第37話
何者かによって放たれた銃弾が、銃声が鳴ったとほぼ時を同じくして、西蓮寺茉莉の左胸へと突き刺さろうとしていた。
「おっと、危な――」
咄嗟のことでも超反応を見せる少女は、遠距離からの狙撃を間一髪のところで身を反らして躱した。
そのはずだった――
「あっ、れぇ……?」
躱したはずの弾丸は直角に進行方向を変え、少女の左胸を貫いた。
ぱたりと倒れこんだ少女の左胸からは、おびただしい量の血が服から滲み出て確実な致命傷であることがわかる。
だが、
「痛たた……おかしいなぁ。ちゃんと避けたはずなんだけど。どうして当たったのかなぁ?」
少女は何事もなかったように、平然と起き上がり疑問を口にする。
常人なら当然即死するはずだった一撃が、この少女には全く効いていないのだ。
「絢芽ちゃん、わかる?」
「それは本人から聞いた方が早いかと」
銃弾が直角に曲がって命中したことを、別段珍しくも思っていない様子で絢芽は淡々と答える。
そして、
「
背後の声に少女が振り返ると、そこには銃を構える上杉紫の姿があった。
「げっ――紫ちゃん……!」
紫と顔を合わせた時の煌輝と全く同じ反応を見せる少女。
「あなた達“親戚”だけあって揃いも揃って、本当にいい顔してくれるわねー。思わず引き金を引いちゃいそうだわ」
「もう引いてるし! ていうか、その吸血鬼ちゃんって呼ばれるの好きじゃないって茉莉前に言ったよねぇ? 茉莉には、ちゃんと茉莉って可愛い名前があるんだよ!」
変わらず銃口を向ける紫に対し、自らを茉莉と名乗る少女は頬をぷくっと膨らませる。
「自分の名前を自分で呼んじゃうところが相変わらず頭悪そうね」
「これは茉莉のあいでんてぃてぃなの! 可愛いは正義なんだよ!」
「うんうん。本当に頭が悪いのね。わかったわかった」
軽くあしらう紫に、もぉー! とムキになる茉莉。
そんな二人のやり取りを見ていた美颯は未だに腰が抜けたままだった。
国家魔導師として幾つもの修羅場をくぐり抜けてきたつもりだが、こんなに実力差を痛感させられたのは生まれて初めてのことである。
しかしそれ以上に気がかりだったのは、吸血鬼を相手に臆することなく堂々たる振る舞いを見せる和服に身を包む少女の存在だった。
魔導序列十六位の紫なら吸血鬼を相手にすることも可能なのかもしれないが、和服の少女の年齢は見た限りでは美颯達と年齢はほとんど変わらないように思える。
「あ、あの先生……この人は……?」
「絢芽のこと? この子は“八乙女”所属の――“東洋の彼岸花”よ」
さも平然とした様子で紫は告げたが、美颯は体中に電気が走ったような衝撃を受けていた。
“東洋の彼岸花”は魔導序列二十一位の植物使いが持つ異名であり、遠い異国の地で暮らしていた美颯でも一度は耳にしたことのある名だった。
しかし驚いたのはそれだけではない。
「“八乙女”って、本当に実在するんですか……!?」
吸血鬼保護組織――通称“八乙女”。
日本魔導協会が保有する特殊機関にして、吸血鬼に対し有効な攻撃手段あるいは同等の力を秘めているとされている戦闘のエキスパート集団。
構成員のいずれもが女性であり、国内に存在する吸血鬼――“西蓮寺”の一族を保護および暴動の抑止が役目となっている。
日本では古くから“西蓮寺”は女系の一族とされており、吸血衝動に駆られるトリガーとなるのが性的興奮によるものであるため、対戦闘員は必要以上に相手を刺激しない同性であることが望ましいとされている。
「ええ。基本的には西蓮寺に降りかかる厄介事を一手に担うのが彼女達の役目よ」
「一手にって……これだけの力があって、助ける必要があるんですか……?」
「これだけの力があるからこそ、よ。この子達にとってはじゃれ合ったつもりでも、こっちからしたら怪我じゃ済まなくなるからね」
吸血鬼が血を吸うことで通常の何倍にも力を増すというのは数ある伝承の中でも有名な話だ。
生き血を得た吸血鬼は人類を超越するほどの力を持ち、身を霧や蝙蝠の姿へと変えることもできれば、千の魔術を操るとさえ言われている。
また、喉の渇きを潤すために新たな血を求め、時に不老不死であるが故に時間を持て余し戦を求め、それは天災と呼ぶに相応しいほど甚大な被害をもたらす。
幸いにも西蓮寺は伝承どおりのような野蛮な怪物ではないが、彼女達が生き血を好物としているのは確かなことで、万が一に彼女らが血を求めて戦を仕掛けるようなことが起きれば、国内もただでは済まなくなる。
そんな吸血鬼達から国を護る最後の砦となるのが“八乙女”と呼ばれる組織なのだ。
「それで? あなた達は何しにここへ来たの?」
「とある人物の痕跡を追っている最中だったのですが、こちらの方から急に悪しき気配を感じたので、もしやと思い駆けつけたんです」
紫の問いに絢芽が簡潔に答えた。
「でもハズレだったみたいだねぇ」
「そうとも限りませんよ。わたし達の気配に勘付いて、わざとこちらへ仕向けたのかもしれません。テロリストと合成魔獣の関連性は不明確ですが、どちらも“
「まぁ、タイミングが良すぎたってのはあるよねぇ」
二人にどういった命令が下って動いていたのかはわからないが、二人が追っていた人物と学園で起きた襲撃事件は一連性の高い犯行として見ているようだ。
「構成員の一人でも捕まえてくださっていれば、わたし達の方で調べようもあるのですが」
「それなら煌輝達が捕まえてるんじゃないかしら?」
「えっ、コウくんいるの? どこどこ?」
「高等部の方よ。それより――まだ居るみたいね」
校舎の影に潜む、獰猛な気配をいち早く察知した紫が拳銃を構えた。
「茉莉がやろうか?」
「あなたがやったら校舎が吹き飛ぶからダメよ」
「じゃあ私が――」
と、美颯が言いかけた時、
「ここはわたしに任せてください」
誰よりも先に動いたのは絢芽だった。
言うやいなや、植物の蔓が地面から生えだし合成魔獣をみるみるうちに絡めていく。
だが――絢芽の攻撃はこれで終わりではない。
女性をかたどったような植物の人形が出現し、前面が左右に開くと合成魔獣が中へと放り込まれた。
中は空洞となっているが開いた扉の内側には鋭利に尖った棘が突き出ており、それはまるで――“
「どうか安らかに」
絢芽が祈るように手を組むと、扉は固く閉ざされる。
中から音が漏れることはなかった。そしてその扉が開くことも二度となかった――。
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