第32話
本来なら赤色とは活気や情熱といった強いエネルギーを彷彿とさせる色である。それは花言葉でも同じことが言え、学園を明るくしたいのならむしろ選ぶべき色だっただろう。
しかし赤色には怒りや攻撃的といったネガティブなイメージもあり、魔導科の存在するこの学園で赤色から連想されるものは“血”。
つまり――“死”を連想させる色だ。
できることなら日常を平和に過ごしたいと考える煌輝の密かな願いと、ほんの僅かな配慮が花壇に込められているのだ。
「願掛けみたいなものだ。大した理由はない」
「そう、なんですか?」
説明するのが気恥ずかしくなって適当なことを言った煌輝に、少女は見上げるようにして小首を傾げる。
そんな時、煌輝のスマートフォンから着信音が鳴った。
相手が絢芽だと知るやいなや、帰宅が遅いことへの文句だと瞬時に理解し慌てて電話に出る。
「もしも――」
『煌輝さん? いつになったら帰ってくるんですか!? 今、どこで、誰と、何をしているんですか!? 今何時だと思ってるんですか! いつまでわたしを放ったらかしにするんですか!』
絢芽からの声がスマホから鳴り響き、煌輝は思わず耳から離してうんざりした表情をする。
まだ日が沈んだばかりだというのに、いくらなんでも門限が早過ぎる。と言ったところで余計な小言を招くだけだということはわかっているので、煌輝も諦めて帰路につくことにする。
「わ、わかったから! すぐに帰るから!」
返事を聞かずに携帯の電源を切った煌輝は、がっくりと肩を落としてため息をつく。
話しの途中だったことを思い出し少女の方へ視線を向けると、口元を押さえてクスクスと可愛らしく笑っていた。どうやら会話内容が筒抜けだったようだ。
「すまない。急いで帰らないといけなくなった……」
「気にしないでください。とても心配しているようでしたし……お姉ちゃんも、もうすぐ来ると思います」
「なんだか長話に付き合わせてしまって悪かったな」
煌輝が謝ると、少女はふるふると首を横に振った。
「とても、楽しかったです。また……ここへお花を見に来ても、いいですか?」
「もちろんだ。君に見てもらえるなら花もさぞ喜ぶだろう」
それじゃ、と歩き出した煌輝だったが、急に立ち止まると少女の元へと方向転換して戻ってきた。
「ど、どうかしましたか……?」
さっきよりも距離が近いせいか、少女は瞳を丸くさせながら上目遣いに煌輝を見上げる。
「好きな花はあるか?」
唐突な質問に少女は一瞬困惑するが、その答えは意外にもあっさりと出てきた。
「えっと……ひまわり、です」
見た目に反して意外だなと思ったが、その考えは直ぐに改まる。
真夏の太陽が照りつける青空の下、ひまわり畑で麦わら帽子をかぶって純白のワンピースを身にまとえばさぞ絵になると思い直したからだ。
花言葉としても“情熱”や“光輝”といったポジティブなイメージから、“憧れ”や“敬慕”と言った姉を敬う健気な少女にぴったりな意味合いもある。
そして太陽に向かって元気に咲く花だからこそ、彼女の儚さもよりいっそう際立つ。そしていつか、少女もひまわりのように強く咲いて欲しいと願わずにはいられない。
「なれるといいな。ひまわりのように」
「はい……頑張り、ます……!」
少女は語気を強めながら胸の前で握りこぶしを作った。
「これは俺からの入学祝いと修繕の礼だ。あっちの方を見てくれ。何が見える?」
そう言って煌輝が指さした先を少女は見るが、見えるのは校舎だった。
彼の意図がわからず首を傾げて視線を煌輝の方へ戻すと、目の前には花弁が橙色に染まる一輪の小さなひまわりが咲いていた。
「……え? “サンリッチオレンジ”!? え……えっ!? い、一体どこから……!?」
あるはずのないものが目の前に突然現れたことに、少女は混乱していた。
サンリッチはひまわりの種類の一つ。その中でも橙色のひまわりには“未来をみつめて”という花言葉がある。
「これを……私に……?」
「ああ。受け取ってくれ」
「……ぁ、ありがとう、ございます……」
少女は頬を赤く染めながらゆっくりと花を受け取ると、耳まで真っ赤にして俯いてしまった。
その反応の真意がわからず煌輝は首を傾げるが、ひまわり全般が指す花言葉の中には“君だけを見つめる”といったプロポーズに使われる類も含まれている。
もちろん、煌輝はせめてものお礼のつもりで花を贈ったのだが、花言葉の意味を知って少女に贈ったのかどうかは全く別の話である――。
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