第27話
「あなたってなんだかんだ面倒見いいのよね。琴音の時もそうだったし。小さい子になんか特に優しいわよね。あ、もしかして、あたしに似たのかしら」
――反面教師だと思ったことは幾度となくあるが、この人は一体何を言っているのだろうか。
「美颯のことも煌輝に任せちゃっていい?」
「いいわけないでしょう。別に誰かの面倒なんて見ている覚えはないですし、そもそも俺が暇人みたいな言い方はやめてください」
「何言ってんのよ。あなた暇人でしょ?」
「失礼な! 俺だって色々と忙しいんです!」
「忙しいって、例えば?」
「例えば……」
改めて問われると直ぐに返答ができず口を歪ませる煌輝。面倒事なら今目の前にあるのだが、相手は仮にも教師である上に紫だ。そんなことは死んでも言えない。
適当なことを言ってはぐらかそうかと思ったが、追及されたらされたでまた面倒なことになりそうなので、早く帰りたいという思いもあってついまともに受け答えてしまう。
「品種改良の研究とか、新種の花を作ったりとか……」
とりあえず思いつくことを片っ端からぶつぶつと言っていると、
「煌輝。あなたとっても大事なことを忘れてるわよ」
「……え?」
物凄く真剣な表情で言われ、煌輝は一瞬目を丸くさせる。
大事なことだと言われ、それが何なのか割りと真剣に考えていると、急に紫が椅子から立ち上がった。
「わからないなら、目の前を見てみなさい。何が見える?」
谷間を見せつけるように豊満な胸を腕で寄せた紫は、上目遣い気味になって色っぽさをアピールし始めた。
――未成年に向かって一体何をしているんだろうこの人は。
煌輝は眉を寄せて困惑しつつも、割りと真面目な顔をして答える。
「何って、バケ――綺麗な先生です。はい」
途中で言い直したのは、紫がホルスターから銃を取り出しかけていたからだ。言い切っていたら今頃は蜂の巣になっていたかもしれない。
「そう。煌輝の目の前にいるのはあたし。つまり女性。あたしとあなたは男女の関係。そしてあなたはもっと異性に興味を持って良い年頃なのよ!」
ガシッと肩を掴まれた煌輝はビクッと身震いする。本能的に危機感を覚えたのだ。
「年上の女性に興味はない!? あたしは年下でも良いのよッ!? むしろ歓迎ッ! ちょっと働かなくったって私が面倒見るわよ!? お金ならあるのよ!?」
「いきなり何言い出すんですか! 離してくださいって……! 離――って力強いなおい……! ちょ……どんだけ焦ってるんですか!?」
遂に
第二ボタンが開けられたブラウスから覗く深い胸の谷間に、さすがの煌輝も目のやり場に困って紫を女性だと意識せざるを得なくなってくる。
体を起こして逃れようとするも、紫はスカートを穿いているにもかかわらず大胆にも胴へと跨り、仕舞いには両腕を押さえつけて身動きを封じてくる。
「お、落ち着いてください紫さん!」
互いの息がかかりそうな距離に別の意味で危なくなってきた煌輝は、学園内で思わずその名を口にした。
「こら。学校では紫さんじゃなくて――先生、でしょ?」
ツンと指先で額をなぞられた煌輝は思わず息を呑む。
わかってはいたが、紫は美人だ。加えていつになく甘い声で囁かれればさすがに動じてしまう。
「そもそも……どうして俺なんですか」
「ぶっちゃけた話、顔よ」
「最低だな!」
好意を向けられる動機がそれでは、煌輝としても全く納得などできなかった。
「ね、いいでしょ?」
「何もよくないですよ! とにかく落ち着いてくださいって! ここは学校ですし、それに俺達には生徒と教師という越えてはならない立場というものが――」
「そんな壁、突き破ってこその愛でしょ!」
二人で壁を乗り越えるとかどうとかそういう話ではなく、どうも一方的に壁を破壊する方向で話は進んでいるらしい。
愛に溺れ、婚期に追われ、我を忘れた紫はバーサーカーと化し暴走していた。
このままでは餌食となってしまう煌輝。そんな彼を救ったのは医務室の扉を強めにノックする音だった。
「失礼します」
我に返った紫が慌てて煌輝から飛び退き服の乱れを正す。
来訪者が誰であれ、こんな光景を見られでもしたら一大事である。特に琴音あたりに見つかれば話に尾ひれがついて校内中に出回ることになるだろう。
最悪な展開が脳裏をよぎるなか、カーテンを引いて姿を現したのは他ならぬ琴音だった。
「ひ、氷月!? どうしてここに!?」
内心ドキリとしている煌輝をよそに、冷静に辺りを見回す琴音。
その口元が少しだけ笑っているように見えるのは、この部屋で何が起きようとしていたのかある程度察していたからだろうか。
そして――
「髪が乱れているように見えますが、部屋の換気でもしていたんですか? 窓は開いていないようですけど」
「んー、そんなところかしら。ちょっと寝技の指導を実演を踏まえながらレクチャーしようとしていたところなのよ。ていうか入室の許可は出してないわよ? それに琴音にはもう少し遅く来るように言わなかったかしら」
不機嫌そうに振る舞う紫に、琴音は何食わぬ顔で小首を傾げる。
「急に医務室が騒がしくなったので、大事な話が終わったものだと。十分前行動は国魔師の基本ですから」
やはり持つべきものは良いパートナーだなと、煌輝は密かに感謝していた。
生涯で今日ほど琴音の十分前行動に感謝することはもうないかもしれない。普段の悪ノリを帳消しにできるくらい、今は彼女が天使にすら見える。
「今が一番大事な話しの途中だったんだけど!? 縁談はまだ終わってないのよ! ルール守るとか、あなた馬鹿なんじゃないの!?」
声を荒らげる紫からとんでもない発言を二つほど聞いた気がしたが、今のは聞かなかったことにした方がいいだろう。
紫の不祥事が日常的になっているせいか、琴音もさほど気にせずに問い返してくる。
「そうなんですか? 草摩君、私はお邪魔だったのかしら?」
紫の背後に向かって首を傾げると、カタカタと体を震わせながら煌輝は必死に首を横に振っていた。
縁談の話に戦慄していた彼の心中を察してなのか、琴音は納得したように頷くと、
「そう、お邪魔だったのね。それじゃ邪魔をしてはいけないし私はこれで――」
「お前は鬼畜か!」
琴音の悪ノリに耐え切れず、煌輝は柄にもなく大げさにツッコミを入れてしまう。やはり彼女は天使ではなく悪魔寄りの性格なようだ。
珍しく普段以上の反応をしてきたことに琴音も思わず驚いて目を瞬かせる。
「今のは軽い冗談のつもりだったのだけど。それで先生、私達に何か話しがあってここへ呼んだのですよね。何の用ですか?」
「いやー、ちょうど煌輝と良い感じになってたところを、何も知らずに入ってきた琴音に見せつけて驚かせてやろうかなーって。一種の寝取り的な?」
「あんたも鬼畜か!」
この人物は本当に学園の教師としての適正を満たしているのかと心底疑問を抱く煌輝だが、紫が国内でもトップクラスの実力を誇る国家魔導師であることだけは理解している。それだけに、この面倒な性格をどうにかして欲しいとも思うのだが。
「ごめんごめん。ちょっとした冗談よ。本気にするなんて意外と可愛いところあるじゃない」
からかい過ぎた自覚があるのか、紫は笑いながら煌輝の頭を乱暴気味にがしがしと撫でてくる。
「それで、上杉先生。どうして私までここに呼んだのですか? 私は草摩君ほど暇人ではないので、早く用件を伺ってしまいたいのですが」
勝手に暇人扱いされたことに言い返そうとしたが、早く用件を済ませたいのは煌輝も同じだった。
不機嫌そうに口を歪ませつつも、煌輝もベッドから降りて琴音と隣に並んで紫からの話しを待つことにする。
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