第19話
***
美颯のやりたかったという食べ歩きやウィンドウショッピングを中心に、他愛ない会話を繰り広げながら二人は商店通りを歩いた。
そんな中で特に美颯の興味を惹いたのが、とあるクレープ屋だった。
「次はそこにするか?」
「これって、ガレットだよね……?」
「フランスではクレープのことをそう呼ぶのか?」
「うん。魚介類とかチーズを乗せて食べるものなんだけど……日本のは違うんだね。一番人気はチョコバナナで……あっ、苺もある……」
アクリルのショーケースに並んでいるメニューをまじまじと見つめ、それが多少なりともカルチャーショックを受けているんだと煌輝は悟った。
「日本のクレープは果物や生クリームを乗せて甘くした食べ物だから、デザートに分類するかもしれないな」
甘い食べ物と聞いた途端、美颯がゴクリと息を呑んだ。
「俺はもう腹がいっぱいなんだが、食べたいなら遠慮せず買っていいぞ」
「本当? じゃあ買って来るね……!」
と言ってドキドキしたような様子で列に並ぶ美颯の姿は一般的な少女と何一つ変わらない。
こんな少女が何故テロリストに狙われているのか――そんなことを埋没させた意識の中で考えているうちに、帰ってきた美颯の手にはクレープが二つ握られていた。
一番人気のチョコバナナと自身が好きな苺味で迷っていたらしいのだが、どうやら迷った挙句二つとも買うという荒技に出たそうだ。
場所を公園へと移すと、美颯はさっそく買ってきたばかりのクレープを両手で掴んで口に運ぶ。
「……美味しいっ!」
目を輝かせ幸せそうにクレープを頬張る美颯をぼんやり眺めていると、なんだかこっちまで幸せな気分になりそうだった。
「フランスのガレットも美味しかったけど、日本のクレープも美味しいね! 煌輝くんも一口食べてみない?」
なんて、とからかうようにして言われたので、煌輝は特に何も考えずに――
「じゃあ一口もらおうか」
そう言ってパクリと、美颯が手に持っていたクレープを一口もらった。
「おお……これは確かに美味いな。生クリームも思っていたより甘すぎなくていい。有名店とは聞いていたが流石だな」
苺の甘酸っぱさと生クリーム特有のふわりとした甘さが口の中に広がり、パリパリとした皮に内側の生地のモチモチとした食感と仄かに香るバターが絶妙な味を生み出している。
琴音が用意したプランだけあって、これは高評価なのではないかと美颯の顔色を窺うとすると、どういうわけか彼女は顔を真っ赤にさせて何か呟いていた。
「か、間接……キス……」
「……ん? ああ、そういうのダメなタイプの人間だったのか。なんか悪かったな」
「あ、いや、その……」
湯気が出そうなほど顔を赤くさせていたので、少し刺激が強すぎたようだ。普段から真面目な美颯らしいといえばらしいのだが。
「姉が居るからそういうのに慣れていたんだが、俺も軽率だったな。新しいのを買ってこようか」
「あ、え? 煌輝くんってお姉さん居たの!?」
「義理の姉がな」
「そ、そうなんだ……あ、そうだ。じゃあ私もいいもの見せてあげる!」
恥ずかしさを紛らわせようとしてなのか、忙しなくバッグの中を漁る美颯が取り出したのはスマートフォンだった。
いいものとは一体何だろうかと考えていると、美颯が見せてきたのは一人の少女が映っている写真だった。
銀色の髪をした少し儚げな印象を持つ少女。どことなく美颯と似ている気がするが、
「もしかして、大神の妹か?」
「うん! 可愛いでしょ。
嬉しそうに話す美颯の顔もどことなく優しくなったように見えるのは、この写真に映る少女に影響されてだろうか。
「確かに大神に似て綺麗な子だな」
「……っ!? き、綺麗って……煌輝くんお世辞にしても限度ってものが――」
「これは別にお世辞なんかじゃないぞ。綺麗なものを綺麗と思うのは至極当然のことだろう」
不思議な奴だな、と平然と言ってのける煌輝だが、思ったことを躊躇わずに言葉にできるのはある種の才能なのかもしれない。
再び面食らう美颯だが、まだ若干顔を赤くさせつつも話を続ける。
「こ、この子、今年から成守学園の中等部に通ってるの。だから煌輝くんの後輩にもなるんだよ」
「そうなのか」
「うん。ちょっと恥ずかしがり屋さんなんだけど、良かったら仲良くしてあげてほしいなって」
そう言った美颯に、煌輝はどういうわけか微笑を浮かべていた。
「な、なに? 私なんか変なこと言った?」
「いや。大神は妹思いなんだなって」
「たった一人の妹だもん。フランスに居た時だって、上手く行かなくて伸び悩んでた私をずっと励ましてくれたのはあの子だし、今度は私が力になる番なんだって」
それにね、と美颯は一度言葉を切る。
「この子のためだったら、私は世界を敵に回してでも守り抜こうって決めてるの」
一点を見つめるその瞳には一切の曇りがなく、本当に心の底からの覚悟なんだとわかった。
その覚悟には少なからず共感を覚えていた時。
二人のスマートフォンへほぼ同時に着信が入る。
「悪い、電話だ。少し席を外すぞ」
「うん。私も」
そう言って席を立って着信相手を確認すると、それは琴音からのものだった。
『お楽しみのところ申し訳ないのだけど、待機命令が入ったわ。大した事件じゃないみたいだけど、大神さんを連れて今直ぐ学園に戻ってきて』
「了解」
言葉少なく着信を切ると、美颯も既に移動する準備を整えていた。
「今日は素敵な時間をありがとね。最後まで居られなかったのは残念だけど、これが国魔師だからしょうがないよね」
残念そうに笑みを浮かべる美颯に煌輝も大きく頷く。
「こっちこそ有意義な時間を過ごさせてもらった。礼を言うぞ」
「その……また一緒に出かけてくれる……?」
「ああ。今度は氷月も連れてこよう」
最後の最後でしくじった煌輝だが、美颯の苦笑いにはどこか清々しさを感じる。
「もうっ、デリカシーがないんだから」
「……?」
「なんでもないよ。それじゃ行こっか! 私達の仕事を始めよう!」
曇りない笑顔を見せた美颯を背に、煌輝も微笑を浮かべながらその後を追うのだった――。
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