第38話


 合成魔獣が襲撃してきてから数日経った、とある週末の夕刻頃。


 魔導協会からの郵便物を受け取っていた煌輝の元へ、何のコンタクトもなしに、とある人物が玄関の前に立っていた。

 

「突然で本当に申し訳ないんだけど、よかったら煌輝くんのお家に泊めてもらえないかな……」


 そう言って、忽然として家を訪ねてきたのは大神美颯その人だった。伏し目がちに話す美颯の手にはキャリーケースが握られている。

 そして、


「大神の後ろにいるのは……?」


 指摘して美颯の背後に隠れていた小柄な少女と思わしき影が、ひぅと儚い悲鳴をあげた。


「私の妹だよ。前に言ったでしょ?」

「あ、ああ……そうだったな。……で?」

「だから、お家に泊めてほしいの」

「ふむ……」


 再びの沈黙が煌輝達を襲う。

 

「――煌輝さん、これは一体どういうことですか?」


 部屋に帰ってくるのが遅いと感じて様子を見に来たのか、煌輝の背後にはいつの間にか絢芽が立っていた。


 いつからそこに居たのかはわからないが、どうやら今の一部始終を見ていたらしく、ニコニコと煌輝へ視線を向けている。だが、その視線は人が殺せそうなほど禍々しい殺気だった。


 なかなか答えない煌輝に業を煮やしたのか、絢芽は改めて尋ね返す。 


「訊き方を変えましょうか。このお二人とはどういった関係で?」

「えーっとだな……」


 事は色々な意味で急を要するのだが、煌輝も言葉を選ばねばならない状況にあった。


 たった今手元に届いた一通の赤封筒は、魔導協会からの特務を示すものだ。記された内容と照らし合わせて、煌輝は必死に吐き出す言葉を選んでいた。


 色々と混乱する状況だが、冷静に。そう――冷静に。

 

 ――数少ない女友達だ。

 

「この二人は……俺の女だ」


 言い切った。要所要所が抜けていたが、ハッキリと、そう言い切った。


「ななななななっ――!?」


 驚きの声を上げて赤面するのは美颯。顔を手で覆い隠して「はわわ」と慌てるのが後ろの小柄な影。そして目のハイライトがスッと消えたのは絢芽だ。


 そんな三者三様の表情を見て、煌輝はきょとんとしていた。説明が不足していることに本人は全く気が付いていない。


「そういえば、先日学園にいらした方ですよね。失礼ながらお名前を伺っても?」

「あ、はい。大神美颯です」

「大神美颯、さん……」


 そう言って絢芽は昔を懐かしむように遠い目をする。


「貴女がそうでしたか。会うのは十数年ぶりですね」

「え……?」

「煌輝さんのご学友だとお話はかねがね伺っています。随分とお世話になっているそうで。うちの煌輝さんがいつもご迷惑をお掛けして申し訳ありません」


 凄まじく丁寧な挨拶と只ならぬに雰囲気に美颯は若干気圧され気味だった。

 だが、 


「そ、そんな! 迷惑だなんてとんでもないです! 私が好きでやってることですからっ!」


 空気がまた一段と重くなった。


「そうですか。好きでやってることですか」

「あ、絢芽……?」

「あら、わたしとしたことがとんだご無礼を。申し遅れました。わたしは草摩絢芽と申します。以後お見知りおきを」


 表情は間違いなく笑顔なのだが、どこか笑っていないように見えるのは煌輝だけではないだろう。


「よ、よろしくお願いします……ほら、イブも。ちゃんと挨拶しなさい?」


 すると美颯の背後からひょこっと、小柄な銀髪の少女が顔を出した。

 それは以前煌輝が花壇の前で出会った少女である。


「ああ、君はこの前の」

「お、大神伊吹おおがみいぶきです……」


 背の高い煌輝を見上げるように、頬を赤らめながら少女は名乗った。

 学園で見た時も似ていると思ったが、実際に美颯の隣に立つとさらによく似て見える。


「え? 煌輝くん、イブと話したことあるの?」

「ああ。ちょっと用があって花壇に行った時なんだが――ってどうしていきなりスマホを取り出すんだよ大神! 絢芽もどこへ電話しようとしてるんだ!?」

「警察ですが?」

「おかしいだろ! 今の話のどこに警察が介入する余地があるんだよ!」

「わたしだってできることなら警察となんて関わりたくありません! ですが事態が事態です。本当に不本意ですがここは琴音さんを介してどうにか便宜を――」

「だから俺を犯罪者か何かとして話進めるのやめろよ!? ただ花壇を見に行っただけだから!」


 慌てて弁解する煌輝だが、二人は半眼になってじーっと睨みつけてくる。


「あ、あの……せ、先日は……素敵なお花をありがとうございました……とても嬉しかったです……」

「別に礼を言われるようなことじゃない。綺麗な華には、綺麗な花が似合うからな」


 真顔で言われた伊吹は、口元をわなわなさせながら顔がどんどんトマトのように赤くなっていく。


「もしもし、琴音さんですか? ちょっとお話ししなければならない事案があるんですけど――ええ。煌輝さんが少女を」

「だからやめろって! 綺麗なものに綺麗だと言って一体何が悪いんだ?」

「……ぁぅ……」


 そしてついに――ぴょこん! と伊吹の頭から飛び出したのは狼の耳だった。


「まあ!」


 絢芽は声音を喜々とさせ、まあまあと言いながら伊吹に近づくと、頭に生えた獣の耳に目を爛々と輝かせた。


「これって本物の耳ですか?」

「は、はぃ……」

「あ、あの……触ってもよろしいですか……?」

「えっ!? えっと……その……はい……どうぞ……」


 恥ずかしそうにお辞儀をするように頭を少し下げた。


「まあ! もふもふです! なんて愛らしいのでしょうか! あの、尻尾はあるんですか?」

「い、一応……でも、外ではちょっと……」

「はっ! わたしとしたことが大変申し訳ありません。ささ伊吹さん。どうぞ家にお入りください。由緒正しい家柄ですので多少外観は古く思われるかもしれませんが、掃除は毎日のように煌輝さんがしてくださっているので綺麗なんですよ」


 ニコニコと笑顔を浮かべて屋敷の中へと伊吹を招き入れる絢芽に、煌輝と美颯の二人は呆気にとられていた。

 彼女が可愛いもの好きであることなど、煌輝は生まれてこの方初めて知ったことである。


「順序が逆になっちゃったけど、しばらくの間居候させてもらえないかな……家賃だって払うし、家事とかも手伝うから」


 煌輝は手に持っていた赤封筒の中に記されていた内容と照らし合わせて一考する。

 

『特務――“大神美颯・大神伊吹。以上二名を来る日まで護衛せよ”』


 護衛には煌輝と琴音が選出されており、一連の流れから考えるにやはり既に大きな事件の渦中に自分達が巻き込まれているのだと理解する。


 『来る日まで』がいつまでを指しているのかがわからず曖昧な内容だが、かといってこれを放棄することなど煌輝の思考には微塵もない。


 むしろ護衛するにあたって、彼女たちが居候してくれた方が色々と楽なのではないだろうかと考えていた。


 それに彼女の反応から察するに、この依頼人が彼女達自身ではないということがわかる。それは見方によれば、もっと何か大きな組織が動いているとも取れる。


「だめかな……?」


 ――これだけ真面目な彼女の頼みだ。本当に行く宛がここしかないのだろう。

 そう考えて煌輝は事情はあえて聞かないことにした。


「別に泊まるのは構わないぞ。何もない家だが、それでもいいならゆっくりしていってくれ」

「……! ありがとうっ! 本当にありがとう……」


 感極まって泣きそうになってこちらを見る美颯に、煌輝は恥ずかしさを紛らわせるように目を逸らす。


 女三人よればかしましいと、どこかで聞いたことがあるが、この組み合わせなら問題ないだろうと煌輝は高をくくっていた。


 そんな煌輝と彼女達のひとつ屋根の下での生活が、これから始まるのだった。

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