!」


 顔を覆うようにして茉莉は悶絶しながら床をのたうち回る。

 その後直ぐに飛び起きる彼女だったが、目には涙を浮かべていた。


「茉莉なんにもしてないよね!? ねえ、なんで蹴るの!? 絢芽ちゃんも女の子の顔になんてことするの!?」

「ご、ごめんね……? つい反射的に足が出ちゃって……」

「いきなり部屋に飛び込んできた茉莉さんが悪いんですよ。どうせ煌輝さんに抱きつこうとしたのでしょう? その罰です」


 素直に謝罪の言葉を述べる美颯に対し、冷たくあしらう絢芽。目まぐるしいやり取りにおどおどする伊吹。煌輝に至っては全く興味がないのか花に水を与えているところだった。


「ちょっとコウくーん! この人達酷くない!?」

「……? ああ、茉莉か。いつから来てたんだ?」

「今だよ今ぁ! あたし今お腹蹴られた上に顔ぶたれたんだよ!?」

「そうなのか」

「リアクションうっすぅ! ひどいよコウくーん! もっと歓迎してよぉ!? あの茉莉ちゃんだよ!?」


 そう言われても、という具合に頬をかいた煌輝は、


「……まあ、なんだ。ゆっくりしていくといい」


 絢芽が保護と監視役を務めていることもあって、茉莉が草摩の家に遊びに来ることは別に珍しいことではない。むしろ暇さえあれば遊びに来るような間柄だった。


「うわぁぁん絢芽ちゃぁん!! コウくんが冷たいよー! ていうか、茉莉というものがありながら知らないうちに女の人連れこんでるしー! これは確実な浮気だよね絢芽ちゃん!」

「わたしに泣きつかないでください。煌輝さんの反応はいつも通りのことじゃないですか。しかし最近の煌輝さんの女癖が悪いのは確かなようですね」


 絢芽に無理矢理に泣きつく茉莉だったが、美颯達姉妹を見るなり、


「あっ! この前の綺麗なお姉さん! ってあれ、二人ともそっくりだねー!? もしかして姉妹ー?」

「大神美颯よ……」

「大神伊吹、です……」

「ふむふむ。美颯お姉さんと伊吹ちゃんね! あたしは西蓮寺の四女、茉莉です! よろしくねぇ!」


 無邪気な表情だった金糸の髪の少女は、さらに表情を明るくさせる。それはまるで太陽の日差しを浴びて陽気に咲くヒマワリのような明るく元気な表情だった。


「それで茉莉。何の用があって来たんだ?」


 煌輝の問いに、茉莉は待っていましたと言わんばかりに胸を張り、少し舐めずるような仕草を取った。


「くくく、茉莉ってば少し血が欲しくなっちゃってね――」

「そうか。ならトマトジュースでも飲むか?」

「あのさぁ! 吸血鬼を何だと思ってるのかなぁ!? トマトジュースで済む吸血鬼とか、ただの健康的な人間じゃん! それよりっ――」


 茉莉は待ちきれなかったと言わんばかりに煌輝に抱きつく。


「なっ!」


 その声を上げたのは美颯だった。隣で見ていた伊吹もどこか羨ましそうな眼差しを茉莉に向けている。

 

「わぁー! この匂いは間違いなく本物のコウ君だぁ!」


 甘えた声音で煌輝の胸元に頬を擦り付ける。その姿はまさに親猫に甘える子猫のようだ。


「ねえねえ。噛んでいい!?」

「いいわけないだろ。そういう吸血衝動は口にするなって前に言ったはずだが」

「コウくん限定だもーん。茉莉、コウくん以外の血は飲まないもーん」


 唇を尖らせる茉莉に「仕方ないな」といった様子の煌輝は、茉莉の脇を抱えて軽く持ち上げると壁際に立たせた。


「うん?」


 そして植物の蔓を顕現させるなり茉莉の手足にそれを絡めていく。


「うん……?」


 自分も何をされているのかイマイチ理解できていないのだろう、茉莉も首を傾げたまま煌輝にされるがままになっていた。


「これでよし」


 そうして出来上がったのは、壁に貼り付けにされ、植物の蔓に縛りに縛り上げられた茉莉の姿。


「もう噛んでいいぞ」

「ねえ、この対応はおかしくない!? なんで茉莉縛られてるの!? 首すら動かせないんだけどぉ!?」

「仕方ないだろ。これでお前が俺の血を吸って暴走でもしたら、姉さん達に怒られるのは俺なんだぞ」

「その前に、ここ一帯が吹き飛びますけどね」

 

 冷静にツッコミを入れる絢芽だったが、その表現は概ね正しい。生き血を得た吸血鬼はまさに天災に等しい力を有するため、血を与える際にには細心の注意を払う必要がある。

 

「だからってこれは酷いよコウくーん! 茉莉一応お客さんだよ!?」

「呼んだ覚えはないですからね」

「なんか絢芽ちゃん、今日いつになく厳しくない!? もしかして、茉莉が絢芽ちゃんのお菓子食べたことまだ気にしてるの?」

「別に」


 そういう絢芽は笑ってこそいるが、どこか雰囲気が怖い。どうやらお菓子を食べられてしまったことをかなり根に持っているようだ。


「今度買って来るからぁ! 暴れないって約束するからぁ! 噛ませてよぉー!」


 あまりに駄々をこねるので、首元に掛かっていた蔓だけ弛めた煌輝は自身の腕を差し出した。


「えー! 首筋がいいなぁ!」

「ならやらんぞ」

「腕いただきます!」


 

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