第35話
煌輝達が校舎裏へとたどり着くと、そこには四足歩行の動物で犬のように見える生き物が、無差別に生徒を襲いながら学園内を駆けまわっていた。
筋骨隆々とした肉体は大型犬の二回り以上はあり、爪は猛禽類のように鋭く、額には太い一本角が生えている。とても犬の括りでは収まりきらない。
グルルと唸り声をあげながらこちらを威嚇する生き物に対し、琴音は酷く冷めた目つきで睨み返していた。
「ワンちゃん、と呼ぶには些か醜いわね。まるで血に飢える獣のようだわ。新種かしら?」
「新種なわけないだろ。狼ってわけでもなさそうだけどな。“
二人がそんなやり取りをしていると、その隣にいた美颯は怯えたように瞳を揺らし動揺していた。
「――“
「キメラ……? なんだそれは」
「イブが危ない――!」
「っておい、大神!?」
顔面蒼白になった美颯は目の前に居る謎の生物の存在など目もくれず、煌輝の質問を無視して一目散に中等部の方へと走りだしていく。
「待て大神! ああ、クソッ! 一体何がどうなってるんだ!」
「わからないわ。でも何か様子がおかしいのは確かね。それに何かこの生物について知っているようだったわ」
「――それは第一級危険指定生物の“
遅れてやってきた紫に二人は揃って顔を向けた。
二つ以上の生物の遺伝子を強制的に取り込ませて作り上げた存在。それが“合成魔獣”の正体である。
海外では軍事利用され作戦に導入するような国もあるというが、日本では製造そのものが禁止されている。
口の端から涎を垂らし、目の焦点は定まっておらず興奮状態に陥っている様子だった。敵味方の区別がついていないようで、噛みつきあっている個体も見て取れる。
「こんなの、一体どこから?」
「特区の南東部――今は廃工場地帯になってるけど、数年前まではそこで対吸血鬼用の“合成魔獣”を生育する研究がされてたの。その生き残りってところかしら」
一部地域を占領された欧州とは違い、日本国内では領地の占領もなく欧州ほど吸血鬼の存在が畏怖されているわけではない。
だが国内を暴れまわった吸血鬼が結果として八つもの特区を生み出したのは紛れもない事実であり、壊された世代にとっては間違いなく憎悪の対象である。
それも全ては国が区画整理と称して始めた“魔女狩り”によって、罪もない吸血鬼達を一方的に皆殺しにしたことが原因なのだが、政府が情報操作を行ったことにより国民の大半はこの真実を知らない。
度重なる偏向報道と情報操作により国民は偽りの情報に嫌悪を抱いているのだ。
その結果が“合成魔獣”の研究であり、それだけ政府側が吸血鬼を危険視しているとも取れるが、煌輝は政府側の底知れぬ闇の深さに恐怖を覚えていた。
そんな日本の将来性を危惧していた時、けたたましい爆発音が鳴り響き辺り一帯が大きく揺れた。
「――ッ!?」
それは単なる爆発でなかった。
煌輝達だけでなく、合成魔獣達の注意すらも惹きつけてしまうほど動物本能的に危険な匂いがしたのだ。
「今の爆発……方角からして大神さんが向かった中等部の方からね。大丈夫かしら?」
「何か起きているのは確かね。とりあえずあっちはあたしが向かうから、この場はあなた達に任せるわ」
「了解しました。合成魔獣の対処は如何に?」
「殺して構わないわ。“身体活性化”も施されてるみたいだからくれぐれも気をつけなさい。銃弾一発程度じゃ足は止まらないわよ」
冷酷な判断を下した紫は中等部へと走り去っていく。
「……なんて酷いことを……」
目が赤く染まり殺気立って血に飢える合成魔獣の姿を見て、煌輝は怒りや哀れみ、悲しみといった様々な感情に駆られ葛藤していた。
――この姿になる前は、きっとただの犬種か何かだったのだろう。
何の罪も持たなかった生き物が、人間の非情な手によって感情や心、姿さえも奪われ兵器として作り変えられたのだ。
同族同士で噛みつきあっているところから見ても、自我が保てている様子はなく、それはつまり目の前にいる合成魔獣は全て失敗作だということがわかる。
「余計なことを考えるのは止しなさい。悲しいだけよ」
「……わかっている」
煌輝は目をぎゅっと瞑った。
「目を背けたくなるのもわかるわ。でもこれは私達にはどうすることもできないの。元の姿にも戻してあげられないでしょうし、どのみち理性もないから生きていても可哀想なだけよ」
「わかっている……!! だが……ッ!」
やるせない気持ちを払拭しようと必死に頭を横に振るが、気持ちの整理がつかない。
だが相手が待ってくれるはずもなく、今にも煌輝に襲いかかろうとしていた。
「草摩君がやらないなら私がやるわ」
そう言って琴音は帯刀していた愛刀を鞘から抜き出すと、襲いかかってきた合成魔獣の一匹を躊躇いなく斬った。
真っ二つに割れた合成魔獣は血飛沫すら舞うことなく一瞬にして凍結し、倒れた際に生じた衝撃により粉々に砕け散っていく。
氷月の一族に伝わる“氷呪”の刻印が施された刃は、切り口から瞬時に絶対零度を生む冥府の妖刀である。
琴音の愛刀によって次々と斬られていく合成魔獣達は、恐らく痛みすら感じぬまま絶命しただろう。それはある意味、苦しませずに殺せることが合成魔獣にとってせめてもの救いだったのかもしれない。
「サンプルがあると便利かしら。草摩君、捕獲できそう?」
「俺が……?」
「生きたままでの捕獲なら、貴方が一番の適任者だと思うのだけど」
煌輝は一瞬迷ったが、どちらにせよ煌輝に合成魔獣を殺せるだけの力はない。ここは自分にできることをやるべきだろうと考えた。
「……わかった」
覚悟を決めて合成魔獣と対峙する煌輝。
いつものように注意を自身に引きつけながら種を蒔き、タイミングよく足元から一気に蔓で縛り上げる。
しかし――縛られた合成魔獣は突如、断末魔の叫びをあげながらその姿をみるみるうちにどろどろに溶かしていく。
「――ッ!? 溶けた?」
「どうやら悪しき類の魔術が施されているようね」
草摩は代々から悪と戦ってきた正義の一族だ。
古くから植物や花には魔除けとしての力があるとされており、草摩はそんなあらゆる植物が持つ退魔の恩恵をその身に宿している。
中でも煌輝が繰り出す蔓にはありとあらゆる能力を封じ込める恩恵が宿っており、その力は歴代の草摩の人間の中でも特に抜き出ている。
合成魔獣が溶け出したことから、何らかの魔術の力が施されていたことがわかるが、現状では何の類であるかまではわからない。
「これじゃ私が凍らせて持って帰るしかないわね。こういうのあまり得意じゃないのだけれど」
「……すまない」
「別に謝る必要はないわ。代わりにテロリストの拘束を任せてもいいかしら。それなら貴方にもできるでしょう?」
「ああ。わかった」
この場にはまだ美颯が倒したテロリストが残っている。役割を分担した方がいいと、そうやって自分を無理矢理に納得させ、煌輝と琴音の二人は二手に分かれるのだった。
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