第43話

「これを煌輝くんが……?」

「まあ、ズルだけどな」

「ずる……?」

「リミナスを活用して作ったんだ。このトマトは」


 驚愕の事実に美颯たち姉妹は目を丸くさせた。


「煌輝くん、そんなことができるの……!?」


 召喚獣や式神を使った独自の発電や生産方法があるのは知っていたし、場合によっては国そのものが認めているケースもあるが、それをできる知り合いが身近にはいなかった。


「煌輝さんはただ植物を操る能力者というだけではありません。植物性のものならば、どんなものであっても遺伝子組換えが行える、草摩でも特別な能力者なんです」


 鼻高々に説明する絢芽は、煌輝がこのトマトを作るまでの経緯も話してくれた。というのも通常の製法ではこのトマトは絶対に作れないのだそうだ。


 能力者の中には煌輝のように植物を生成する能力者も居れば、土や液体を操る能力者の中にも培養土やミネラルを加えることのできる珍しい能力者も存在するらしい。


そんな能力者達がリミナスを使って培養することで、越えられないはずの、上限を超えた甘い果物や野菜を製造することができるのだという。


 だがそれは決して効率のいい製造方法ではないそうで、商品として売りに出すにはコストが高くついてしまって儲けにならないらしく、そこで煌輝は逆転の発想に至ったのだという。


 自身の能力で遺伝子構造を強制的に組み替え、品種改良を行うことで最初から甘いトマトを生み出してしまえばいいのだと――。


 そこから種を収穫すれば今までよりも簡単かつ低コスト製造できる上、甘いトマトを誰にでも栽培できるようにしたのだ。


 もちろん種だけでここまで甘くできるというわけでもないのだが――

 

「植物も人間と同じなんです。栄養が足りなければ弱ってしまいますし、多く摂り過ぎてもダメなんです」

「なるほど……だから煌輝くんは植物の限界値を引き伸ばしたんだね。いくら栄養を摂っても過多にならない植物を」

「ああ。でもこれはズルだと思ってるから、専売特許を取得して販売そのものに制限を掛けてるんだ」


 おお、と美颯は感心したように二個目のトマトに齧りついていた。


「ちなみに、これ一個いくらで売ってるの?」

「三千円だ」

「……え?」


 聞き間違えだろうか。いや、聞き間違えのはずだ。でないととんでもない計算になるではないか。


「三千円」

「桁……間違えてない? それとも十個入りで、三千円?」

「間違いではありませんよ。一個三千円から販売して、現在二年半待ちとなっています」


 絢芽の補足説明により、トマトを掴む自身の両手が急に振るえ始めた。横を向けば二個目を食べ終えたばかりの伊吹は泣きそうになっているではないか。


 大神姉妹はそれを四個、何の有難みもなく食べてしまった。


「ご、ごめんなさい……! え、えっと……支払いはカード? キャッシュ? えっとお財布は――」

「もちろんタダに決まってるだろ」

「い、いやいや! そういうわけにはいかないよ! だって凄く美味しかったし、色々とお世話になってるわけだし――」

「落ち着け大神。俺はお前達に食べて欲しくてやったことであって、別に金が欲しくて食べさせたわけじゃない」


 それに――と煌輝は頭の中で何か逡巡させたのか言葉を一度置いた。


「大神みたいにトマトが嫌いな者でも、これが食べられる代物だとわかって少し安心しているんだ」

「安心?」

「小さい頃の――多分幼稚園くらいの頃の話になるが、大神のようにトマトが嫌いだって言っていた奴が居たんだ」

「え……」


 その言葉に、美颯は思わず固まった。


「あ、あのさ……それってもしかして、女の子だった……?」

「記憶が曖昧でよく覚えていなんだが……何か知っているのか?」

「う、ううん。続けて……?」


 聞かれて美颯は胸の前で両の手を開き、小さく左右に振る素振りを見せて続きを促す。

 それで、と煌輝も話に戻る。


「誰と約束したかまでは覚えていないんだが、いつか俺が世界で一番美味いトマトを食わせてやるって、軽はずみに約束してしまった記憶があってな。まあ、約束は約束だからってことで作ってはみたんだが……何せ幼少の記憶だからな。向こうも覚えてはいないだろう」


 ――瞬間。美颯の目が大きく開かれる。


 暴走する電車内で会った時も、教室で再会を果たした時も、彼は何も覚えていない様子だった。


 だというのに、遠い彼方へ消えて失くなったと思っていたはずの記憶が、ここに来て彼の中に小さな断片として残っていることがわかってしまった。


 それが今日まで心の中で大切に温めてきた思い出だっただけに、美颯はまさに不意打ちを受けたような気分だった。

 

「君は“不意打ち”が得意だって聞いてたけど、本当にそうなんだね」

「……は?」

「なんでもないよ」


 火照る自身の顔を隠すように顔を俯かせるが、その口元は微笑している。

 今日まで心の中で大切に温めてきた思い出は、今もなお生き続けている。それがわかっただけで美颯は嬉しくて仕方がなかった――。

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