第24話

 気が付くと、どこか見覚えのある天井が見える。


「ここは……」


 煌輝は辺りを見回すもカーテンが仕切られていて周りがよく見えないが、薬品の臭いが漂うことからここが学園の医務室であることを察した。


 そこで自身が模擬戦中に倒れたことを思い出し、大きく息を吐いた。


 ここに運び込まれたのは去年、半ば強制的に行われた琴音と紫の二人を相手に模擬戦をやった時以来である。あの時も確か力を使い果たして倒れたのだ。

 

「何の進歩もしてないな」


 誰に言うでもなく一人ポツリと呟く。過去の記憶を思い出しながら苦笑いしていると、サッとカーテンが開かれた。


「あ、気がついた!? 煌輝くん、私が誰だかわかる!?」


 差し迫ったような表情で尋ねてきたのは美颯だった。


「大神……?」


 煌輝は訝しげに答えを返すと、彼女はホッと胸をなでおろす。


「よかった……いきなり倒れたからびっくりしたよ」

「国魔師を同時に三人も相手にすれば、倒れて当然だろ」


 それも国内トップクラスの能力者を相手に戦ったのだから、今さらながら理不尽な戦いを強いられたものだと眉をしかめたくなる。


「そう、だよね……本当にごめんね」


 しゅんと落ち込む美颯に面食らったのは煌輝の方だった。これが琴音や紫ならいつも屁理屈で返されるところなのだが、今日の相手は美颯だ。


 つい普段通りの調子で悪態をついてしまったが、彼女を相手にこの言い方は少しきつかったのではないかと後悔する。


「ああ、いや……別に謝って欲しくて言ったわけじゃなくてだな……」


 咄嗟に言葉が思い浮かばず頭をかく。

 言い淀む煌輝の反応を察してか、先に口を開いたのは美颯だった。


「煌輝くんの能力はいいね。綺麗だし羨ましい」

「羨ましい? 使い勝手はいいかもしれないが、殺傷力は皆無だぞ」

 

 “華”の一族と称されるだけあって褒められて悪い気はしないが、美颯のあの強烈な一撃を見せられては皮肉にも取れてしまう。


 首を傾げる煌輝に美颯は少し自嘲気味に笑った。


「それでも、煌輝くんには“守り”の力があるでしょ? 私はそういう力が欲しかったの。誰かを守るために、誰かを犠牲にするのは間違ってると思うから」

「それには同意するが、戦いたい時に戦えないのも辛いものだぞ。その点で言えば俺は大神が羨ましいがな」


 煌輝には守りの力しかない。相手の攻撃を抑止する術がない。ねじ伏せるだけの圧倒的な力がない。


 追っている人物が限りなく怪物性を秘めているからこそ、絶対的な力が欲しかった――。


「守るために誰かを傷つけるなんて、本当はしたくないの。でも今の私には戦うことしかできないから……」

「何かを守るためには、時には戦わなきゃならないと思うが」


 戦えるだけの力がなければ、何も守れやしない。何かを守るためには、時に武器をとって戦わねばならない。

 対極的な能力を持ち合わせているからこそ、二人の意見は対立していた。


「ごめんね。なんか無い物ねだりになっちゃったね」


 そうだな、と煌輝が苦笑すると、美颯は大きくため息をついた。


「こっちに来てから驚くことばかりだよ。攻撃が通用しなかったことなんて今までなかったし、同年代にもあれだけの国魔師がいるなんて思いもしなかった」

「……? 氷月のことか?」

「うん。綺麗だしスタイルも良いし……能力者としても凄いと思う」


 見た目に関して気にしたことはなかったが、言われてみれば綺麗だなと思う煌輝。

 能力者としても攻守共にバランス良く、その上頭も切れるので正直一番敵に回したくないタイプだ。


 だが、だからと言って美颯が見劣りしているとは思わなかった。能力者として見ても、どちらに軍配があがるかわからない。


「俺は大神も十分凄いと思うがな」


 美颯は首を横に振る。


「私なんかまだまだだよ。もっと頑張らないと」

 

 現状に満足することなく、さらに向上しようと気を張る美颯に煌輝は心の中で感嘆していた。


 自ら危険な場所へ飛び込む強気な姿勢は本来煌輝も見習わねばならないところだ。

 ましてやこれでまだ学生の身だと言うのだから、底知れぬ強い正義感には本当に驚かされる。


「大神は本当に努力家なんだな。国魔師としてとかじゃなくて、一人の人間として尊敬するよ」

「えっ!? そ、それは大げさ過ぎるよ!」


 素直に褒められたからか、美颯は頬を赤く染めながら大袈裟に手を振った。


「私はただ、あの子を守りたい一心で……」


 あの子と聞いて煌輝はふと美颯には妹が居ることを思い出す。それのことかと尋ねようとした時、医務室の扉が開く音がした――。


 二人が視線を出入口の方へと向けると、そこには紫の姿があった。


「そろそろお目覚めかしら。気分はどう?」

「おかげさまで最悪です」


 でしょうね、と紫は腰に手をあて、どこか機嫌良さげに煌輝のいるベッドへと歩み寄ってくる。


 なんだかこれから面倒事に巻き込まれそうな予感がしてならないのは、普段から紫達に振り回されていることからの直感か何かだろうか。


 少し身構える煌輝と、きょとんとした美颯の二人を交互に見る紫は、ふうん、と何か納得行ったという表情をしてニヤニヤし始め、わざとらしく美颯に話しかける。


「ねえ美颯? 私ったらなんかお邪魔だった?」

「……っ!? そそそ、そんなことないですっ! 別に私達はなんでもありませんからっ!」

「あら、そうなの? なんなら私、空気読んでここから出ていってもいいんだけどー?」


 紫が意味ありげに笑うと、美颯は赤面した。


「わ、私……用事を思い出したので、これで失礼します!」


 足早に医務室から出ていく彼女を見て、紫は予想通りの反応だと言わんばかりにクスクスと笑う。


 そんな中、この流れに乗れるんじゃないかと思った煌輝は、わざとらしく何かを思い出した様子で手を打ち、


「そうだ、俺も用事が――」

「煌輝ー? 私からとっても大事な話があるから、帰るのは許さないわよー?」

「で、ですよね……」


 どさくさに紛れて帰ることはできなかった。

 椅子に腰掛けたところから察するに話も長くなりそうだ。


 こんなことなら早いところ医務室から出て帰るべきだったと後悔する煌輝だが、観念してベッドに腰を掛け話を聞く態勢を整える。


「まずは今日の模擬戦について話すわね。絶対的な防御力は相変わらずだけど、決定打に欠けるところも相変わらずだったから、あなたへの評価はまあまあと言ったところかしら」


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