第39話

***


 まずは部屋の準備からだった。

 部屋自体はたくさんあるものの、急だったこともあってどの部屋も物置と化している。


 ということで、ひとまずは煌輝の部屋を二人に明け渡すということに決まったのだが、部屋の中は所狭しと本が床に散乱していて足の踏み場もないような状態だった。


「……すまない。直ぐに片付ける」


 どうも草摩煌輝という人間は、花以外のこととなると、自身をも含めてとてもいい加減な人間になるらしい。


 部屋の中と外とではあまりに景色が違って見えて美颯は目を丸くさせてしまうが、意を決して彼女も煌輝の部屋へと足を踏み入れる。


「二人でやった方が早く終わると思うし、私も手伝うよ」

「じゃあ散らかってる本を幾つかに分けて山積みにしてもらえるか」

「わかった。それにしても凄い量だね。これ全部植物の本?」


 一冊手に取った美颯が興味津々に尋ねる。

 

「あくまで趣味だがな」

「本当にお花が好きなんだね」


 不意に向けられた笑みがあまりに優しくて、煌輝は思わず首を傾げた。


「なんだ?」

「ううん。凄いなって」

「……凄い?」

「うん。だって授業中はボーッとしてたり寝てることが多いのに、お花のことならこんなに一生懸命になれるんだなって」


 部屋中に散らかった植物の本を見て、美颯は嬉しそうに笑った。

 他人事だというのに、さも自分のことのように喜ぶ美颯に煌輝も戸惑って頬をかく。


「……まあ、好きなことだからな。夢中になってるってだけで、別に凄いことじゃない」

「そんなことないよ。頑張ってる人って、かっこいいと思う」


 直球的な言葉とうっとりしたような視線に、煌輝もさすがに動揺を隠せず目が泳ぐ。

 気恥ずかしさを紛らわせようと積まれた本を手に取って棚に戻してみるが、それだけの作業なのになんだかやけにぎこちなくなってしまう。


 話を繋ごうにも口下手で何を話したらいいのか――

 そんなことを考えていた矢先、煌輝の後頭部に本が直撃した。


「痛ッ……!!」


 当たったのが本の角だったこともあって、煌輝は危うく悶絶しそうになる。

 涙目になって美颯を睨むと、そんな彼女は彼女で口元を戦慄かせて顔を真っ赤にさせていた。

 

「な、なんだよ……!? 本は投げるものじゃないって、フランスでは教わらなかったのか!?」

「なんだよじゃないわよ! たくさん本を読んでるみたいだから、ちょーっと勉強熱心な人なのかなって思ったのに……やっぱりエッチな本持ってるじゃないっ! 変態っ!」

「え? え……?」


 赤面しながらポコポコと叩いてくる美颯に、煌輝は今度こそ意味がわからなくなった。


「お、落ち着け! お前は何か誤解している!」

「嘘つかないで! ここに思いっきり『エロ』って書いてあるじゃない!」


 美颯が指差す先はベッドの下。そこから顔を出していたのは一冊の本だ。確かに『エロ』の大きな二文字が見て取れる。

 だが、その一冊の本を見た煌輝は「ああ、これか……」と似たような誤解を絢芽から受けたことを思い出していた。


「あのな、大神」

「近寄らないで! 絢芽さんとイブが買い物で留守だからって……わ、わたしに欲情しないでよね!」


 恥ずかしそうに我が身を抱きしめる美颯に、煌輝は大きなため息をついた。


「だから大神。その本をよく見ろ」

「よく見ろですって!? わ、私にこのエッチな本でなにを勉強させたいわけっ!?」

「いや、そうじゃなくて……とにかくその本の表紙をよく見ろ。お前は大きな誤解をしている」


 語句を強めてようやく美颯は恐る恐る表紙に視線を落とす。

 そして――固まった。


「え……?」

「俺もこの本を買ったときは不思議に思ったんだ」


 著者に邪な感情でもあったのだろうか。どうしてそうなったのかはわからないが『エロア』と表記されたこの本――実は“アロエ”の本なのだ。


「表記が完全におかしいが、それは紛れも無くアロエの本だ。決してそういう類のものじゃない」


 ちなみに絢芽が誤解したときは『そういうお年頃なのはわかりますが、わたしたちにはまだ早いと思います! で、ですが……煌輝さんがどうしてもと仰るのなら――』などと意味不明なことを言われ、誤解が解けたら解けたで、今度は大きなため息をつかれガッカリされるという謎すぎる挙動を取られた過去がある。


「その……なんだ。紛らわしい物を置いてて悪かったな」


 本を取り上げられた美颯はしばらくの間顔を真っ赤にさせ俯いたまましばらく置き物のようになっていたが、急にスイッチが切り替わるとベッドの下や棚の隙間を隈なく漁り始めるという奇妙な行動を取るのだった――。

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