第26話

「忘れてなんかいませんよ。氷月は俺が守ります」

「ならいいんだけど。それじゃ次に進めるわね。ここからは先日の事件についての話よ。電車ジャック及び爆弾テロ未遂事件と、街を襲った爆弾テロ事件のこと」


 煌輝は頭の中を整理するかのように一度目を閉じて意識を埋没させる。

 今まで関わってきた事件の中でも、今回巻き込まれた二つは決して軽い案件ではなかった。


 電車ジャックは美颯のおかげで最悪の状況だけは回避することができたが、つい先日起きた同時多発テロ事件では多くの犠牲者が出たと聞いている。


 それも爆弾テロはあくまでも揺動で、本命は美颯達の方だったというのだから、居合わせた煌輝としては後悔が残っていた。


「犯人は最近噂になっているテロ組織――“パラトス”の犯行で間違いないわ。犯行声明も出てる」


 吸血鬼の撲滅を主体としたテロ組織――それが“パラトス”と呼ばれる過激派組織の名である。


 世界中に支部があるとされ、それがこの日本にも存在しているというのが数年で噂になっていた。


「またですか。あんな意味のないことを」

「暴れないとかまってももらえないような連中なんて、悲しいけど世界中いくらでも存在するものなのよ」


 半ば諦めたような言い方に煌輝は一瞬眉を寄せたが、子供の議論をする気はないので言い返すようなことはしなかった。


「ただ、今回と前回の失敗に連中は相当お怒りだそうよ」


 二回も巻き込まれた煌輝からしてみれば迷惑極まりないところだが、事件を止めたことによって拍車が掛かってより大きな事件になるのではないかと危惧の念を抱く。


 かといって国家魔導師として見過ごす分けにもいかず、これ以上大きな事件にならないことを祈るばかりである。


「相手の狙いは大神だったみたいですけど、動機というのはやはり“狼憑き”の能力が……?」

「身柄の引き渡しを要求してたみたいだし間違いないでしょうね。あの組織は今、吸血鬼を殺せる力を血眼になって世界中から集めてるそうよ」


 理由に納得する反面で煌輝には引っかかっていることがあった。

 彼女の性格から考えれば、正当な理由がない限りそんな組織に協力することはあり得ないのだ。


 確かに欧州の一部は既に吸血鬼達の領土となっているが、事の発端は人間側が話し合いの場を設けることもせずに戦争を始めたことが原因である。


 美颯はフランスから日本へ渡ってきたと聞いているが、吸血鬼に対して何か憎悪を抱いているようなフシは今のところ見聞きしていない。


「あいつが吸血鬼の撲滅に協力するとは思えませんが」

「でしょうね。相手も協力してくれるとは思ってないはずよ」

「ならどうして……?」


 協力しないことがわかっていてなお、組織は日本へ渡った彼女を追って来たのだ。その理由がわからない。


 煌輝の問いに紫は直ぐには答えず、少し間を空けるようにして言った。


「“パラトス”は吸血鬼を殺せる一族の細胞を体内に埋め込んで、実際に能力として使用するための研究を進めているって話を聞いたことがあるわ」

「なッ……」


 自身の想像を遥かに上回る相手の目論見に煌輝は耳を疑った。あまりに倫理からかけ離れ過ぎて言葉にならない。


 吸血鬼に対して有効でないことと、資源問題による環境の汚染が問題視されていることもあり、化学兵器の時代は半世紀以上も前に過ぎ去っている。


 近年ではリミナスによって肉体組織を強化している能力者にも有効となる、対能力者用の強力な銃器が開発されるなど機械兵器の発展が著しいが、大規模な破壊よりもピンポイントに一個人のみを殺せる技術の方が重宝されている。


 その中でも特に注目されているのが、吸血鬼の治癒能力さえも凌駕するほどの特殊な能力を持つ者達である。


 パラトスはそんな能力者の細胞を体内に埋め込むことで、自在に能力を使用できる人間兵器を生み出そうとしているのだ。


「人体実験を……していると……?」

「そうよ。だから“狼憑き”の美颯が狙われたってわけ。やつらはあらゆる非人道的な研究を平気で行う、常識も倫理観も通用しない連中よ」


 話を聞いた煌輝は背筋が凍るような感覚に陥っていた。狙われているのは何も、美颯だけではないということに気づいたからだ。


「じゃあ、絢芽も……?」

「間違いなく狙われてるでしょうけど、そこは心配はしなくていいんじゃない? あの子を捕まえる労力を考えたら他を当たるのが現実的よ」

「ですが……」


 魔導序列二十一位。

 通称――“東洋の彼岸花ナイトメア・リコリス”の異名を持つ草摩絢芽は世界でも屈指の能力者だ。


 殺すならまだしも捕縛するとなれば相当な労力を要するのは間違いない。煌輝も家族の一員として彼女の実力は誰よりも知っているつもりだが、心配なものは心配なのである。


「家族としてあの子を心配する気持ちはわかるわ。でも本当に気をつけるべきなのは、あなたの方よ。まだ知名度が低いからいいけど、あなたはいずれ世界から注目を浴びることになるわ。今よりもずっと身を危険にさらすことになるかもしれない」

「……俺は大丈夫ですよ。それより大神は大丈夫なんですか?」


 自分のことよりも他人のことを心配する煌輝を見て、紫は呆れたようにため息をついた。


「確かに、今一番危険なのは美颯なのよね。自覚はあるんでしょうけど、肝心な詳細部分を一切話そうとしないのよ、あの子」


 前回のテロ事件から考えても、彼女が以前から“パラトス”に狙われているのは間違いない。


 だがどうして彼女だけが狙われているのか、それがわからないままでいる。

 決して口にすることはできないが“狼憑き”の能力だけでいいなら美颯でなくとも家族の誰かでいいはずである。


 そもそも追われていることを理解した上で、どうして妹と二人で日本へ渡ってきたのか。家族との仲が良くないのか。娘の窮地だというのに両親は一体何をしているのか。


 考えれば考えるほどわからなくなっていき、思考が余計なことばかり勘ぐってしまう。


 しかしこれ以上深く追及することで彼女の心を何かしらの形で傷つけてしまうのではないかという不安が、煌輝の気持ちを押しとどめていた。


 もしかしたら本質的な部分で煌輝達は何か勘違いをしているのかもしれない。

 そんな気配を察してか、紫が内心を突いてくる。


「人には言えないものの一つや二つ、あって当然よ」

「わかってます。というか、俺は何も言ってないじゃないですか」

「そう? 顔がそうは言ってないけど?」

「……」


 唇を歪ませる煌輝に、紫は見抜いていると言わんばかりのしたり顔でさらに返す。

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