第四章 第20話

 とある日の昼休みを挟んだ午後からの授業。

 煌輝が最も嫌いとする科目の一つでもあった“模擬戦闘訓練”をサボろうとしていたところ、運悪く美颯に目撃され校舎の北側にある訓練施設に強制連行されていた。


 大規模な屋内駐車場付きのショッピングモールを想定されたフィールドは今、けたたましい銃声や爆発音が鳴り響いている。

 

「そっちに草摩はいたか!?」

「こっちにはいないみたいだ!」

「ったく草摩のヤツどこ行きやがった! コソコソ隠れやがって! 見つけ次第ボコボコにすんぞ!」

「今日こそアイツの顔面をパンパンになるまで殴れると思ったのによ! 覚悟しろよ草摩ぁ!」

「氷月さんだけじゃなく、大神さんまで俺達から奪うとは! ちょっと顔が良くてモテるからって調子に乗りやがって!」

「もう一度上から虱潰しに探して地下に追い込むぞ! 今度こそアイツの首に縄引っ掛けて市内中を装甲車で引きずり回してやらぁ!」

「おうよ!」


 そんな生徒達の物騒な物言いを、煌輝は地下にある駐車場の端っこの物陰に身を隠して体を震わせながら聞いていた。


 互いの電子生徒証を奪い合うという内容の模擬戦闘訓練のはずなのだが、どういうわけか煌輝は毎回のように男子生徒達から集中的に狙われていた。


 聞き間違いでなければ、私怨が多分に含まれていなかっただろうか。ましてやモテている自覚のない煌輝からしてみれば理不尽極まりない。

 

「俺が何をしたっていうんだ……? どうして今年もこうなるんだ……?」


 去年は女子生徒が煌輝を呼ぶ声がして、なんだ? と思って顔を出して見れば、琴音に遠方から狙撃されるという盛大な罠に引っかかった。


 だからこそ、信じられるのはもはや己だけだった。


 そもそもこの訓練は本来、一人一人で戦うものであって決して団体戦などではない。


 確かに煌輝は資格持ちだが、琴音や紫に比べると超が付くほど弱い。殺傷能力だけで言えば資格を持たない生徒よりも弱い可能性もある。


「アイツら、真面目に授業受ける気あるのか……!?」


 そっくりそのまま自分へと返ってきそうな文句を、煌輝は恨みがましく一人呟く。

 たまたま何かしらの利害が一致しただけだろう。もし今ここで安い挑発に乗って出て行けば蜂の巣にされかねない。


 私的要件など決して含まれていないはずだと、煌輝は自分の心に言い聞かせる。

 ありとあらゆる状況を想定し迅速に対応しなければならない国家魔導師。


 それを目指す魔導科の訓練は日々過酷を極め、あまりの厳しさに転科を希望する生徒も少なくない。


 演習中はペイント弾や樹脂製の刃物を使うため致命傷にはならないが、魔法や魔術となると死ぬほど痛いことがままあるため安心はできない――。


 今日もこのまま訓練終了の時間になるまで身を潜めていようかと煌輝が考えていると、すぐ近くで生徒達の悲鳴が聞こえてきた。


「……?」


 辺りが急に静かになり、煌輝は訝しげにコンクリート製の柱に身を隠しながら様子を窺うと――


「げっ――」


 その声を上げると同時に、近くのコンクリートに銃弾が直撃して煌輝は慌てて顔を引っ込めた。


「ありえん……」


 たった一瞬のことだったが、目の前には信じられない光景が広がっていた。

 先ほどまで荒々しく振る舞っていた生徒達が、今の一瞬で全員倒されてしまっていたのだ。


 そしてにわかには信じがたいのだが、煌輝の隠れるコンクリートの向こう側には人が三人ほど立っているように見えた。


 その一人がどうも琴音に見える――と思っていた矢先に、今度は氷のつぶてが飛んできた。


 砕け散った氷を見て、やはりさっき見た相手が幻覚などではなく本物の琴音だったことを確信し、煌輝は声を荒らげる。


「おい氷月! これは一体なんの真似だ!!」

「見てわからないのかしら。模擬戦よ」


 言っている意味はわかるのだが、言っていることに納得ができない煌輝。

 だが何度考え直してみても、どうしてこの状況に至ったのかが理解できない。


 ――これはもしかすると悪い夢でも見ているのかもしれない。


 そんな淡い期待を抱き自身の頬を両手で叩く。さっき見た景色と変わっていることを信じて、もう一度琴音がいる方へ恐る恐る壁から顔を出す。


「どうしてこうなるんだ……」


 やはり景色は変わっていなかった。おまけに自身の置かれている状況がこの上ないほど厳しいことに気づき軽く目眩までしてくる。


 それもそのはず。返答した琴音の両隣には、どういうわけか美颯と担任の教師である上杉紫の姿があるのだ。こちらには味方らしき人影が一つも見当たらない。


 もちろん、今は模擬戦の真っ最中なので全員が敵同士である。だというのに、向こうで三人が仲良く立っているのはどう考えてもおかしい――。


 薄明かりの中、念のため電子手帳の残存数を確認してみるが、やはり煌輝を合わせて残り三人しかいない。


 しかしここには、居るはずのない人物――つまり四人目となる教師の紫がいるのだ。それも向こう側に、こちらに向かって拳銃を構えて。


 どうしてあそこに三人立っているのか、何度考えてみても煌輝には理解できなかった。


 ――いや。本当はなんとなく頭の隅でその答えに辿り着いているのだが、この状況になったことを理解したくないといった方が正しいのかもしれない。

 

「これのどこが模擬戦だ! なんで一対二みたいな構図になってるんだよ!?」

「一対二みたいな、じゃないわ。これは正真正銘の一対三なのよ」


 敵の数を把握するために希望的観測も込めて少なめに申告してみたのだが、どうやら紫も敵としてカウントしなければならないらしい。


「堂々と言うな! それも相手全員が国魔師って、いくらなんでも無理があるだろ!? こんなのただのリンチとなんも変わらないぞ!」


 もしかしたら訴えを聞き入れてくれるという僅かな望みを掛けて、煌輝は今日一番の声を上げた。

 だが決死の問いかけに琴音は、はぁ、とため息をついた。


「そうね。リンチと認めるわ。そういうことだから覚悟してちょうだい草摩君」

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