第22話
「あれは一体なに……?」
「簡単に言ってしまえば草摩君の身を守る盾のようなものよ。装甲車用の徹甲弾でも傷一つ付かない驚異的な防御性能。試したことはないけれど、恐らくミサイルや爆発物でも耐えられるんじゃないかしら」
琴音の話が本当なら、とてもではないが美颯一人の手に負えるような相手ではない。
こちらもまだ全力を出していないとはいえ、それを考慮してもこの防御力は異常である。
ましてやこれだけ特異な能力を持ちながら煌輝が二つ名を有していないことも不可解だった。
となれば、何かよほど能力に欠陥でもあるのか――美颯が戦いのなかで煌輝の能力を看破しようと思考を走らせていると、
「――野に咲く一輪の花の如し。日照りに耐え、水難に耐え、侵食に耐え、強く咲き誇る――」
蕾の中にいる煌輝が突然何かを唱え始めた。
「……?」
「あらー? 煌輝がマジになるなんて珍しいじゃない。三対一にした甲斐があったかしら」
紫が物珍しいものでも見るように楽しそうな声音をあげたが、その目はもう笑ってはいない。
言い方から察するに、どうやらこの三対一は煌輝に本気を出させるためのものだったらしい。
「――我は花と共に生き、華やかに戦う一族。これより光を以って闇を浄化せん」
――“
主に植物が行う光合成を応用した草摩の一族に代々伝わる、光エネルギーをリミナスで介することにより身体能力を飛躍的に活性化させる奥義。
詠唱を終えると黒い薔薇の蕾は鮮やかに開花し、煌輝の眼球は黒色から澄んだ青色に染まる。
「え!? 瞳が青く……」
「気をつけて大神さん。あの状態になった草摩君は厄介よ」
琴音がそう言葉を発するや否や、煌輝が左手を翳すと無数の植物の蔓がコンクリートの地面を勢い良く突き破って生え出てきた。
煌輝が『捕らえろ』と念じると、植物の蔓は三人に向かって次々に襲いかかっていく。
「な、なにこれ!?」
間一髪のところで躱したが、どんなに躱しても蔓は三人を捕らえようと執拗に迫ってくる。
その攻撃は地下駐車場全体を使うというあまりに広範囲な能力だった。規格外の攻撃に美颯の瞳も驚愕に染まる。
「とにかくその蔓に掴まってはダメよ」
「どういうこと!? 説明になってないわよ!?」
説明が不十分なまま無数の蔓が迫り、目をむく美颯。
何度かステップを踏んで距離を取ってみるが、蔓は煌輝の意思に呼応して的確に捉えようと追ってくる。
それは次第に美颯の行動範囲を制限していき、やがて彼女の右腕を絡めとった。
「こんな蔓程度で私を捕らえたと思わ――ッ!? 能力が出せない!? どうして!?」
能力を使って強引に蔓を破壊しようとするも、その能力が発動できずに美颯は困惑する。筋力で無理矢理に引きちぎろうにも蔓はびくともしない。
そこへ刀を携えた琴音が走り寄り、まるで紙でも切るようにいとも簡単に蔓を切断した。
「あ、ありがとう……」
「礼には及ばないわ。あの蔓には拘束した者のリミナスを封じ込める力があるから気をつけることね」
斬った植物の断面からは凍結が始まっており、それはやがてコンクリートから生え出る根まで届き動きを停止させる。
刻印が施された琴音の刀は、一見しただけでもただの刀ではないことがわかる。
「じゃあ拘束される前に断ち切ればいいの……?」
「そうね。草摩君の攻撃は全て避けずに破壊するのが最効率よ。貴女にそれができるならの話しだけれど」
挑発するように言われ、むっと口元を歪ませる美颯だが、機嫌を損ねたのは彼女だけではなかった。
表情こそ変わらないように見えるものの、どことなく煌輝の機嫌も悪そうに見える。
「人の能力をペラペラと喋るな」
ただでさえ一対三と不利な状況だというのに、あろうことか能力の性質まで明かされかけているのだから無理もない。
ホルスターからメタリックグリーンの拳銃を抜き出した煌輝は、琴音に向かって銃口を向ける。
「そんなものまで取り出すなんて、少し怒らせ過ぎてしまったかしら」
明らかな敵意を向けられた琴音は小首を傾げながらポツリと呟く。
「正しい判断じゃない? 蔓だけであたし達三人を制圧しようなんて無理な話でしょ。それに怒らせた原因は琴音にもあるわよ」
「三人でやりましょうって言い出したのは上杉先生ご自身じゃないですか。私は先生の意見を尊重したまでです」
「作戦に乗った時点でグルなのよ。ていうかあなたも乗り気だったじゃない」
「ふふ。否定はしません。彼とちゃんとした形で戦える場なんて、なかなかありませんから」
琴音達が臨戦態勢に入ると、煌輝はそれぞれに向かって躊躇うことなく引き金を一回ずつ引いた。
鳴ったかどうかすら認識することができないほど低く鈍い発砲音。銃口から飛んできたのは、弾丸ではなく植物の種だった。
紫は真っ直ぐに飛んでくる種をそのまま銃で撃ち落とし、琴音は無数の氷のつぶてを放つことで相殺させる。
だが音もなく飛んできたことに不意を突かれた美颯は行動が一手遅れていた。
「――ッ!」
それでもギリギリのところで身を翻して躱す美颯の対応力はさすが国家魔導師といったところか。
しかし――煌輝が相手の場合では少々勝手が違っていた。
「痛ッ――!?」
銃弾を避けて間もなくして、何かに殴りつけられたような痛みが背中に走り美颯は思わず声をあげる。
振り返った視線の先には――真紅に染まる一輪の鳳仙花が咲いていた。
通常の何倍も大きいそれはコンクリートの壁から芽吹き、薄暗い駐車場内でも鮮やかに見える真紅の花弁は、華やかさや綺麗さを通り越して異様な雰囲気を漂わせていた。
「また来るわよ」
紫の声に美颯が身構える。
再び放たれた弾丸を今度は風を体に纏って斬り裂く。そして背後から迫る鳳仙花の種を巧みに躱し煌輝に迫ろうとした時。
またもや予期せぬ方向からの不意打ちを受け美颯は怯んだ。声こそ上げなかったものの走る痛みに思わず歯噛みしてしまう。
見回すと先ほど躱した種の軌道の先にまた鳳仙花の花が咲いていた。どうやら種そのものを破壊せねば時間が経つに連れて徐々に増えていく仕組みになっているようだ。
戦いの中でわかってきたことだが、どうやら煌輝の技の多くが誘導や拘束といったパートナーを補助することに特化した能力に思える。
攻撃に殺傷能力こそないものの、地面から生え出す蔓と放たれる弾丸は着実に美颯たちの行動範囲を狭めている。
三対一で戦っていたはずの戦況も気が付くと一対複数と形勢逆転されており、壁際に追い詰められているのは美颯達の方だった。
当初は三人掛かりで挑もうなどおかしな話だとは思っていたが、実際に戦った今ならその理由にも頷ける。
煌輝は美颯の動きを牽制しながら琴音と紫への警戒を怠っていないのだから、凄まじいほどの状況判断と対応力である。
「美颯ー? 三対一だからって甘く見てるんじゃないでしょうね。いい加減実力を見せないと“
「……ッ!!」
その異名は美颯が遠い異国の地にて貰い受けた栄誉あるものだった。
侮辱とも取れる紫の発言に美颯は殺気立って睨む。
「なーに? 煌輝が相手じゃ不満? それともあたしと戦ってみる?」
「……遠慮させていただきます。“淘汰の猛追”の名は異国の地でも恐れられていますから」
「賢明な判断だと思うわ。あたしだって可愛い女の子の顔に穴なんて空けたくないし?」
不敵に笑うほど余裕がある様子の紫に、美颯は額に汗をかいていた。いくら美颯も二つ名持ちとはいえこの教師だけは文字通り格が違う。
「実力、見せてくれるわよね?」
挑発するように訊かれた美颯は黙って頷いた。
その証拠と言わんばかりに、襲いかかってくる蔓や種を腕の一振りで生み出した風の刃によって全て斬り裂いて見せる。
「少し本気を出させてもらうよ。悪いけど一瞬で終わらせてもらうから」
目つきを変えた美颯は内ポケットから黒いハンドグローブを取り出すとそれを手に装着する。そして先日のように神気を解放した。
飛び出す狼の耳と尻尾に相変わらず慣れない煌輝だったが、今回はその力と真正面からぶつかり合うことになるのだから気が気でない。
彼女はあくまでも全力を出さないつもりらしいが、気迫が先ほどとは比べ物にならないくらい凄まじいものだった。
まるで獰猛な肉食獣のような突き刺さる視線に、煌輝も改めて身構える――。
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