第25話

 可もなく不可もなくという評価に煌輝は不満たっぷりに半眼になって睨んだ。


「もしかして怒ってる?」

「別に怒ってないですよ。あまりに想定外の模擬戦だったんで呆れてるだけです」

「想定外の危機に備えておくことは国魔師にとって重要なことでしょ。相手がどんな能力を使うかなんてわからないのが現場なのよ。頭の中身はともかく、実力だけはあるんだから甘い考えは捨ててちゃんと戦いなさい」

「国魔師を同時に三人も相手にするなんて、いくらなんでも無謀すぎますよ。戦闘狂じゃあるまいし普通は応戦せずに逃げるところだと思いますが」


 紫や琴音達の無理難題は今に始まったわけではないが、今回ばかりは冗談が過ぎると煌輝は思っていた。

 負けじと言い返すと、紫は大袈裟にため息をついた。


「男はね。たとえ負けるとわかっていても、戦わなきゃいけないときがあるのよ」

「それもう国魔師と関係ないじゃないですか……」


 命を張る場面はあるにしろ、模擬戦がそれに該当するとは思えない。ましてやタダ働きもタダ死にも御免である。

 

「それにああでもしなきゃ、あなた本気になれないでしょ? 常日頃から真面目に取り組んでればこうはならなかったのよ。クラスメイトを怪我させたくない気持ちはわかるけど、模擬戦なんだから実戦を意識して戦いに臨みなさい。近くにこれだけ勉強になる人がいることは珍しいことなのよ?」


 紫の言い分が正しいだけに何の反論もできず煌輝は口を固く閉ざす。

 国家魔導師になれるのは特別規定により十二歳からだが、そんな歳から資格を得られる者は一人握りしか存在しない。


 本来なら魔導大学までの修士課程を全て履修し卒業した上で初めて試験を受けることができ、二十二歳以下の者は国家魔導師からの推薦なしに試験を受けることすらできない。合格率も一パーセント以下と非常にシビアである。


 そんな関門を一度の機会のみでくぐり抜けてきた生徒が身近に二人もいるのだから、煌輝の置かれている環境はとても恵まれていると言っていい。


 ちなみに煌輝は十二歳で試験を受けたのはいいが筆記と実力部分において大きく遅れを取り失格となっている。


 その代わりに同じ試験会場で唯一の合格者となった琴音と“従者”契約を結び、三年間得た実績によって特別措置として昨年の冬にようやくして試験に合格できたのである。

 

「私はあなたの誰も殺さない戦闘スタイルを買ってるつもりよ? 今は国魔師としての評価が低くても、あなたの能力はいつか本当の意味で認められる日がくるってあたしは信じてる」


 国家魔導師が本来求められている役割は、警察の特殊部隊が請け負うものと同等かそれ以上の事件に対する迅速な対応である。


 そのため犯人の生死は基本的に問われることはなく、事件の詳細が不明なまま闇の中に葬り去られてしまうこともままある。


 昨今では能力者の認知と普及により国家魔導師の立場も街の便利屋程度に使われることも多くなったが、今度は能力者側による過剰防衛が世間で問題視され始めている。


 生きて犯人を拘束するというのは、能力者――国家魔導師にとって実は至難の業なのだ。


 琴音や美颯にしても使用する技のほとんどが一般人に使用すれば一撃必殺の威力を秘めており、制御したところで相手を五体満足で拘束できるほど都合のいい技というわけでもない。


 対して煌輝の能力は相手が誰であろうと殺傷力は皆無に等しく、国家魔導師一人分として見るとかなり見劣りするが、得意とする植物には相手のリミナスを封じ込める力があり、生きたまま相手を拘束することができる。


 近年の能力者のあり方として紫が求めているのは、相手を力でねじ伏せる力ではなく、事件の真相を解き明かすための力だ。

 その力の一端を、煌輝が持っていると紫は確信している。


「俺は……先生の思っているような人間にはなれませんよ。氷月の足を引っ張ってばかりで、先生にもたくさん迷惑をかけてる」


 国家魔導師の試験に推薦したのは他でもない紫本人である。能力者としての指導を施したのも彼女だ。

 

「私は別にキャリアに傷がつくことなんて気にしてないわよ。それは琴音も同じこと言うんじゃない?」

「あいつは、こんなところで燻ってていい人間じゃない。もっと優秀な国魔師になれる素質があります」


 というのも琴音の序列が決まったのは今から二年前のことで、それ以降順位に変動がないのだ。上げた功績の過少申告や手柄を誰かに譲ってしまうなど上昇志向がまるでない。

 そんなこともあって、琴音の序列は現在七十三位で止まっているが、煌輝の見立てではそれ以上――あるいは紫とだって対等に渡り合えるのではないかと思っている。

 

「俺とは違うんですよ。少なくともあいつが俺と組む必要なんて――」

「――煌輝。それ以上言ったら琴音が本気で悲しむわよ」


 有無を言わせない気迫のこもった睨みつけに、煌輝は言い掛けた途中で再び口を閉ざした。


「契約を結んだ以上、あなたは琴音のパートナーなのよ。国魔師としての自覚はなくても、あなたには守るべき人間がいることを忘れないで」


 煌輝が琴音とパートナーを組むにあたって掲示した条件はたった一つ。


 ――やむを得ない事情がある場合を除き、相手を極力死に至らしめないこと。


 『どの人も誰かの大切な人』というのが煌輝の掲げる信念だ。それがたとえ憎むべき仇敵であっても、殺していい理由にはならないと考えている。


 この契約によって彼女の行動は制限されており、序列が上がらないこともこれが大きな要因であると煌輝は思っている。


 対して琴音から掲示された条件は四つ。


 一つ目は、何があろうと絶対に死なないこと。

 二つ目は、いざという時、体を張って守ること。

 三つ目は、望みを叶え、呼び出しには直ぐに応じること。

 四つ目は、契約の解除は琴音側からしかできないということ。


 大まかに言えば彼女のわがままに応えることが煌輝の契約内容であるが、パートナーを組むにあたっては破格の条件だったと本人は思っている。

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