第45話
それまで全く動じることのなかった紫だったが、その質問にはピクリと反応して美颯を真っ直ぐに見据える。
「口外しないんなら話すけど。このこと知ってるのは限られた人間だけよ」
言って紫はチラッと伊吹の方も見る。
念のためにアイコンタクトを取る美颯だが、伊吹もこの場だけの話ということで納得したらしい。
まあ、伊吹に限って誰かに言いふらすような真似をしないことは、姉である美颯が一番良く知っている。
「誰にも言いません」
美颯が言うと「そ」と短く紫は諦めたように返事をした。
「まあバレちゃったもんはしょうがないわよね。煌輝、これもう話しちゃっていいわよね?」
「まあ、仕方ないですね」
二人は顔を見合わせ、仕方ないかと言わんばかりに頷き合った。
「実はあたし達、恋人同士なの」
「違うわッ! 何だその笑えない冗談は!」
まさかの返答に思わず立ち上がる煌輝。
だが、
「笑えないってどういうことかしら? あん?」
「いえなんでもないんで話の続きをどうぞ」
ホルスターから拳銃がチラついたのを見て、元の場所へ素早く座る煌輝。普段の彼らしからぬ迅速な行動に美颯は目を丸くさせた。
「話の続きだけど、あたしの家系は代々草摩に仕えてるのよ。『上杉』って、植物の名前が入ってるでしょ? 家名に植物の名前が入ってる能力者のほとんどは、草摩と縁のある一族だと思っていいわ」
そこでふと疑問が浮かび上がるが話の腰を折りそうだったので、美颯はとりあえず紫の話を最後まで聞くことにする。
「それであたしは本当なら、煌輝の父親――
「え……ちょっと待ってください。草摩柊一って、まさか“
「そうよ。煌輝はその息子。気が付かなかった?」
思いもよらぬ情報を聞いて美颯は開いた口が塞がらなかった。
草摩柊一、通称“難攻不落の城塞”の名は、目の前に居る“
今から二十年前に起きた吸血鬼達による復讐という名の内戦を、たった一人で食い止めた英雄であり、日本で最強と謳われる能力者。
現在は行方不明と聞いているが、聞けば聞くほどその伝聞は怪物じみており美颯にとってはまさに雲の上の存在だ。
「それに絢芽さんの弟、なんだよね……」
血筋や家柄だけで言えば、煌輝は能力者として最高峰のサラブレットということになる。その上パートナーには氷月琴音が居るというのだから恐ろしい――。
紫の話を聞けば、護衛するはずだった草摩柊一が内戦の終わりと同時に消息を絶ってしまったらしく、その後釜を巡っているうちに頭首候補が次々に謎の死を遂げていき、遂には草摩の人間がこの二人だけしか居なくなってしまったそうだ。
「それで元々柊一様の護衛を務めるはずだったあたしが、仕方なく煌輝のオモリを任されたってわけ。実績や実力で言えば、絢芽の方が頭首としては適任なんだけど――」
「私は“八乙女”の任に就いていますので、それを考慮すると煌輝さんが頭首候補である方が望ましいかと」
「――ってわけ。ま、早い話……小さい頃から面倒を見てて、この家に通い慣れてるってだけよ」
話を聞いてようやくこのだだっ広い敷地や、二人では余りあるほどの空き部屋についての理由に納得がいく。
そしてそれが意味する事実を、美颯は確認せずには居られなかった。
「あの……煌輝くんのお母さんは……?」
重苦しくなってきた空気の中で口を開いたのは絢芽だった。
「八年ほど前に亡くなっています」
「そんな……」
幼少の頃の記憶だが、美颯には煌輝の母親に良くしてもらった記憶がある。
長いブロンド髪の、とにかく綺麗な人だった。向けてくれる笑みは、思わずこっちまで安心しそうになるほどの慈愛に満ちたあの表情――。
それがもう見られない。幼い頃の記憶がもう思い出でしかないのだとわかって、不意に涙が溢れる。
そんな美颯にそっとハンカチを差し出しながら、絢芽は話を続ける。
「それからは紫さんのご家族と、西蓮寺にお世話になっていました」
「あの……西蓮寺って……」
「はい。あの西蓮寺です。家名にも“蓮”という字が入っていることから、古くから縁のあった一族だと聞いております」
絢芽曰く、草摩と西蓮寺は元々敵対していた間柄で、吸血鬼の家名も西“連”寺だったという。
しかし互いの戦力が拮抗し冷戦状態が長く続いた時期があり、それを境に互いを守護し合う協定を結んだのだそうだ。
その友好の証として、穢れることのない花を指す“蓮”という字を取って、吸血鬼の一族はやがて西蓮寺と名乗るようになったらしい。
「白昼に敵なしとまで謳われていた花の一族である草摩。夜の覇者と恐れられていた吸血鬼の一族である西蓮寺。互いに能力が十全に発揮できない時間帯を、互いの一族の長所で補い合っていたそうです」
草摩については初耳だったが、西蓮寺が夜の一族として最強と恐れられていたのは美颯も知っている。
なぜなら美颯の一族である大神――“狼憑き”もまた、月と密接的な関係を持つ夜の一族として名を馳せていたからだ。
「ま、途中で草摩の一族が秘術を生み出して、昼夜関係なく最強の一族になったみたいだけどね。特に煌輝の父親である柊一様は歴代で最強の能力者だったと聞いているわ。でも――」
「そのパワーバランスが、崩れようとしている……?」
紫はゆっくりと頷いた。
曰く、草摩の人間が居なくなることで、このパワーバランスは大きく崩れかねない状況にあるのだという。
今では“八乙女”という西蓮寺を抑制するための組織もあるが、それもいつまで持つかはわからないとのことだった。
「だから柊一様の息子である煌輝には、草摩の一族を再び繁栄させるっていう重要な役目があるのよ。まあ、この子にその気はないみたいだけど」
目で聞く紫だったが、結局その日の煌輝は最後まで口を閉ざしたままだった。
それは何か思い悩んでいるようにも見え、そして返答に窮しているようにも見えたため、美颯も深く聞くことはできなかった――。
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