第34話

 瓦礫や粉塵と化した土煙が、その中心地にいた煌輝の姿をたちまち覆い隠す。もちろんまともに食らっていれば煌輝の体は肉片と化しているだろう。


 次第に弾切れや魔力切れが起こり、辺りは少しずつ静かになっていく。

 至って冷静な声音と半ば呆れたような声音が発せられたのは、その直後のことだった。


「草摩君は、狭くて暗い場所に引きこもるのが好きなの?」

「あなたって本当に面倒なことに巻き込まれるの好きよねー。不幸に愛されてんじゃない?」


 煌輝を守るようにして発動された黒薔薇の蕾。そしてその周りを覆うようにして氷のドームが展開され、さらにその外側では陰陽術による封印結界が発動されていた。


 不自然な体勢のまま固まった生徒とテロリストの間を悠然と入ってきたのは、琴音と紫の二人だった。


「それにしても、どうやったら一度にどちらとも敵対できるの? これはもう才能の域じゃないかしら」


 三重の防御壁によって身を守られた煌輝は、何か納得の行かないといった様子で蕾から出てくる。その時には既に、辺りのテロリストは美颯の手によって倒されたあとだった。

 

「随分と不機嫌そうね。何かあったの?」

「……嵌められたんだよ。大神に」


 厳密に言えば囮として使われたのだ。

 仮にも光を力の源にしている一族なのだから、好き好んで蕾の中に引きこもったわけではない。


「あら、大神さんも面白いこと思いつくのね」

「全然面白くないんだが。というか助けるならもう少し早く助けに来てくれ」

「これでも急いだ方なのよ? それに、私は別に草摩君がずっとそこで置物になっていても構わなかったのだけれど」


 琴音の言い分に、煌輝はぐっと言葉を詰まらせた。

 別に琴音たちの防御壁がなくとも黒薔薇の蕾があればダメージはなかったのだが、この能力には欠点がある。


 ――動けないのだ。発動したその場から。


 蕾の中に引きこもったまま攻撃することも可能ではあるが、通常時の煌輝自身の攻撃には射程範囲があるため、範囲外へ逃げられた場合やその外側からの攻撃には手も足も出ず防戦一方となってしまうデメリットがある。


 そして今まさにその形になってしまったということになる。


「いや、その……助かった。すまない」

「ふふ。貴女のそういう素直なところ、嫌いじゃないわ。それに囮役としては十分に機能したことだし。ですよね、先生?」

「そうね。結果的にあなたが囮になってくれたおかげで、手荒な真似はしなくて済んだわ」


 手に護符を持った紫は、もう片方の手に持つ拳銃をクルクルと指で回しながらそう言った。


 しかしもう一方で、ガチガチに震えあがった魔導科の生徒達を見て紫は大きくため息をついた。


「これは演習のカリキュラムを大幅に見直すべきかもしれないわね。明らかに実戦経験不足だわ」


 指揮を執る人間がいないだけで、こうも生徒達が無力であるとは思いもしなかったのだろう。日頃からリミナスの制御に関して講師を勤める立場としてのショックは大きい。


 成守学園では国家魔導師資格の取得に重点を置いている学園だが、その他にも能力を制御するということも目的の一つとされている。


 特に感情が乱れているときほど体内を巡るリミナスの制御は不安定になり、意図せず力が暴走することや肝心なときに能力が発動しないといったケースもある。


 逆にリミナスを制御できる能力者の肉体は常人よりも遥かに活性化されていて強く丈夫であり、そのため上手くコントロールさえできれば生身でも銃弾をある程度防ぐことも可能だ。


 しかしこういった状況下で力を発揮できねば日々過酷を極める訓練を行ってきた意味がない。


 魔導犯罪が増えつつある近年では、犯罪の未然防止や抑止だけでなく己の力を制御することも大切なことである。


 国家魔導師とはそういった力を求められる存在であり、能力者とは余りある力を制御する術を持たねばならない特殊な存在なのだ。


「そんなことより、これからどうしますか?」


 全然そんなこと程度では済まないのだが、学校のカリキュラムになど興味がない煌輝は平然とした顔で紫に指示を仰ぐ。


「美颯の方も終わったみたいだし、とりあえず生徒の安全確認を――」


 言い切る前に紫が口を閉ざしたのは、謎の気配を感知したからだった。それは煌輝も琴音も、近くにいた美颯にも伝わっている。

 人ではない、何か獰猛な獣を彷彿とさせる気配。それが凄まじい速度で近づいてきている。


「疾いわね」

「ああ、それも何十匹もいるな」


 謎の気配が学園の敷地に侵入してきていることはわかる。しかし居場所をはっきりと特定できないのは、野生の獣が獲物を狩るかの如く気配を隠して身を潜めているからだ。

 煌輝達のいる校舎の正面ではなく、校舎の裏側から生徒の悲鳴と謎の生物の耳障りな咆哮が聞こえてきたのは、その直後のことだった。

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